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4 羊飼いたち ~~幼児vs幼児 死闘~~

2話投稿したうちに2話目です。

テウデリクたちは、焚火で乾かした服を着て荷物をまとめ、帰路についた。清潔な衣服と頻繁な水浴は、疫病などの蔓延を防ぐために必要だから、本当は村の人間たちにも習慣づけたい、というのがテウデリクの考えだった。

しかし、村では、そのような知識もなく水浴の手間も掛かる上に魔の川に行くとなると怖がる人間も多いから、さしあたり自分とミーレが習慣としてやっていくことで、今後の説得材料とするように考えていたのだった。


水浴をして腹をすかせてから邪鼠で満腹して、非常に満ち足りた気分で荒野を進んでいた。


「うっ」

テウデリクは、突然身をよじって何かを避けた。そう思う間もなく、あちこちから泥の玉が投げつけられる。テウデリクもミーレも避けようとするが、あまりに数が多いから、全部を避けることができず、洗ったばかりの衣服も泥で汚された。


テウデリクは、言葉を発せず黒千代にまたがり、ミーレに

「最初の攻撃は、左からだ。お前は、左後ろから回り込め」と指示して、自分は左前方に走り出した。

包囲されてはいるが、最初の一発目がおそらくリーダーによるものであろうから、その両脇に突進する振りをして、リーダーを挟み込む作戦を立てたのだ。時計の針でいうと、テウデリクが11時の方向、レイナが7時の方向の敵を追い立てる振りをして、包囲網を越えたあたりで直角に曲がり、9時の場所にいるリーダーを挟み撃ちするという魂胆だ。


黒千代は、テウデリクを乗せて走り出した。正面の小さな人影が走って逃げていく。

(子供、か。)テウデリクは口の中で呟いた。

いたずらだろうが、このままにはしておけぬ。領主階級の恐ろしさを身に染みて分からせておかなければ、不服従の種を撒くことになる。

(子供といえど、処罰をしなければならないかもしれぬ。)

テウデリクは、内心、親の首を獲ることも含めて考えながら、黒千代を走らせた。

岩陰に入ったところで、テウデリクは黒千代から降り、「吠えながらあいつを追え」と黒千代に命じた。


黒千代は、外出するときはほとんどいつもテウデリクと一緒にいる。餌を与えるのもテウデリクで、夜に寝るときも一緒に寝ている。普段からテウデリクは、黒千代と意思疎通を心掛けているから、テウデリクの指示は完璧に通じた。


ミーレが方向を変え、リーダーがいると思われるところに向かったらしく、テウデリクの進行方向から直角左側で足音がした。テウデリクは、力を込め、野蛮魔法の力を発動させながら、岩陰から飛び出した。


5歳くらいの幼児が、走ってこちらに向かって来ていた。テウデリクの姿に驚き、一瞬足を取られるが、にやっと笑って突っ込んできた。


テウデリクもにやっと笑う。見た目は2歳だが、野蛮魔法の力をもってすれば、5歳児の力など、全く問題ではない。


見知らぬ幼児は、「うわあああ」と可愛い雄叫びを上げながら突進してきた。テウデリクは子供の頃の喧嘩を思い出して、なんとなく懐かしい気分で見ていたが、相手が半トワーズ(約1メートル)ほどの距離にまで近づいたところで、突然動きだし胸倉を掴んで力任せに停止させた。幼児の顔が驚愕のため歪んだ。そのまま幼児の横に回り、片手で腹を殴りつけながら肩に手を伸ばして抑え込むと、幼児は、簡単に組み伏せられた。


・・・


リーダーが捕えられたと知った他の子供たちも、おそるおそる近づいてきた。ミーレも黒千代も戻ってきている。テウデリクは、組み伏せていた幼児を起き上がらせた。


「理由を説明せよ。事の次第によっては、容赦せぬ。」

それだけ言って、テウデリクは幼児の返答を待った。


「うるせぇ!お前らは、みんなろくでなしだ!!」幼児は心が折れていないのか、そう怒鳴った。逆に他の子供たちの中には、ぐずぐず泣き出している者もいる。


「ちゃんと説明できないのであれば、親の首を刈ることにする。親の名を告げよ。それとも名乗る名も持たぬか。」

テウデリクは、きちんと説明できない人間が大嫌いだった。説明できないのは、誤魔化したいことがあるか、又は説明しようとする努力をしないか、いずれにしても人の役に立たない者であるというのがその信条なのである。もっとも、幼児にそれを求めるのは無理があるのだが。


