18 筆頭番頭とテウデリク ~~真剣勝負!~~
本日2話投稿致します。
これが1話目です。
レイモンダルムは、急ぎ足で広場の奥の方に足を運んだ。その方面に一際華やかな雰囲気の一画がある。そのあたりで、おそらく領主は酒でも飲んでいるのだろう。領主自身は取引には手を出さないかもしれないが、こういう場では顔を出していることが多い。都市伯などは、商取引には関与しないが、このような田舎だと、領主が乗り出してくることも多い。
(いた。)
大きなテーブルがいくつか設置され、領主と思しき人間が取り巻きに囲まれてふんぞり返っていた。レイモンダルムが予想していたとおりの、荒々しくて素朴なフランク領主だ。
「おくつろぎのところ恐れ入ります。わたくしめは、トゥールの商人、レイモンダルムと申します。お初にお目に掛かります。これは、お近づきの印でございます。」
レイモンダルムは低姿勢に出た。ポケットから簪を差し出す。
もっとも、主人の名は出さない。むしろ自分の名を売り込む方を優先させた。この村には、勝負に出るだけの価値があるかもしれない。
「おおっ、これはいいものをありがとう。俺はロゴだ。」
と領主が真っ直ぐな喋り方で礼を言う。フランクは、持って回った言い方をしない。
「クロティルド、綺麗なかんざしを貰ったぞ。」そういって、隣に座っていた女の髪に簪をさした。
女が座ったままレイモンダルムに礼をいう。
「レイモンダルム様ですね。ありがとうございます。」
(フランクにしては、なかなか丁寧な応対だ。)
レイモンダルムは頭の中で事前のイメージを修正する。そういえば、ロゴは元はクロタール王の従士頭だったはずだ。ある程度の礼儀はわきまえているのだろう。
もっとも、レイモンダルムはロゴと交渉しようとは思っていない。こういうところでは、しっかりとした家宰がついているはずだ。
「ところで、家宰の方はおられるでしょうか。少しご相談を致したく。」
ロゴはレイモンダルムに酒の入ったコップを渡しながら答えた。
「ゴームルは、そこだが、ここの取引の話なら、テウに聞くといい。」
ゴームルと指された男が、コップを持ち上げて挨拶する。
「は、テウ様ですな。」
「私が案内してあげる!」クロティルドが気軽に立ち上がった。領主の妻としては、いささか軽々しい感じはするが、下品な印象はない。
「は、恐れ入ります。」レイモンダルムはそう答えて、クロティルドに慇懃に腕を貸すと、市の方に戻って行った。
「テウ! お客さんよ!!」クロティルドが大声を上げた。
屋台の後ろから、幼児が顔を出した。
屋台の陳列台の上には、金物が並んでいた。
鍛冶屋のようにも見えるドワーフと、幼児が座っていた。
(これは、針か?)レイモンダルムが今までに見た針とは比べものにならないほど細く鋭い針が、小さな布に刺して並べられていた。
その他、鋏など裁縫に使えそうな金物や、深鍋や平鍋などが並んでいる。どれも品質が良さそうだ。
「母者、お客さんとは?」幼児が出てきたので、レイモンダルムは咳払いをして、交渉に備えた。
(今度も幼児か。母者ということは、領主のロゴの息子か。さっきのヴェルナーとかいう子より小さいな。2歳ほどか。こんなのと交渉するのかよ、この俺が。まあいい、うまく丸め込んでやる。)
「これはこれは、テウデリク様でいらっしゃいますか? わたくし、レイモンダルムと申します。トゥールの町で商人をやっております。」
テウデリクと呼ばれた2歳児は、ちらとレイモンダルムを見ると、すぐには返事をせず、
「母者、ご紹介ありがとうございました。父者のところに戻って頂いて結構です。」と言った。
それから、
「ギムザリウスの筆頭番頭のレイモンダルム殿だな。お初にお目にかかる。ロゴの息子、テウデリクだ。店番をしているのは、鍛冶屋のグラインガドルとユーローだ。もっとも、ここはまだそれほど客が来ていない。布の方を先に済ませた方が良くないかな。さきほどは、少し揉めかかっていたようだが。」
と話しかけてきた。
「いえいえ、テウデリク様へのご挨拶が優先でございます。ところで、私はこのたび、ソリドゥス金貨120枚、デナリウス銀貨4000枚を持ってきております。如何でしょう。今日のこれまでの布の競りを全て取り消して、私に全てお売り頂けませんでしょうか。手持ちの金貨と銀貨全て、お持ちした染料を付けてお支払い致しますよ。行商人から受け取った代金を全て返金しても、充分に利益が出ると思われますが。」
