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31 報復 ~~何もしないよりはマシな程度~~

開いて頂いてありがとうございました。

ルーアンでは、冬が到来していた。

夜の洗い物が辛い時期になってきている。

フレデグンドは、他の下女たちと共に王の食卓から下げられた食器類を洗っていた。

(元の位置に戻ったわ。)

吐き捨てたい思いで考える。


フレデグンドの父親は、貧しいフランク人農夫だった。不作の年に食い詰めて南に流れ、クロタール王に拾われてブレーヌにある王の別宅周辺の森を管理する家人の一人となっていたのだった。

キルペリク王子が、アウドヴェラと結婚した時、フレデグンドは10歳を超えたか超えないかくらいの年齢だったが、その美貌は既に有名であり、アウドヴェラが侍女に引き抜いたのだった。


クロタール王が死去し、欲しがり屋キルペリクが西フランクの王となり、そして極めて自然な流れで、アウドヴェラの侍女の中でも際立って美しいフレデグンドもキルペリク王の寵愛を受けるようになっていた。


(それから王妃にまで登り詰めた。)

今となっては苦々しい思いだ。


アウドヴェラが娘を産んだとき、キルペリク王は、兄王である戦好きのシギベルト王、東フランクの王に請われて、ゲルマニアに出征していた。恐るべきザクセン同盟との終わりなき戦いが、百年も前から続いているのだ。フランクの始祖であるメロヴィクスが、ゲルマニアに対しても覇権を握るようになってからも、ゲルマニアの東の奥地、ザクセン地方では、ゲルマンの小部族たちが連合してフランクの支配に頑強に抵抗している。


アウドヴェラの娘の洗礼を手配する際に、フレデグンドは司祭を買収した。代母となるべきフランクの貴婦人も説得した。フレデグンドは幼い頃から、人を思いどおりに動かす術を知っていた。金が欲しいものには金を、誰かを憎み、又は妬んでいる者には、その復讐の機会を、名誉が欲しいものには名誉を。フレデグンドは人の欲望には敏感だった。そして、人に何かを与えるときには躊躇しなかったから、多くの人々がフレデグンドを愛し、愛さない者もフレデグンドに服従することを好んだのだった。


手違いを装ってアウドヴェラが自分の娘の代母となるように仕向けたところ、キルペリク王は何のためらいもなくアウドヴェラを修道院に蟄居させた。フレデグンドの策略であることはほとんど知られていないし、特にキルペリク王は何も気づいていない。そして、フレデグンドは見事王妃の座に就くことができたのだった。


(たったの3年だった。)

戦好きのシギベルト王が西ゴートの王女を娶ったこと、その結婚式が荘厳華麗なもので、ガリア中の評判となったことがフレデグンドの失寵に繋がるなど、誰が予想できたであろうか。


キルペリク王は欲望に忠実だから、王妃フレデグンド以外にも側女はいくらでもいた。フレデグンドも美貌の娘を次々に王に供し、王の寵愛が特定の女に留まらないようにしていたのだった。


ところが、西ゴート王の長女ガルスウィンドは、厚かましいことにキルペリク王に全ての女を身辺から遠ざけることを結婚の条件としたという。しかも、兄王の名声を真似したくて目がくらんでいたキルペリク王は、即座にその条件を受け入れた。王妃フレデグンドは、ゴミでも捨てるかのように王妃の座から降ろされたのである。


(今は下女に戻っている。でも、それは今だけのこと。)


フレデグンドは諦めない。今もにこやかにして、健気な女を装っている。敬愛するキルペリク王のお傍にいられるだけでも幸せだと周りにも言っているのだ。しかし、そもそもガルスウィンドは行き遅れの王女、特に美貌で有名なわけでもないことは、フレデグンドは既に耳にしていた。もちろんそのことはキルペリク王には言っていない。嫉妬によるものだと思われては逆効果だからだ。


フレデグンドは、まだ20歳にもなっていない。美貌は更に輝き、100人の女たちの中にいても、男たちはフレデグンドだけを見る。いくらでも取り返しのつくときは来る。必ず、元に戻る。奪われた王妃の座は奪い返す。


ガルスウィンドは死ぬであろう。西ゴート王の娘という特権にあぐらをかき、このフレデグンドを、言葉一つ、条件一つで突き落とし、フランク王の洗い物をする下女としたことの報い、受けるがよい。

フレデグンドは笑みを絶やさず、王の皿に残された骨をまとめて、王の番犬たちに与えた。しゃがみ込んで、尻尾を振る犬たちの頭を撫でる。慈しむように、優しく撫でる。声を掛けてやる。犬だけではない。全ての者を味方につけるのだ。