「親は、関係ねぇだろ!」

幼児はなおも怒鳴る。


「よかろう、ではお前の首を貰うことにしよう。」

これは脅しでもなんでもない。領主館には、たまに思い出したように人間の首がぶら下げられている。有力者や教会の保証状を持たない者で、通行を認めても領地にとって利益にならなさそうで、かつ、武装もしていないような無産者を見かけたら襲って首を斬り、門に掛けておくのがロゴの習慣だった。別に殺人狂というわけではなく、なんとなく身に付いた習慣というようなものだった。テウデリクも、それは当然必要なことだと思っている。この時代のガリアでは、目に見える力しか信じられないのだ。テウデリクとしては、暴力性を誇示しなくても良いのならそれに越したことはないと思っているが、少なくとも今はそれくらいはしなければならない。


「けっ!お前らは、そんなことにしか剣を使えないのか。おれたちを魔物から守ってくれるんじゃないのか。」


幼児が少し焦ったように叫んだ。意図しているのかどうかは分からないが、少しずつ事情が見えてきたようだ。要するに、何か不満か恨みがあって、この挙に及んだらしい。


「なるほど、少し分かったぞ。しかし僕は忙しい。説明をする気があるのなら、すぐに説明しろ。説明したくないというのであれば、それで構わん。そう言え。」テウデリクはなおも説明を要求し、「どっちだ?」と決断を迫った。


・・・


しぶしぶ事情を話した幼児の名は、「ネイ」と言った。村の羊を一括して預けられている幼児グループのリーダーで体格は大きいが実際の年は4歳だということだった。


数か月前、羊の群れを魔物が襲った。二本足で立つ犬の顔をした魔物が数匹、突然藪の中から飛び出してきて、羊の群れを蹂躙したのだそうだ。


「ああ、あれか。コボルトという魔物だと聞いた。たしか館からは爺が、ゴームルが出たはずだ。」

テウデリクが思い出す。

ゴームルというのは留守居を任されている爺のことで、元はフランクの戦士だったが戦で右足のふくらはぎから下を失っている。クロタール王が反逆者クラムヌスを破ったときの戦いで負傷したのだが、ロゴが領地を貰ったときに連れてきたのだ。歩くには支障があるが、馬に乗っているとそれなりには戦うことができる。だからロゴが別の村に行ったり、周辺領主とのもめ事を解決しに行ったりしているときの留守居としては充分に仕事をしていた。


「片足のジジイだろ。あいつが来たときには、もうゼップは殺されていたんだ。5歳だったんだぞ!」


要するに、爺の到着が遅かったことに不満があったらしい。


「なるほど、お前たちの言い分は良く分かった。お前たちは、爺のやり方が間違っていたというのだな。お前たちの言い分が正しく俺たちが間違っている、だから力で間違いを正そうとしたということか。泥を投げつけることがお前たちの答えか。」


幼児は黙ってしまった。4歳児には難しすぎる問いだったようだ。


「けっとうだ!」

ネイは怒鳴った。

「おれとけっとうしろ!」


ぷっ。なんか可愛いなこいつ。まあ、幼児とはいえリーダーだからな。なかなかしっかりしているではないか。


テウデリクは笑いをこらえながら思った。幼児とはいえ、決闘という言葉を口にするからにはそれなりの覚悟があるはずだ。笑うのは失礼だろう。


「よかろう。」


テウデリクは立ち上がり、腰から片手斧フランシスカ短刀スマクラサクスを外してミーレに渡した。


ネイも腰に巻いた袋のようなものを解いて、近くにいた幼女に渡した。

「おにいちゃん、がんばって!」と幼女がネイに声を掛ける。

「おう、そこで見ていな、ガーリナ」

なるほど、妹か。なかなかの面魂だ。2,3歳の幼女だが、妙にいかつくてどっしりした顔つきの娘だった。


ネイはこちらに振り向いた。

「おれが勝ったら、おれたちにあやまれよ!」

「よかろう。僕は謝る筋合いなどないと思っているが、決闘の結果だということであれば、それに従おう。」テウデリクは答えた。

「お前が勝ったら、どうするんだ!」

ネイが少し不安そうに聞いた。さっきはテウデリクは野蛮魔法の力で身体能力を強化していたので、その馬鹿力が心配なのだろう。

「僕か、僕は勝ったとしても何も求めぬよ。僕は領主の子だ。欲しいものは、決闘などせず自分のものとする。それが決まりだ。」


話はずれるが、このロゴの領地には税というものがない。

必要になったら、とりにいく、というのがロゴのやり方だった。多少、村ごとの負担配分は考えているが特に定まった税率というものはない。フランクの領主にとって領民というのは羊のようなものだ。生えてきたら刈る、寒くなってきたら刈る、そういう毎日の中で羊に税率を示す阿呆がどこにいるだろうか。それがフランク人領主の一般的感覚だった。

