20 出立の準備 ~~なお野蛮魔法について~~
ぎりぎり間に合いました。
幼児たちは、一つずつ年齢が上がっています。テウデリクも3歳になりました。本文で説明を入れようと思ったのですが、丁度よいところがなかったので、ここでお断りを入れさせて頂きます。
後半に少しシモの話が入りますのでご注意下さい。
織田信長は、部下には同時に複数の使命を与えるのが習慣だった。仕事というのは、何かをやって、それからしばらく待ち時間が生じる。その間に別の仕事を片付けてその待ち時間に更に別の仕事を処理する。他の大名が家来にまったり仕事をさせている間に、織田家では何倍もの仕事がこなされていた。いうなれば中世的時間の流れの中で、織田家だけが近代大企業の本社・支社や、営業所のように、膨大な仕事を並行して処理していたのだった。
その癖がここでも出ている。
「ネイ。」
「はっ」ネイがテウデリクの前に立っている。
木剣ではなく、既に短刀を与えてある。盾も持つようになった。
「近郊のスライムを根絶せよ。スライム以外の魔物が出たら、従者を呼べ。自分でなんとかしようと思うな。」
「はっ」
スライムがいなくなると羊の被害が減るし、羊飼いに回す労働力が浮く。また、治安が良くなると領主に対する信頼も増すのだ。
「ヴェルナー」
「はい」
「レイモンダルムや他の行商人らが羊毛を売りに来るかもしれぬ。値段はある程度高くなっても構わぬので、できるだけ買っておくように。」
「はっ」
二度目の定期市は3日後に迫っていた。その価格設定も含めてヴェルナーに任せてある。
「それとネイとヴェルナーは、僕が書いた『西ローマ帝国衰亡史』をガーリナと一緒に良く読んでおくように。」
これは理由が分からないようだ。
ヴェルナーは経済系技術系の官僚として育てるつもりなのだ。それに加えて軍略家としても使いたいと思っている。そうすると社会学的知識が必須となるのだ。
ネイについては、ゆくゆくは司令官として活躍して貰うつもりだ。初めて会ったときからネイには統率力があることが分かっている。そうするとやはり軍事史を学んでおくことは有益だろうと思った。
「ガーリナ」
「はい。」
「次の定期市の監督を任せる。しかしガーリナだけだと舐められるから、お父さんに一緒にいて貰うようにせよ。」
「はい。」
幼児が店番をしていると舐められるというのは、この前のヴェルナーで分かった。テウデリク自身に幼児であるという自覚がなかったからなのだが、客観的に見ると幼児が取り仕切っているのはトラブルの素になる。特にガーリナは女の子だから、更に舐められやすい。
「それから余裕のあるときに、定期市の取引ルールを作っておくように。」
ガーリナは文官の長に育てるつもりだ。組織規程や取引所規程などを作る練習をさせていかなければならない。
「ユーロー」
「はい。」
「漂白剤はどうか。」
「すみません、色々試しているのですが、うまくいきません。尿、塩、灰、土、油など組み合わせているのですが、水で洗うのとそれほど大きな違いがでないんです。もう少し試してみたいと思っています。」
「ふむ。これは未知の技術なので時間が掛かるのは仕方がない。無駄が生じるのも仕方がないので、ゆっくり時間を掛けて研究せよ。」
「はい。あ、染料の使い方はほぼ分かりました。」
「そうか。染色技術は別に秘密ではない。下の村の女を動員して染色も始めよ。もっともこれもできる範囲で良い。」
「はっ。多分、漂白してから染色する方が色が鮮やかになると思うんです。なので、漂白の方を優先したいと思っておりますがそれでいいですか?」
「うむ。それでよい。」
テウデリクは続けた。ユーローにはまだまだやって貰いたいことがある。
「それと水車の作り方を説明したな。」
「はい。」
「グラインガドルとヴェルナーと相談しながら、下の村までの給水を工夫せよ。特に風呂で困っている。」
もちろん畑への水やりも村の労働力をかなり奪っている。そこは早急に改善したかったのだ。
「できれば鉄で水道管も作れ。」
「さらに。」
テウデリクは続けた。
「魔の川とロワール川の合流地点に新開地を作りたいと考えている。これはヴェルナーと共に土地を見分して、地割りを考えておけ。」
「「はっ。」」
「ネイとシノ、ヤンコーは、交互に護衛に付くように。黒千代もつれて行け。」
「「「はいっ」」」「ワン!」
ユーローには、かなりの負担が掛かる。領地の開発と産業の発展には技官の存在が不可欠なのだが、今のところユーロー以外に適任がいない。
「そうだな。商人のレイモンダルムがうちに店を出すようになれば、何か外注するか。」
テウデリクが独り言を言った。
「そうですね、機密にかかわらない仕事であれば、レイモンダルムに依頼すれば、他の仕事に専念できますね。」
ガーリナが答えた。
ガーリナは、組織経営についてもかなり理解が進んでいる。ローマ史を口述筆記させた甲斐があったものだ。この時代に大学があれば、ガーリナはいくつもの科目を担当できるだろう。
「シノ、できたか。」
何ができたのかは言わない。シノも聞かない。
「はいっ。こちらです。」
シノは、布を何枚も広げた。
「で、あるか。」
