19 メロヴィク王子の来訪 ~~王の招待~~
本日投稿2話目です。
少し場面が変わりますが、ここで、メロヴィング王家について、簡単に確認しておきますね。
フランク族の始祖と言われている、伝説的な王メロヴィクスの孫がクローヴィス、その子がクロタール(1世)、その子らが、カリベルト(故人)、グントラム、シギベルト(西ゴート王の王女と結婚)、キルペリク(ロゴの主君)となります。キルペリクの息子は、テウデベルト、メロヴィク、クローヴィスで、この3人の王子は、今後要所要所で活躍することになります。3男のクローヴィスは、フランク初代王のクローヴィスとは別人です。
定期市は大成功に終わった。原料費その他を考えても、初回の定期市で、4000ソリドゥスの利益が上がったのだ。今後は初回ほど爆発的な取引はないにしても、定期的にかなりの収入が見込めるので、正直笑いが止まらない。実のところ、今まさに笑っているところだ。
「むはっ」。これは家臣には見せられない。元織田信長、テウデリクたるもの、たかが4000ソリドゥス程度の小金を得た程度で喜んだりしないのだ。いや、少しは喜んでもいいだろう。4000ソリドゥスだし。もう少し冷静に考えてみる。
(いや、僕は4000得したとか、そんなことで喜んでいるのではないんだ。領地が豊かになってきている。それが嬉しいんだよ。むはっ!)
一応、喜んでもいい大義名分を見つけて、笑う。
いずれにしても、誰も見ていないし聞いていないので、大義名分といってもあまり意味がない。もっとも、領地が豊かになっているのは確かだ。
幼児たちの訓練も進んでいる。
ネイは従者に訓練して貰えるようになっているし、ヴェルナーには算盤を作って与えたら、暗算能力が飛躍的に伸びたのだった。定期市でも大活躍してくれた。
ガーリナはラテン語の読み書きがほぼ完璧になっている。最近は、テウデリクが『西ローマ帝国衰亡史』と題した著作を口述筆記させている。なにしろテウデリクはまさに現場を夢で見ていたのだから、正確性が極めて高いのだ。それをテウデリクが読むのと同じスピードで書くことができるようになっていた。紙がないし、羊皮紙が高いから布に書くようにさせている。ロゴの領地では、羊皮紙よりも布の方が入手しやすかったのだ。
ガーリナはゆくゆくは文官の長とすることを考えている。そのためには高い教養が必要だ。外交交渉を任せることもありうるから、歴史の知識は役に立つだろう。
ユーローは、鍛冶仕事や木工仕事に熟練してきている。最近は建築もある程度できるようになっている。設計図も書き始めている。シノは木に止まっている鳥を手掴みで捕まえられるようになった。ヤンコーもそれなりに剣を使えるようになった。スライムは無理だが、野犬程度であれば追い払える。
そんなある日、館に客人が訪れた。
丁度、家族、従士その他の人間、幼児たちで昼飯を食べていたところだったのだ。
なお、食事は雨が降っていない限り屋外で食べるのがフランクの習慣だ。狭いところが苦手なのだ。調理は館の1階の土間の片隅で行う。厨房というものは、この時代、ほとんどの家屋で存在していない。
柵の内側に櫓が建っている。一応見張りがいるのだ。館の北側は岩場なので、あまり監視の必要がない。基本は南側、下の村がある方向を監視している。敵や魔物が発生するとしたら、そっちからだ。
「おおい、武装した数騎、魔の川の方からくるぞ!」
櫓で従士が声を出す。それほど緊張感もない。別に敵と決まったわけでもない。
ロゴが食べかけていた器をテーブルに置き立ち上がって櫓の方に歩く。櫓の上からだと良く見えるのだ。
(遠眼鏡を作りたいな。)テウデリクはふと考えた。基本的な構造は分かっている。レンズを作るにはガラスがいるので、それが少し厄介かもしれない。ガラスは透明でなければならない。成型についてはそれほど心配していない。鍛冶屋のグラインガドルとユーローがなんとかしてくれるだろう。
しばらくしてロゴが降りてきた。
「誰か知らんが、キルペリク王の印を立てていた。何かの使いかもしれんな。」
キルペリク王の印は、旗に黒い髑髏の印だ。現代人に見せたら「海賊か。」と言われそうだが、この時代だと結構お洒落な感じがしている。「未来的」ともいえるかもしれない。
通常は、長い棒の先に短い横棒を交差させ、その横棒から掛け軸のような感じで布を垂らし、旗にしている。その点では源平合戦から室町時代初期の旗に似ているといえるかもしれない。その旗が白地で、その上の方に黒い髑髏の印がついているのだ。
「戦争でもするのかしら。」
クロティルドが聞いた。
「すごく稼いでね。」少しわくわくしているようだ。
