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32 新開地 ~~そして帰郷~~

開いて頂いてありがとうございました。

ロゴの館のある雑草が丘から西に進むと魔の川に突き当たり、そこから川に沿って南に下るとロワール川に合流する。


合流地点では、幼児たちが最高幹部会議とも評すべき集まりを開催していた。


ユーローが図面を片手に、

「こっちが東岸か・・・。」と呟く。

難しい顔をしている。


ヴェルナーがそれを受けて、

「あっちが西岸だな。」

と答える。


この二人が何を悩んでいるのか、この会話からではさっぱりだが、テウデリク配下の、いうなれば二大理系官僚(二人しかいないのだから当然ではあるのだが)としては、十分に意思の疎通が成り立っている。


東岸がロワール川北岸の上流側となっていて、西岸が下流側である。上流側は、雑草が丘にも直結している。


ガーリナが、

「二人が何を言っているのか、全然分かんないんですけどっ」

と不服そうに言う。

新開地の開発は、主にヴェルナーとユーローが任されているから、本当はガーリナは来なくてもいいのだが、テウデリクに指示された仕事が行き詰っていること、ゆくゆくはテウデリクの産業経済の中心地となる場所なので、事務系官僚として現地を見ておく必要があったから来ている。

その他にも色々と事情があって、少しガーリナは最近苛々している。


「ああ。」ユーローが済まなそうな顔をするが説明はしない。あまりそういうのを細かく説明するのは苦手なのだ。


「どっちを中心に発展させるかを考えてたんだ。」ヴェルナーが答えた。


「雑草が丘とトゥールのことを考えれば、東岸でしょ?」

ガーリナが尋ねた。常識的に考えればそのとおりだ。


「でも、西岸も捨てがたい。」

ユーローが付け加えるが、相変わらず説明が足りないため、ガーリナには伝わらない。


「あ、ありがとうございます!」ヴェルナーが突然姿勢を正した。

ミーレが戻ってきたのだ。木の枝や兎を抱えている。ヤンコーも一緒にいるが、ヤンコーは剣を持って後ろを護っているから、それ以外の荷物は持っていない。


「ミーレさん、すみません、こんなことして頂いて。」

ヴェルナーが如才なく声を掛ける。

ミーレはテウデリクのお付きだったので、今でも自他ともに認めるテウデリクの一の家来である。年齢も幼児たちの中では最年長の6歳だから、その権威は最高のものである。幼児たちは、知り合った当初、ミーレに威圧されたので、今でも頭が上がらない。


「良いのですよ、ヴェルナー。私はお前たちの警護のために来ているのですから。お前たちは、テウ様のために、最も良い地割りを決めて下さい。」

ミーレは、そう言ってヤンコーに木の枝を渡した。

ヤンコーは、「うんっ!」と答えて枝を受け取り、焚火の用意をする。子犬であれば尻尾を振っていただろう。そしてミーレは兎を捌き始める。本当なら熟成した方が美味しく頂けるのだろうが、その場で捕まえてその場で食べることにしている。荷物を減らすためにやっていることだからだ。


「で、なんで西岸がいいの?」

ガーリナが尖った声で聞いた。ユーローの方は見ていない。ユーローを軽んじているわけではないのだが、まともな話を聞くためには、ヴェルナーに聞かなければならない。


「繊維工場を作るのなら、羊毛を運搬しなければならない。ところが、ロゴ様の領地は、魔の川の西側にも広がっているというのが一つ。」

ヴェルナーが指を折った。確かにそのとおりだ。ジャケの村も雑草が丘から西に進み、魔の川を越え、魔の森の更に向こう側にある。他にもいくつかの村が点在している。西側に繊維工場があれば、それらの村、つまりロゴ領西域の羊毛は集めやすいだろう。


「砂鉄も下流からとれる。」ユーローが口を挟んだ。初めて内容が分かる発言だ。

ガーリナも少し冷静になってうなずく。


「三つ目に、塩だ。」ヴェルナーが言った。

これはガーリナの専門分野に関わってくる。

テウデリクは、海岸地帯の開発権を持っている。領主の妻であるクレーヌから一筆貰ったのだ。

領主の妻の書面にどれだけの法的効力があるかは、実は誰にも分からないのだが、一応ゴリ押しの口実にはなるだろう。

その書面については、ガーリナが執務室で預かっている。ガーリナの事務作業量が増えてきたので、ロゴの館の一画に机と仕切りをつけたのだ。


「そうすると、どっちにしても船がいるようになる。だったら、東岸でも西岸でも大きな違いはない。なら、敵に襲われにくい西岸の方を中心に発展させるという考え方もあるということになるんだ。」