ソリドゥス金貨90枚は、デナリウス銀貨1440枚に相当する。そうすると、布全てをデナリウス銀貨5440枚と染料で買うことになる。もともと200を上限として指示していたから、それと比べると大損だ。逆にいうと、テウデリクの側では、最低売却価格が75デナリウスで、全てそれで売るとすると、2250デナリウスになっていたはずだから、予想の2倍以上の売り上げということになる。
(幼児なら飛びつくだろう。)レイモンダルムは、高をくくっていた。
テウデリクは笑い出した。
「なるほど、それでこちらが飛びついたら、今日来ていた行商人は、もう二度と我が領地には来ないであろう。来月には、這いつくばってそなたに物を買ってくれと泣きつく自分の姿が見えるようだ。」
真剣な顔をした。
「契約は神聖なものだ。他に高く買うという者がいるからといって、既に売ったものを取り返すようなことは絶対にせぬ。」と言い切った。
(うっ、目論見が読まれていたか。)
高く買うだけの価値はあったのだ。
他の行商人の怒りを買うと、ロゴの評判が恐ろしく悪くなる。そうすると、この領地に売買に来るのはレイモンダルムだけになるだろう。他に取引相手がいなくなれば、好きなだけ買い叩けるようになるはずだ。簡単な雑貨一つでも独占商売ができれば、恐ろしく高く売りつけることもできる。しかし、それは簡単に見破られた。
(では、次の策だ。)
「ところで、わたくしは、染料を大量に持ってきております。それをお売り致しますので、見積もりをお願いできませんでしょうか。」
とりあえず布の方は、資金を調達できれば、落札可能価格を300まで上げるつもりだった。早く金を用意しなければ、200で部下が降りることになるから、多くの布を確保できなくなる。
「それはもちろんだ。しかし、こちらの買い付けはもう少し待ってくれ。布を売り終らないと、購入のための現金が用意できない。もともと売り出しを午前中に済ませ、午後はこちらが購入させて貰おうと考えていたのだ。」
テウデリクが答えた。雑草が丘には、それほどの現金がない。だから、買い付けを後に回すのは当然のことだろう。
(困った。そうすると手持ち分だけで取引が終わってしまう。)
「ああ、競りの資金確保ということだな。」
テウデリクが、レイモンダルムが困っている理由を言い当てた。
「はい、少しでも高い価格で買い上げさせて頂きたいと思っておりますので。」
「分かった。では、2000デナリウスまで、掛けで買うことを認めよう。」
テウデリクは即決した。
「レイモンダルム殿ともあろうものが、いい加減な染料を持ってきているとは思えないからな。あとでその購入費用に充てさせて貰おう。」
ただ、条件がある。そう付け加えた。
「手数料として200デナリウスを当方が貰うこととして清算することとする。」
いわゆる「といち」とは、10日で1割の利息が付くことをいう。ところが、テウデリクの示した条件は、午後になれば、その時点で1割分の利息を支払わなければならないという条件で、暴利に等しい。しかも、2000デナリウスというのは上限であるから、実際に使う額は、それよりも低いかもしれない。そうすると1割を超える利率が定められたことになる。
もっとも、定期市の競りに参加するという、ぎりぎりの状態であるから、200デナリウスの利息など、なんでもない。布が売り切れる前に、少しでも多くの商品を確保しなければならないレイモンダルムなら、受け入れるべき条件だった。
「は、分かりました。」普段だったら、条件の交渉をしていたはずだが、今回は、それどころではない。時間の方がはるかに価値が高いのだ。
テウデリクは木の皮に、ペンで何か書きつけた。
「これを持っていけ。ヴェルナーに渡せば話は通じるはずだ。」
「はっ。ありがとうございます!!」
もはや余裕があるように装っている必要はない。レイモンダルムは走って布の屋台に戻って行った。
(目論見は全部外れた。予想外に手ごわい幼児だったが、なんとか競りには全力で対応できそうだ。)
半ば満足し、半ば失望しながら、レイモンダルムは、ヴェルナーに木の皮を渡し説明した。ヴェルナーは、ちらっと皮を見て、テウデリクのサインを確認すると、説明が終わると同時に、「分かりました。」と即答した。
次にレイモンダルムは部下に説明した。こちらは少し時間が掛かった。ちょっと切れそうになるが、ここは冷静さが命だ。しっかり理解できるようにきちんと説明する。そして部下に「300までは買いだ。」と指示し直した。