  ○ ○ ○ ○ ○



テウデリク達は早々に修道院を立ち退いた。この悪意と欺瞞に満ちた建造物の中にいることに耐えられなかったのだ。

トゥール市内の宿屋に入り、ゴームルをベッドに寝かせた。

ゴームルは、死んだように眠りこんでいる。


宿屋だけに、ちゃんと暖炉もあった。金を払い火を入れさせる。水差しを用意して、いつでも水を飲めるようにしておき、幼女にはゴームルの隣に寝るように命じた。少しでもゴームルが温まるように、また、幼女が怯えきっていたことにも配慮したのだ。ゴームルが起きて便所に行きたいと言えば、器で受けるようにも命令しておいた。幼女は口を開かずにうなずく。大変なことになっていることは理解しているようだ。


「ゴームル、許して欲しい。僕が布作りに誘ったばかりに、こんなことになってしまった。」

テウデリクはベッドの傍に膝をついて、寝ているゴームルに話し掛けた。


油断もあった。

まさか、清廉で名高いグレゴリウス大司教までが、このような汚い謀略を仕掛けてくるとは思っていなかったのだ。


庶兄のシアンが口を開いた。

「テウデリク、すまなかった。修道院の一員としても謝罪する。それにロゴ家の人間としても、企みに気が付くべきだった。」


シアンとしても心が咎めるのだろう。

知らなかったとはいえ、グレゴリウスの訪問要請を取り次いだのだ。犬耳が垂れていて、心の底から悔いている様子が見て取れた。


「兄者のせいではない。そうだ、今回、僕たちは修道院で少々暴れてしまいました。無関係な僧侶を殴ったりしたので、これから兄者の立場が悪くなるかもしれない。領地に帰ったらすぐに金を送るので、それをばら撒いて下さい。」

テウデリクもシアンを責めるつもりはない。修道院に招待されて騙されて、企業秘密を喝取され、挙句の果てに右目をくりぬいた家宰を返してくるなど、誰が予想できるだろうか。


「もともとグレゴリウス大司教の就任を承認したのは、カリベルト王だ。そしてカリベルト王が死去して、トゥールがシギベルト王の統治下に入ると、シギベルト王が、グレゴリウスの地位を追認した。形式的なことではあるけど、そういう理由があるから、グレゴリウスはシギベルト王に好意的な立場をとっている。キルペリクの臣下であるロゴに対しては、もともと冷淡だった。」

シアンが解説を始めた。


「そうですな。しかしそれだけで、こんなことをしでかすとは思えない。おそらくポワティエ大公のグンドヴァルドゥスが噛んでいる。もちろん、その息子、レイズもだ。だからグィンドが出てきたのだ。」

テウデリクも分析する。トゥールもポワティエも戦好きのシギベルト王の統治下にあるから、グレゴリウスもグンドヴァルドゥスも大まかに言えば同陣営ということになる。協力しやすい関係にあるのだろう。


「兄者、僕から父者に手紙を書いてことの次第を報告することにします。兄者からも書いておいて下さい。」

シアンからも書くよう指示する。そうすることで、それぞれロゴに報告が行くことを互いに意識するから、妙に他方に責任を押し付けるような書き方はしないだろう。そういう牽制の意味もあるし、自分としても勝手なことは書かないつもりだということを明らかにしたのだ。


シアンとテウデリクとの間には、別にわだかまりもないが、特に親しくしているわけでもない。身内意識はあるが、身体感覚としての家族意識があるわけでもない。だから余計な腹の探り合いに入る前に、自分の考えを綺麗に示しておく必要があった。


「では、俺は修道院に戻る。テウデリク、また俺にも手紙をくれ。俺も書くようにする。」

「分かりました。兄者、お気をつけて。」

「テウデリク、お前もな。」


そういって、シアンは宿から出て行った。


・・・


夜になって、もう一度シアンがやってきた。

グレゴリウスから、「今回の不幸な出来事に心を痛めている。今後ともロゴ一族とは友好関係にあることを期待している。」という伝言を預かってきたのだ。

厚顔無恥にもほどがある。テウデリクは、絶対に殺してやる、と思いながらも、「ロゴに伝えておく。」とのみ答えておいた。


その他、トゥールの商人、レイモンダルムもやってきた。どこで聞きつけたのか、事情をかなり正確に把握していた。テウデリクは正直に布生産の独占が難しくなったことを説明したが、レイモンダルムはそれでもテウデリクの元で開業する意思は変えないと答えた。そして、傷に良く効く薬草を出してくれたので、すぐにそれをゴームルに使った。幼女が薬草の処理の仕方を知っていたので助かった。


・・・


明け方、まだ暗いうちに目を覚ました。大きな寝台の上で、ジャケも身じろぎしている。


「いくか。」

テウデリクが声を掛けた。

「はい。」

ジャケもそっと起きて着替え始めた。


昨日の夜に二人で相談をしていたのだ。

おそらく今が一番のチャンスだろう。相手は油断しきっているはずだ。


テウデリクとジャケは、他の者を起こさないようにしながら、完全武装して町に出た。ここはトゥール市中心部に近い宿屋街である。少し歩くと、問屋街に出る。目的の店は、すぐに見つかった。看板が布で覆われている。布問屋だ。