ヴェルナーが締めくくった。


「西岸の測量をするの?」

突然ヴェルナーの背後から声がしたので、ヴェルナーは飛び上がった。

真っ黒な布で顔も身体も包んだ少女が立っていた。頭の布を外すと銀色の髪がこぼれる。


「シノか、びっくり、させる、なよ!」ヴェルナーが叫んだ。


「西岸の奥の方には立ち入らないで。」

シノが取り合わずに言った。

「なんで? 全部調べるつもりだったけど。」ユーローが聞いた。

「オスプレイの巣を見つけたの。今、卵を抱いている。テウ様が雛を捕まえて慣らしたいとおっしゃっていたから。今は警戒をさせたくないの。」


ずっとテウデリクとミーレが監視していたオスプレイだが、空を飛んでいるところは見えても、巣に降りるところは分からなかったのだ。

野蛮魔法により更に忍びの術を向上させたシノだからこそ、警戒されずに巣を見つけることができたのだろう。


「シノ、帰って来たのですね。」ミーレが優しく声を掛けた。

「はい、お姉さま、今日は海岸地帯まで行ってきました。相変わらず誰もいないので、テウ様が手を入れても軋轢は少ないでしょう。」

シノは静かに答えた。

シノはミーレと一緒にテウデリクの聖水による洗礼を受けて以来、ミーレのことを「お姉さま」と呼ぶようになったのだ。ミーレもシノとは最も仲が良い。


ガーリナが割って入る。

「今はそうでしょうけど、テウ様があそこで塩田を作り始めたら、領主が何か言ってくるでしょうね。兵を出して妨害してくるかもしれない。あなたは今の状態だけを見ていたらいいけど、それからは私が大変になるんだから。」


ヴェルナーが微妙な顔をした。

「ガーリナ、それはみんな分かっているよ。そのときはガーリナこそがテウ様の右腕として頑張らないといけないな。」


ガーリナは返事もせず、川の方に歩き出した。

(テウ様とミーレたちに何があったのだろう。女の子の中で私だけ、それをして貰っていない。シノもミーレも身体を使う仕事をするけど、私は事務仕事しかしないから、テウ様の秘密の何かをして貰えないのかしら。それとも、私が可愛くないからかしら。)

ガーリナは、もやもやする気持ちを必死で抑え込んでいた。


「お肉が焼けたよ、ミーレ!」

ヤンコーの大声が辺りに響いた。幼児たちがほとんど集まっているのに、ミーレだけを呼ぶのは、ヤンコーが一番好きなのがミーレだからだ。



  ○ ○ ○ ○ ○



雑草が丘から少し離れた荒地で、ネイは潰したスライムたちを見ていた。

(スライムはもう楽勝になった。)

5歳になって、身体も大きくなったから、テウデリクから貰った剣でスライムに触れずに核を潰せるようになったのだ。


「あ、そうだ。」

スライムの残骸から、土に染み込んでいない液体を瓶に詰める。ユーローから頼まれていたのだ。ユーローが命じられている漂白剤の研究は、行き詰っていた。もっとも、ユーローはネイに対しては、「色々集めて。」と頼んだだけなので、ネイはユーローがこれを何に使うのかは知らない。


(こんなものを何に使うんだろう。まあ、天才の考えることは分かんないな。)

ネイは首を傾げながら、小瓶に一杯になるまで液体を集めた。


帰り道、羊飼いたちに出会った。

「おお、ネイ、スライムに会ったか?」

少し年かさの少年に声を掛けられた。もともとネイたちが村の羊を一括して任されていたのだが、スライムに襲われてからは、少し年上の子供たちに任されるようになったのだ。そのうち、ネイはテウデリクに仕えるようになって、今ではスライムも倒せるようになったのだが、羊飼いは、そのまま少年たちがやっている。最年長に10歳くらいの子を付けて、一番小さくても5歳以上の子だけでやることになったのだ。