幸い、一つ売れるごとに検品をしていたので、まだ多くは売れていない。部下も全部ではないが、かなりの箱を確保していた。傭兵たちに手伝わせて、箱をどんどん馬車に運んでいっている。
他の行商人も、かなり買ったようだ。買い終わって、集団から抜けていく行商人もいる。
もっとも、他のところで売り物(村人に直接売ることは、当然自由なので、午前中から取引がなされている。)をさばき終わった行商人が新たに参入してきているから、まだまだ競争は厳しそうだ。この集団がなくなれば、一気に値崩れしてくれるかもしれないが、予断は許されない。それにレイモンダルムとしては、値崩れを期待するよりは、できるだけたくさんの布を確保することを優先させたい。
(ともあれ、部下に任せておこう。)
レイモンダルムは、もう一度、市の全体を見渡した。
(さっきのが、金物の屋台。あとは、雑貨類が主だな。気になるものがたくさんある。)
急いで、また走り出した。とりあえず資金は全部布に掛けているが、いくらかは残るだろう。そのときに迷わないように、今のうちに、商品を見ておこうと思ったのだ。
・・・
夜になると、定期市の屋台は全て取り払われ、広場には思い思いに焚火が設置され、商人や村の人間が食事をしたり酒を飲んだりしていた。
「レイモンダルム様、この村はすごいですね。」
部下が言った。部下も布の品質の高さは良く分かっている。
「布だけじゃない。針も一級品だ。硬さも充分で、細かい裁縫もできる。」レイモンダルム
針、糸、蝋燭。それに鍋などの金物もかなり良質だった。
「今回売却した染料をこの村が使うようになったら、次はもっと大変なことになりそうですね。」
「そうだな。もっとも、このペースで売りが出るかどうか分からないな。今回のは、何年も掛けて製造した布かもしれん。」
優れた奴隷を買ったのだろう。ガリアの人間ではないとすると、遠くオリエントから流れてきたのだろうか。いずれにしても、その人数は多くて数名のはずだ。次の定期市に出るのは、せいぜい3,4箱程度ではないだろうか。
「この村には、まだ隠された製品がありそうです。」
部下が鋭い意見を述べた。
「なぜそう思う?」
「昨夜の風呂です。薪の匂いが違いました。特殊な燃料を使っているのかもしれません。それに畑も何やら様子が違います。耕し方が、妙に丁寧なのです。」
それは感じなかった。レイモンダルムは都会っ子なので、畑の出来は良く分からない。部下は農村から出てきたので、気が付いたのだろう。
「色々隠していて、差しさわりのないもの、他では真似ができないものだけを売りに出したということか。」
「はい。次の定期市にも、充分な手持ちを持って行くのがいいと思います。」
「そうだな。」それだけ答えて、レイモンダルムは立ち上がった。
ほとんど話せなかったが、テウデリクとかいう幼児ともう少し話をしたかったのだ。少し探しながら歩いてみる。隅の方のテーブルで何やら話し込んでいる。
「テウデリク様、このたびは特別なお計らいを賜りまして、まことにありがとうございました。感謝に堪えませぬ。」
わざと小難しい言い回しを使ってみた。
テウデリクは顔を上げた。さっきの幼児、ヴェルナーから報告を受けている。その他、金物屋台に座っていたドワーフと幼児からも報告を受けている。
「レイモンダルム殿、本日は、遠路はるばる、当家の定期市にお運び頂き痛み入る。お蔭で充分に満足のいく成果を得ることができた。感謝致すぞ。今後ともよしなに。なお、ギムザリウス殿にもよろしくお伝え下さるよう。」
聞いたこともないような高貴な言葉遣いで返してきた。
「ところで、布は売れましたかな。」
テウデリクは笑った。
「そうだな、本当は数字は見せないのだが、他でもないレイモンダルム殿だ。隠し事をしても見破られるであろう。ヴェルナー、箱単価で平均いくらだった?」
ヴェルナーという幼児が即答した。この幼児は即答しかしないのだろうか。
「30箱で、総額7400デナリウスでした。箱1つにつき、約247デナリウスです。」
「で、あるか。」テウデリクが考えた。
「レイモンダルム殿、かなり無理をされたな。値段を引き上げたのは、そなたの買いが影響している。こちらとしては、やはり来て貰ってよかったということになるな。もっとも、供給が安定すれば、もう少し値も落ち着くであろう。そのときも頼むぞ。」
「ひっ」レイモンダルムは短い悲鳴を上げた。