表玄関脇でジャケが身をかがめ、テウデリクがその肩に乗り、音もなく飛び上がった。屋根の上に登る。持ってきていた紐を屋根に括り付け、端を垂らしてジャケに登らせる。ジャケは大柄な男だが、まだ20歳を少し過ぎたばかり、身のこなしは軽やかだった。


屋根の上を静かに歩き、中庭に降りる。中庭の周りを廊下が巡っていて、それが各部屋に繋がっていた。


テウデリクが中の気配を探り、「ここだ。」と言った。そして、小刀を扉の隙間に差し入れて持ち上げた。かんぬきが静かに持ち上がる。


ポワティエ大公グンドヴァルドゥスが布問屋に宿泊しているということは、昨日の夜、レイモンダルムから聞いていたのだ。


流石にグンドヴァルドゥスの居室を襲うのは危険だ。かんぬき一つだけということもあるまい。部屋に入る前に気付かれて防御されたら返り討ちに遭いかねない。

襲ってどうするのかという問題もある。殺してしまうと大問題になる。それに、設計図がそこにあるとも限らないし、既に複製されていたら、奪い返しても意味がない。

かといって、何もしないまま逃げるように所領に帰るのも業腹だし、相手に一泡吹かせてから帰ろうということになったのだ。


グンドヴァルドゥスの居室と思われる部屋の隣には、グンドヴァルドゥスの侍女が入っていた。愛人かもしれないが、それならなおさら丁度いいだろう。もっとも、グンドヴァルドゥスと違う部屋に寝ているし、部屋自体狭くてみすぼらしいから、おそらく手は付いていないだろう。


静かに寝台の横に立った。

ジャケが、布を手に当てて、女の口を抑え込んだ。女は寝ぼけたように目を開いたが、まだ薄暗いので状況が分かっていない。


ジャケは女の頭を掴んで無理やり起きさせた。その間にテウデリクは女の両手を後ろに回して、紐で括り付けた。女が異変に気づいて身をよじるが、ジャケとテウデリクに掴まれているから、ほとんど身動きできない。手を縛り終えたテウデリクは、足も縛り、片手斧フランキスカを腰から外した。


「声を出すな。出したらすぐに殺す。」

低い声で言った。

女は目を飛び出さんばかりに見開いて、何度もうなずいた。こういうときは、斧の凶悪な外見が役に立つ。普通の剣よりも恐ろしく見えるのだ。


ジャケが注意しながら口から手を離した。テウデリクが女の口に布を突っ込み、上から更に布で巻いた。

それから毛布で簀巻きにしてジャケが肩に担いだ。


静かに部屋の外に出る。


「よし。」テウデリクはジャケと顔を見合わせてうなずいた。


片手斧を構え、グンドヴァルドゥスの居室と思われる部屋の扉に思い切り叩きつける。

早朝の商家に、ドンッと大きな音が響いた。


潜伏の時間は終りだ。


ジャケは出口に向かって走り出した。邪魔になる扉は足で蹴り飛ばして開ける。

その後ろからテウデリクが続く。

使用人が目をこすりながら出てきたが、ジャケが、「殺すぞ!!」と叫ぶと、「ひっ」と言って腰を抜かした。


布問屋の表玄関を内側から蹴破って、ジャケと簀巻きとテウデリクは道に出た。

ジャケは、「グンドヴァルドゥス、女を奪われた恥さらしめ!!」と叫んで大声で笑いながら走り出した。テウデリクも、布問屋の門前を片手斧でがりがり傷つけながら走る。


そのまま宿屋に戻ってきた。宿屋の使用人は、見るからに怪しい簀巻きを見たが、何も言わなかった。フランク人のやることに口を挟んでも、得をすることなど何もないからだ。


部屋に入った。ゴームルと従者たちは既に起きている。幼女はゴームルにしがみついたまま寝ていた。


「はっはっは! ざまあみろだ。グンドヴァルドゥスの野郎、今頃恐ろしくてしょんべん漏らしてるんじゃねえか! いや、テウデリク様、3歳児にして女攫いとは、エロですな!! 俺はテウデリク様が赤ちゃんの頃から、その手の才能があると信じてたんだ! 白濁液をクロティルドにBUKKAKEしてたんだもん。」

ジャケが上機嫌でいう。


「引き払うぞ」

テウデリクは短く言った。追及の手が回る前に城門を抜けたいのだ。見るからに怪しい簀巻き付きだが、そこはロゴの名前とジャケの迫力、フランク人に対する恐怖心を利用して切り抜けるつもりだった。もっとも宿屋を出る前に、荷車を調達しなければならない。宿屋の裏庭に置いてあったから、金を出せば簡単に買えるだろう。買えなければ奪っていくだけだ。


一刻後には、テウデリクたちは、荷車を従者たちにひかせながら、ロワール川を渡っていた。荷車には、ゴームルと幼女、それから簀巻きが乗っていたのだった。

ご一読ありがとうございました!

これで20万字を超えました。これも読んでくださっている皆様のお蔭です。引き続き、楽しんで頂けるように頑張って書きたいと思っています。

次話は、遅くなるかもしれませんが、おそらく明日中には投稿できると思います。

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