この時代、夫が戦に出ると聞いて、楽しみに思わない嫁はいない。少なくともゲルマンはそうだった。
「いや、時期的にそういう話はない。それに使者もそんな殺気立っていなかった。」
かなり遠いが、ロゴには殺気の有無が分かるらしい。
しばらくしてから、武者たちが館にまで到着した。
「おお、メロヴィク王子ではありませんか!」
ロゴが声を掛ける。テウデリクはロゴが敬語を使うところを初めてみた。
(使えたのか。)少し意外に思う。
「ロゴ、久しいな! なかなか気分のいい領地じゃないか!」
メロヴィク王子と呼ばれた男が返事をした。
王子と呼ばれるからには王子なのだろうということで、そこにいた人間は皆跪いた。
メロヴィク王子は、20歳前後の若者で、元気がよく、快活で、善良な風貌をしていた。
(悪い人間ではなさそうだし、勇敢なように見えるが、頭は悪そうだな。)
テウデリクは第一印象を整理する。
「おや、ロゴ、ここには幼児がたくさんいるな。作りすぎだぞ!!」
メロヴィク王子は大声で笑いながら馬を降りた。
「いやいや、私のはこのうちの一人です。おい、テウデリク!」
ロゴが呼ぶので、テウデリクは立ち上がりメロヴィク王子の前に進み、優雅に一礼した。
「王子、ロゴの息子テウデリクと申します。以後お見知りおき下さいますよう。」
「おや、ロゴの息子なのに、なんだかちゃんと喋っているぞ! 大丈夫かロゴ! 何か病気でもしたか! はっはっは!!」
陽気に笑いながら王子は運ばれてきた椅子に座り、「ちょうど良いときに来た! ごちそうになるぞ」と言って、食事を食べ始めた。他の武者たちも、用人が出してきたテーブルについて飲み食いを始めている。用人たちは馬の世話を始めている。
「ユーロー、悪いが下に走って風呂の用意をさせておいてくれ。お入りになるかもしれぬ。」
テウデリクが指示した。声を潜めずに言った。こそこそ喋っていると謀殺するのではないかと疑われるかもしれないと危惧したのだ。もっともメロヴィク王子は全然聞いていないようだ。もっとも、2歳児が3歳児と密談していても、謀殺を疑う人間はいるまい。
「ふはあ、疲れたぞ。アクィターニアからあちこち走り回ってきているのだ。」
メロヴィク王子は続けた。
「ほら、うちの父が嫁を取るだろう? 聞いているかな。それで沿道に迎えるよう、各地の貴族らに声を掛けて回っているのだ。まあ、先触れということだな。俺にとっても義理の母になる人だ。」
「なるほど、それで当家にもおいでになったのですね。」ロゴが一礼をして答える。
「ロゴ、先王の従士頭にして、この地域の盟主であるお前にそれだけなはずはあるまい! 是非ともブレーヌまで来て、王の結婚式にも参加してくれ! もちろんこちらの美しい奥方もな。」
クロティルドをちらと見る。にこやかに笑いかけた。テウデリクはお呼ばれしないようだ。まあ幼児だから仕方ないだろう。
「来月あたりにはトゥールに到着するはずだ。そこまでは、家族やらなんやら連れて賑わしてくれ。そこから先は、そちと奥方と従士らで随行して貰えるとありがたい。」
「喜んでお供させて頂きましょう」ロゴも嬉しいようだ。やはり王の下を離れて領地を貰ったとはいえ、国の中心から離れていると寂しかったのかもしれない。
「ところで、奥方の隣に座っている侍女どのは、かなりの美人だな! ロゴよ、彼女をお借りしていいか。馬に乗り続けていると、他のものにも乗りたくなるのだよ!」
侍女のレイナを見て、楽しげに笑いながら言う。レイナは真っ赤になってしまった。もじもじしているが満更でもなさそうだ。娘のミーレまで真っ赤になってしまっている。おませさんなのだ。
「はっは。王子は相変わらずですな。レイナさえよければどうぞ。」
テウデリクは口を挟んだ。
「王子様、下の村で風呂を焚いております。準備が出来ましたら、レイナにお背中を流させましょう。」
2歳児にしては、なかなか気が利いているのだ。
「おおっ! それは素晴らしい。美女とお風呂か。その発想はなかったぞ! テウデリクと申したか、そちにはエロエロ大魔王の称号を与えよう!! わっはっは!」
メロヴィク王子は、そういって笑った。
第六天魔王こそ我にふさわしい名前と思っているテウデリクとしては不満だが、悪意は感じない。
王子は伴の武者たちに、
「お前たちも俺の後で風呂を頂いておくように! いや、ちょっとお湯が汚れているかもしれんけどな!」
と言った。
「ところで王子、母君はお元気でしょうか。」ロゴが慎重に切り出した。
アウドヴェラのことだ。
「ああ、母な。怒り狂っていたよ! いや、ガルスウィンドのことじゃない。ガルスウィンドは西ゴート王国の王女様だからな、別にそれは構わんのだよ。フレデグンドのことだ。テウデリク、知っているかね。」