「ああ、全部やっつけたよ! 他にもいるかもしれないから、また様子を見に来る!」

ネイは得意になって答えた。


「ネイ、頑張ってね! 私たちも安心していられるわ。」

ネイと同じくらいの女の子がにっこり笑いかけた。

(村で一番可愛い子だ。)ネイはうっとりと見惚れながら、「うん、がんばる。」と答えた。ここはもう一言付け加えなければなるまい。


「はーあ、夜はテウ様の書いた本を読まなければいけないし、大変なんだ。でも、こうやってスライムをやっつけてると、みんなの役に立ててるって思うから、頑張れるよ!」

ネイは、努めて普通の顔をして続けた。


子供たちは、おー、と感心している。テウデリクはある意味雲の上の存在だ。しかも、本を読むというのは、村では司祭様くらいしかしないことだ。司祭様も、「本を読んでいる」という噂があるだけで、実際に本を読んでいるところを村人は見たことがない。


年かさの少年が少し悔しそうな顔をしている。女の子がネイに関心を示しているのが気に入らないのだ。それがまたネイの気分を引き立たせる。


「じゃあ、」俺は帰るね、と言おうとしたとき、羊の群れが大きく崩れた。


「魔物だあー! 犬の魔物だっ! 助けて!!」

子供の声がした。


犬の頭をした魔物が棍棒のようなものをもって走ってきている。羊が既に一頭、頭を割られて倒れていて、群れは大混乱に陥っている。その羊の暴走に巻き込まれて、子供がもがきながらこっちに向かって来ようとしていた。


「コボルトか。」

ネイが青ざめて言った。5匹はいる。

ネイたちが羊飼いをしていたとき、リーダーだったゼップは子供たちを逃がすために戦おうとして殺されたのだった。そのときの魔物がコボルトだった。あれは一年前になる。あのとき5歳だったゼップと、今のネイは同じ年になっている。


「お、おい、どうしよう。」年かさの少年が動揺しながら聞いた。

ネイは咄嗟に決心する。


「俺が喰いとめるから、みんなを連れて逃げてくれ。羊は最悪見捨ててもいい。」

雑草が丘の館の人間であるネイの言葉は、相当な重みがある。羊は村の共有財産だから、本来は行政機関である雑草が丘が口出しできる問題ではないのだが、ネイの指示でそうやったとなれば、少年たちに責任が生じることにはならないだろう。


ネイは剣を抜き、木の丸盾を持ち直して、コボルトに向かって走り出した。


コボルトは犬の目、犬の口、犬の耳を持ち、手は犬のものに似ているが、指が長くなっていて、人間のように物を掴むことができるようになっている。身体は体毛に覆われていて尻尾もある。

テウデリクの庶兄、シアンは、このコボルトと人間であるロゴとの間にできた犬っこだった。シアンは言葉も通じるし、犬耳と尻尾以外は普通の人間と全く変わりがないから、人として扱われている。そういう例は他にも結構あるのだ。

だが、このコボルトという魔物は、基本的には人間と通じ合うことがない。出会ったら殺しあうしかないのだ。


身体は、大人の人間よりはかなり小さい。ゴブリンが半トワーズ(約1メートル)ほどなのに対して、コボルトは、それよりも更に小さい。それでもネイよりはかなり大きい。一方、ネイは剣と盾で武装している。コボルトは5匹全てが棍棒を持っていた。


(いける!)

ネイは決心した。素早く周りを見渡す。まずは位置取りが重要なのだ。ロゴの従士たちが、暇つぶしに戦い方を教えてくれているし、スライムと何度も戦ってきたから、ネイも実戦には慣れている。


(ゼップ、見ていてくれ。)

昔のリーダーに呼びかけながら、ネイは剣を盾に打ち付ける。ガン、ガンと音を立ててコボルトたちの注意を引きながら、雑草がこんもり集まって生えているあたりに向かって走る。


コボルトたちが向かってきた。

ネイは足場の悪い雑草のところに入った。身を隠すほどの高さはない。そして、先頭のコボルトが近づいてきた瞬間に、雑草から飛び出して盾を斜めにしてぶつかった。


正面からぶつかっていたら、体重の軽いネイが飛ばされていただろう。斜めに当たったので、コボルトの進路が曲がった。コボルトは雑草に足をとられて、少しもたついている。

その隙に、ネイは体勢を取り直して二番目に来たコボルトの棍棒を盾で受け、剣をコボルトの腹に突き刺した。


「ギャー」コボルトが叫ぶのを聞きながら、さっきやりすごした一番目のコボルトのところに戻る。雑草に引っかかりながら戻ってきているところで、ネイが他の4匹と戦っていると思っていたらしく、足元を見ながら歩いて出てきている。