テウデリクはできばえを見分した。地図が描かれている。
雑草が丘周辺の地図だ。歩測を教えたので、距離もかなり正確に測れている。割り算も教えているので、縮尺も正確に書けている。もっとも坂道があれば、その分歩測では誤差が出る。それくらいは許容範囲だ。
「良いな。僕が把握している地形と一致している。良くできている地図だ。」
テウデリクは少し黙った。本当はロゴの領地全体の地図が欲しい。
「他の村との位置関係や道の状態、新開地候補地までの経路、海岸地帯の状況についても調べておきたいのですが。」
シノが発言した。
「僕も本当はそのあたりを調査して欲しいのだが。」
テウデリクは言葉を濁した。
シノの隠密行動や戦闘力は相当に高くなっているのだが、その分単独行動でなければ能力が発揮できないのだ。そう考えると、危険な行動はさせられない。
「テウ様、私は危険など顧みません!」
シノが声を強めて言った。
(焦っているのだろうか。)
ネイ(5歳)の訓練は捗っている。鉄の剣と木の丸盾も与えられている。今回はスライム討伐を任せられた。
ヴェルナー(5歳)は定期市で活躍している。
ガーリナ(4歳)は夜な夜なテウデリクがつきっきりで口述筆記をさせている。
ユーロー(4歳)は、生産技術に関することを数多くこなしている。形として残っている成果としては幼児たちの中で一番多い。
ヤンコー(3歳)は、今のところ特に成果というほどのものはない。しかし、戦士としての素質が芽生えてきている。従士たちの評価では、ゆくゆくはネイを超えるかもしれないと言われていたので、本人もかなりやる気になっている。
シノ(3歳)は、鳥を射落とすことができるので、食卓を豊かにしている。周辺の地図を作ったが、それはテウデリクも他の人間も知っている地理を布に書いただけに過ぎない。地図で見ることができるということは、それだけでも十分な価値があるものだが、シノにはそれが分からない。
テウデリクはシノとヤンコーには、鉄の小刀を与えたが、ネイが貰った剣と盾と比べると見劣りがするのは間違いない。
そういう諸々の状況が、「自分だけ役に立っていない」という焦りに繋がっているのかもしれない。
しかし、やはり危険だ。村の外は魔物が発生する可能性があるのだ。村周辺ならともかく、一人で遠出させるのはまだ早い。黒千代を連れていければ良いのだが、黒千代はヴェルナーとユーローに付けなければならない。
「まだだ。しばらくは訓練を続けよ。」テウデリクは悩んだ末結論を出した。まだシノを単独で外に出すのは危険すぎる。
シノは黙ってしまった。
「そして、ミーレ、全体を統括せよ。」
今回、ミーレはトゥールには連れて行かない。流石に幼児ばかり連れて行くのはロゴにとって荷が重いのだ。
「ヤンコー、お前も訓練を続けるように。」
「はい。」
ヤンコーには不満はなさそうだ。基本的に戦いの練習が好きなので、別に他の人間がどうだとかは気にならないのだ。
「定期市が終われば僕は父者たちとトゥールに行くことになる。ゴームルも一緒に行くから、この館には留守の従者などしか残らないようになる。みな、今まで以上に注意して励むように。」
「はいっ」全員の声が揃った。
幼児たちがそれぞれの仕事に向けて走り出していく。二度目の定期市が近いので、やるべきことは多いのだ。それがなくても、自分の訓練などもある。この時代の人間の中で突出して忙しい。
・・・
シノが残った。思い詰めているようだ。
「シノ、お前にはゆくゆく大活躍して貰うつもりだ。今は身体を鍛えよ。」
テウデリクが優しく諭した。
「はい。でも・・・。最近、伸び悩んでいるのです。」
3歳の幼女の発言としては異常極まりないが、確かにシノは最近伸び悩んでいる。隠密技術はほぼ完璧に身に付いている。走ったり跳んだりすることも、充分に鍛え上げられている。和弓も問題ない。他の幼児と比べて進展がないのだ。
「テウ様。以前、テウ様は特別なやり方を使っているとおっしゃいましたね。」
シノが何かを決意をした表情でテウデリクを見た。
「ん? ああ、あれか。」
初めてネイたちに会ったとき、ネイたちはテウデリクを包囲して泥玉を投げつけた。それを捕獲するために野蛮魔法を使ったのだ。
「私にも教えて頂けないでしょうか。」
確かにシノが野蛮魔法を使えるようになれば効果は高いだろう。動体視力も上がるし、感覚が研ぎ澄まされるから魔物にも簡単には襲われないだろう。
「あれか。」
あれはどうやって継承できるのかが分からないのだ。
テウデリクは錆猫に犯されそうになって力を譲渡された。あれが誰にでも通用するか分からない。それにシノに尻を出させて錆猫に襲わせるわけにもいかない。テウデリクは幼児たちを信用していたから、野蛮魔法が使えるようになっても構わないのだが、やり方が分からない。だからミーレにも説明していないのだ。
「困ったな。あれは、僕自身もうまく理由が説明できないのだ。」
シノは顔を上げてテウデリクの目を正面から見た。
「私、なんでもやります。・・・失敗するかもしれないのは分かっています。でも、私もテウ様のような力が欲しい。そうすれば、私でもみんなのようにお役に立てるはずなんです。」
なんでもやります・・・だと?