いきなり話を振られた。
テウデリクは目顔で父の意向を確かめ、
「はい、アウドヴェラ様のご息女が洗礼を上げられた際、フレデグンド様の助言によりアウドヴェラ様が代母となられたと聞きました。」
フレデグンドは側女だったが、その後王妃になったので、一応敬称を付けた。
「おおー、すごいな君は。なんでも知っているんだな。俺がアクィターニアで抱いた女のことは内緒だぞ!」
とメロヴィク王子が目配せしながら答えた。
「それで、我が母、元王妃たるアウドヴェラは激怒しているのだよ。何しろ昔の自分の侍女だったフレデグンドの陰謀のせいで、自分はル・マンの修道院に入り、奴はのうのうと父の王妃に収まった。もっとも、今回は離別されることになるけどね! 母にも挨拶に寄ったが、喜んでいたよ。せいせいするんだとさ!」
「さようですか。」
ロゴは自分から振った話題の行く先におそれをなして、曖昧に答えた。
「ガルスウィンド様はどのようなお方ですか?」
「いやいや、普通だよ、普通! 妹のブルンヒルドはすっごい美人さんらしいけどね。こればっかりは父にもどうしようもないさ。ブルンヒルドは父の兄、戦好きのシギベルト王のお嫁さんだし。」
「なるほど、そういえば、キルペリク王は、一度シギベルト王に戦争を仕掛けていましたな。」ロゴが慎重に話題を変える。
「ああ、そうだよ。シギベルト伯父がゲルマニアに攻め込んでいる隙を狙ったんだった。東フランク王は、ザクセン同盟を打ち負かして、大急ぎで帰って来て、父の軍勢を撃破した。親父はちょっとそういうのは弱いんだ。俺の兄貴も一時期捕虜になってた。」
「テウデベルト王子ですな。すぐに解放されたと聞きましたが。」
「うん。だって、伯父が攻めてくるんだもん。親父も慌ててごめんなさいしたからね。伯父さんは、根に持たない人だし。まあ、そもそも領土の分配が不公平だったんだ。親父だけ母親が違うもんだから、伯父さんたちが結託したんだよね。あれはひどかった。祖父が亡くなったとき親父の肩を持ったのは、ロゴ、お前だけだったよ。まあ、俺は小さかったから、細かくは知らないけどね。」
しっかり人間関係を押さえている点は立派なものだ。
テウデリクは、頭の中で復習する。
(先王クロタールが逝去された際、父であるロゴはクロタールの従士頭だった。それで末子のキルペリク王子を焚き付けて、王の財宝を全て独占させ、それをフランク人にばら撒いたんだった。結局、兄たちが軍勢を揃えて追いかけてきたので、そこで領土の分配がされたと聞いたが、そこが不公平だったのだな。たしか、カリベルト王がパリとアクィターニア、グントラム王がガリア中東部のブルグンド王国、戦好きのシギベルト王が東フランク王国だったはずだ。)
ガリアの地図を思い浮かべながら確認する。カリベルト王はその後死去したから、その領土は三人の弟たちで分配されたはずだ。
(それから吟遊詩人のフォルトゥナトスが言っていたな。戦好きシギベルト王は、西ゴート王国のアタナギルドの次女、ブルンヒルドを娶った。それが羨ましくて欲しがり屋キルペリク王が、長女ガルスウィンドを嫁に欲しいと言っていたのだ。ようやく交渉が纏まったか。)
「そういえば、トレドに交渉に行ったのは、デシデリウス殿でしたな。」ロゴが思い出す。
「おお、そうだよ。デシデリウスだ。ガロ・ローマ人だけど、なかなか勇敢でいい奴だな! 知り合いなのか。」
「ええ、イタリア戦役で。」とロゴが考えながら答えた。
「確かに勇敢ですな。頭も良い。当代一流の人物の一人です。彼なら交渉をまとめたのも不思議ではない。」
「そうだろ。そうでなければ、俺の父が王女を嫁に貰えるはずがない。いや、ここだけの話。」メロヴィク王子が答えた。
ユーローが息を切らせて走ってきた。
「テウ様、お風呂が焚けました!」
テウデリクは立ち上がって、メロヴィク王子に声を掛けた。
「王子、お風呂の用意ができてございます。この者は、我が配下、ユーローでございます、お見知りおき下さいますよう。」
「そうか! ユーローというのだな。風呂ありがとうよ!」
そういって、メロヴィク王子は、レイナを腕に抱えながら飛び出していった。馬に乗る手間も惜しいらしく、そのまま走って丘を降りて行く。伴の騎士たちも、挨拶をしながら馬を引き出して丘から降りて行った。
「ふう。」ロゴが息をついた。
「悪い人間じゃないんだけどな。どうも軽率なところがある。大丈夫かな。」
いずれにせよ、トゥールに行く用意を始めなければならないようだ。
ご一読ありがとうございました。
これで書きため分がなくなりましたが、おそらく月曜日以降も、一日一話ペースはなんとか守りたいと思っています。引き続きよろしくお願い致します。