「油断だなっ」

そう言いながらネイは剣をコボルトの太腿に突き刺した。一番目のコボルトも、ギャッと悲鳴を上げてうずくまった。


どちらもまだ死んではいない。しかし腹を刺されたコボルトは、おそらく出血が激しくて死ぬのは時間の問題だろう。太腿を刺されたコボルトは、少なくとも走ることができなくなるから、場所を変えたら参戦できなくなる。


「こっちだ、犬どもっ!」

ネイは挑発しながら、残りの3匹を誘導する。

少し離れたところで迎え撃った。相変わらず、速い者から打ちかかってくるから、3匹に囲まれて同時に攻撃される心配がなく、その点は安心なのだ。


1匹目の攻撃を盾で防いで、剣で足を払う。

2匹目の棍棒は頭を下げて躱し、剣で心臓を一突きした。

3匹目は、怯んで、棍棒をやたらと振り回して防御しようとしたが、腰が引けている。ネイは右から切りつけるように見せかけながら、丸盾をコボルトの顔に突き付け、視界を奪ってから無防備な腹を突いた。


・・・


(ゼップ、勝ったよ。)

ネイは、傷ついたコボルトたちにとどめを刺しながら、自分たちの昔のリーダーに心の中で呼びかけた。



 ○ ○ ○ ○ ○



テウデリクたちの荷車は、ロワール川に沿って西に進み、ロゴの領内に入っていた。


「結局、追っ手は来なかったな。」

テウデリクが歩きながら言った。

ジャケが、馬の上から、

「そうですな。グィンドが追ってくるかと思っていたけど。」と答えた。


ポワティエ大公のグンドヴァルドゥスの侍女を拉致した。

グンドヴァルドゥスは、誰に襲われたかは明確には分かっていないはずだ。しかし、テウデリク達がやった可能性が高いという推測は可能だ。

かといって、ポワティエ大公という立場から、勝手にトゥール管区で私兵を動かすのも憚りがある。


トゥールの都市伯に捻じ込んでも、テウデリク達がやったという根拠がないから、取り合わないかもしれない。背景を説明すればよいかもしれないが、そうすると自分の恥を晒すことになってしまう。


グレゴリウスから都市伯に口を利いてもらうことも考えられるが、グレゴリウスもそこまでは協力しないだろう。


そこで、グンドヴァルドゥスが使えるのはグィンドだけということになる。だから、荷車は従者にひかせて、ジャケの馬は温存していたのだが、おそらくグンドヴァルドゥスは、女のことは諦めることにしたのだろう。


今は攫ってきた女は、簀巻きから出して自分で歩かせている。逃げても無駄だということは分かっているだろうが、一応、ロープで荷車と繋ぎ、荷車を曳かせている。

荷車には、ゴームルだけが乗っていて、テウデリクと幼女は歩き、従者たちが交代しながら後ろから押していた。


「魔の川が見えてきたな。」テウデリクが言った。

「ここまでくれば、安心した感じがするな。」ジャケが答える。

「まあ、館に帰るまでは、油断はできないが。ジャケ、すまないが、館までは頼む。」

ジャケの村は魔の川の向こう側にある。だから、ロワール川との合流地点で解散した方がいいのだが、一応警戒の必要があるから、館まではジャケに着いてきて貰うことにした。


「おや、子供たちがいますぜ。」ジャケが馬上から言った。

幼児たちが走ってくる。

「テウ様、お帰りなさいませ!!」

口を揃えて出迎えてくれた。


「おお、ミーレ、ガーリナ、ヴェルナー、ユーロー、シノそれにヤンコー、ここに来ていたのか。ご苦労である。みな変わりはないか。」

テウデリクが声を掛ける。


ガーリナが前に出た。長い間押さえつけていたものが、テウデリクを見て、噴出してしまったようだ。

「テウ様! 私だけ秘密のアレをしてくれないなんて酷いです!!」


全員がテウデリクを見た。ジャケがにやにやする。「アレって、アレかね。BUKKAKE?」冗談のつもりなのだろうが、実はそのとおりなので、気まずい。

ミーレとシノが恥ずかしそうに赤面しているのが、更に事態を悪くする。


「あ、ああ・・・。そうだったかな。」テウデリクは動揺した。

ご一読ありがとうございます!

昨日の夜は結局投稿できませんでしたが、なんとか今書き上がりました。しばらくは、少し不定期になるかもしれません。一日一話と目標に続けたいと思っています。

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