これだけの短い会話で、どれほどの経済知識が詰まっているのだろう。
自分の買値は、平均額よりも相当高かった。それもどうやら把握されているらしい。これはいい。独占率を高めるために無理をしたからだ。もっと資金力があれば、どんなに無理をしてでも買い占めていただろう。
そのことをテウデリクは完璧に理解している。しかも、今回の取引が新商品の奪い合いという事情で、一時的に値が上がっていることも知っている。
それだけなら、動物的な勘で理解している商人はいるだろう。
しかし、それを言葉で説明できる商人は少ない。言語的素養と商業に対する理解が両立していなければ無理なのだ。レイモンダルムの主、ギムザリウスでも、これだけのことを言葉で表すのに長々と喋らなければならないだろう。
「テウデリク様、この布は今後どのくらい供給があるのでしょうか。」
「ユーロー、どんな感じだ?」テウデリクがユーローに話し掛けた。
「そうですね、布だけでしたら月に10箱程度で安定して出せそうですね。羊毛の供給がボトルネックになりますが、労働力も10箱がほぼ適正値ですし。ただ、染料が入ったので、染色にどれだけ時間と手間がかかるかによって違ってきます。」
「レイモンダルム殿、染色はできればやるという程度にする。布の生産を優先させることにしよう。なので、月に10箱程度だ。」
「分かりました。ところで、羊毛を持ち込めばお買い頂けますか? それと、次回も競りになりますかな。」
「羊毛はあれば買う。競りにするかどうかはまだ決めていない。定価制にしても良いのだが、そうすると早い者勝ちになってしまうので困っているのだ。人数割にしても、無用に人を連れてきた者が有利になってしまう。やはり競りにするかな。」
テウデリクが考えながら言った。
「そういえばレイモンダルム殿、染料は頂けたが漂白剤はないか。」
「漂白剤ですか?」
「そうだ。染める前にまず汚れを落として白くしたい。ところがそのための薬剤が分からぬのだ。」
「はあ、それはちょっと私も知りませぬ。」
テウデリクは横を見た。
「ユーロー、研究せよ。」
「はっ」
(この幼児に研究させるのか? 3歳くらいにしか見えないぞ。ちょっと鈍そうな感じもするし。)
レイモンダルムは考えた。
「ところでテウデリク様、この村には定住した商人はいませんね。」
「ああ、いないぞ。」
「特に禁止されるとかはお考えですか?」
「いや、来てくれるのなら歓迎する。もっとも、この村が適切かどうかは分からぬ。実は定期市の場所を変更しようかとも考えているのだ。これは父者ロゴに相談しなければならぬ。これは私案に過ぎぬから、そちの腹のうちに納めておくように。そういうわけで、当地に関心を持って貰えるのであれば嬉しいが、即決されぬよう注意せよ。」
魔の川とロワール川の合流地点が候補地なのだが、村の構造を根本から変えてしまうので、テウデリクの独断ではできないのだ。しかし、合流地点は砂鉄の供給も容易だし、ゆくゆくは塩の生産地にも便がいいことになる。将来的にはロワール川に舟便を整備して、トゥールに直結させたいのだ。もっとも、そのようなことはここでは口にしない。レイモンダルムがこの村に土地を買ったりしたら損害を出すことになるから、必要最小限の警告をしたに過ぎない。
レイモンダルムは大きく息を吸って、しばらく呼吸を止めてから吐き出した。
「いえ、即決致します。場所はどこであれ、私は必ずテウデリク様のお近くで店を出させて頂きます。」
ギムザリウスの顔を思い浮かべた。
(これですな、我が主よ。ここに俺は暖簾分けして貰いましょう。)
おそらくギムザリウスはそうなることを見越していたのだろう。俺もまだまだ先読みは主に及ばないな、レイモンダルムは反省した。
(だが、ギムザリウス、我が主よ、年老いたな。)
反骨精神が頭をもたげている。若い頃のギムザリウスであれば、必ず自分で来ていただろう。いくら暖簾分けを念頭に置いているとはいえ、番頭に任せていい商いではなかった。
「ほう、即断する者は嫌いではないぞ。もしそなたの主の許しが得られなければ、当方でいくばくかの融資を考慮しよう。遠慮なく申し出よ。」
テウデリクは、2歳児とは思えぬほどの細やかな気配りを見せた。
ご一読ありがとうございました。
お金の計算はややこしいですね。つじつまが合うように、不自然な取引にならないように設定したつもりですが、やはり何かおかしいかもしれません。