そうか、そこまでいうのなら、仕方がないな。
失敗しても知らないぞ。
成功したとしても、やり方がかなり酷いぞ。
僕のせいじゃないぞ。
テウデリクは頭の中で目まぐるしく考えた。ほとんどが保身のためだ。いや、テウデリクのことを非難する人間はいないだろうが、自分で気が咎めるのだ。
流石に誰かに試すのは躊躇いがあったので、今までできなかった方法がある。
「分かった。やってみよう。そうだ、ミーレも呼んで来てくれ。」
・・・
雑草が丘は、高さ5トワーズ(約10メートル)ほどで、直径は50トワーズほどの小さな丘だった。丘を降りたら広場があって、その向こうに下の村が広がっている。丘を降りてすぐに横に歩けば、雑草が生える野原や雑木林、荒地が広がる。本当に何もないところだから、まず人が来ない。そこに小さな川が流れていた。
「・・・」
テウデリクは黙っている。ちょっと、いやかなり緊張している。美幼女が二人だ。流石に緊張するだろう。
「シノ、嫌だったらいいのだ。無理に勧めはしない。成功するかどうかも分からぬ。」
「はい。」
「下の服を脱いでうつぶせになれ。」
「えっ!」
ミーレとシノが冷たい目で見てきた。
そういえば、この前メロヴィク王子に、エロエロ大魔王と言われたばかりだ。なんか、急に大人の刺激を受けてエロに目覚めた幼児を見るような目で睨まれている。
「だから言っただろう。嫌なら嫌でいい。しかし、僕に考えられる方法はこれしかないのだ。」
「それで本当に効果があるのですか?」
ミーレが疑わしそうに聞いた。
ミーレは幼児たちの中で最も忠誠心が高い。シノも忠誠心はかなり高い。戦国時代の忍者の忠誠心のなさが嫌いだったから、「忍者とは、気高い仕事なのだ。主にどこまでも忠誠を尽くすのが伝統である。」と口うるさく洗脳してきているから、シノは幼児の中でも特に忠誠心がある。
それでも疑われている。
「いや、だからそれは僕にも分からないんだ。しかし、僕が野蛮魔法を使えるようになったのも、こういうやり方だったのだ。」
ミーレが考えている。
「あ・・・。」
何か思い出したようだ。
「ぷっ」
そうだ。初めてミーレと会ったときのことだった。
テウデリクはおむつを替えてもらうために下半身丸出しで寝ていたところ、錆猫に襲われたのだった。
「テウ様のお尻に白いおしっこ・・・。ぷっ」ミーレが思い出し笑いしている。
「そういうことだったのですね。あのときからテウ様は野蛮魔法が使えるよういなったのですね。」
「そうだ。錆猫がもともと使えたのだ。いや、とにかく昔のことを思い出すのは、やめろ。」テウデリクが制止した。思い出したくないのだ。
「だが、それが誰から誰に対しても継承できるかは分からないのだ。僕から伝えられるかどうか分からないし、ミーレとシノに対して伝えられるかも分からないのだ。」
なお、2歳児なので白いおしっこはでない。他のおしっこで代用するつもりなのだ。
「分かりました。では、私からお願いします。」
ミーレが決意した。
ご一読ありがとうございました。
ところで、フランク族の持つ短刀を、「スマクラサクス」としていましたが、どうやら誤りだったようです。「スクラマサクス」に訂正します。今までの投稿分も修正したいのですが、あちこちにちりばめてしまっているので、時間が掛かりそうです。申し訳ありません。
次回は、かなりアダルトな話になるかもしれません。さじ加減が難しいですね。おそらく明日夜には投稿できるかと思っております。