もっとも、ローマ末期の動乱の日々に比べるとフランクの治世はそれなりに安定していて村の負担はそれほど重くない。フランク人は強欲だが、目の前にあるきらきら光る財物にしか関心がないので、村への負担は低いのだ。ガロ・ローマ貴族と比べ、美術品や絵画、立派な建築物などに金を使わない。肉と酒があれば、ほぼそれで満足なのだ。

おそらく良く肥えた鶏を献上して、税率を1%にしてくれと頼みに行ったら、大喜びで同意してくれるだろう。もちろんそのようなことをした者はいない。被支配階級でも、税率を下げて欲しいというような複雑なことを考える人間はほとんどいない。仮にいたとしても、それに引っかかるほどフランク人が御しやすいことは知られていない。更に、仮にそのような約束が成立していたとしても、領主がその約束を破ることを阻止する手段はどこにも存在しない。


テウデリクは少し考えて言った。

「最初に断っておくことがある。館には難しい本があって、僕はそれを読んでいて、特別な練習をしているから不思議な力を使うことができる。」

幼児たちがたじろいだ。

幼児に野蛮魔法とか言っても分からないだろうし、下手に教会に漏れても困る。ミーレにだけは口止めした上で説明していたが、館の者にも言っていない。


「さっきお前、ネイを捕まえたのも、その力だ。しかしこれは決闘だから、僕はその力は使わない。使わないが、僕は自分の力だけで一生懸命頑張るんだから、別にお前を馬鹿にしているとか、舐めているとか、そういうことではない。そして、お前に負けたからといって、全力を出さなかったからだと言い訳するつもりもない。」


ネイが、ちょっと見直したような顔をしてうなずいた。


「よし、始めるか。」


テウデリクはミーレが周囲を警戒しているのを確認してから、首を縦に振った。


「「いくぞ!」」


ネイは両こぶしを握り締めて近づいてきて、テウデリクの顔を思い切り殴った。テウデリクの軽い身体は吹き飛んで、1キュビット(約50センチ)ほども離れたところに倒れた。幼児たちが歓声を上げる。


「4歳児にしては力持ちだな、ネイ。」

テウデリクは立ち上がりながら言った。

ネイは同じように近づいてくるが、テウデリクはネイが振りかぶるよりも前にネイのすねを思い切り蹴り上げ、腹に右の拳を叩きつけた。ネイが、えずきながら、腹を折る。


ガーリナが「おにいちゃん!」と悲痛な叫び声をあげた。他の幼児も何か叫んでいる。


テウデリクは少し下がって、ネイが体勢を整えるのを待った。

そこからは乱戦だった。お互いの拳を腹や顔にぶつけ合い、蹴りを入れ、とびかかって押し倒してもみくちゃになって、また立ち上がる。

テウデリクはぼろぼろになっていたが、ネイも服は破け、泥だらけになっている。

4歳児と2歳児の喧嘩だから、手加減が上手にできない反面、大怪我に繋がるような威力のある攻撃もできないから、お互い痛い気持ちが残っているだけだ。


もっとも、体格差があるから、ネイはそれほど痛みを感じていない。テウデリクは戦国武将で痛みには慣れていたから、4歳児に殴られて少し顔が痛む程度では、別になんとも思わない。


しばらく睨み合って、またどちらからともなく飛び掛かり、殴り合った。


何度も、殴り合っては離れ、殴り合っては離れを繰り返したが、お互い破壊力がないのでどちらも倒れない。むしろ殴る体力の方が地味に消耗してきている。あとは精神がどこまで持つかという勝負になってきていた。その点ではテウデリクは絶大な自信があった。


「はぁ、はぁ、・・・お前、泣かないんだな。」ネイが不思議そうに言った。

「当然・・・だ・・・。」テウデリクも少し息が乱れてきた。

「とっとと降参しろよ。お前みたいな子供を殴るのは疲れてきた。」大柄な4歳児が言ったが、テウデリクは鼻で笑って、「まだ始まったばかりだぜ。」と答えた。


ネイの顔つきが真剣になった。こっちも心が折れていないようだ。テウデリクは、捕食される側であるはずのガロ・ローマ人の子供の意外な心の強さに少し感心した。この時代の庶民にしては珍しく骨がある。


「戦国の子供のようだな。」と独り言を言った。


「は? 何がだ。」と、ネイが聞いたとき、黒千代が、

「わおーん!!」と吠えた。同時にミーレが、「テウ様、魔物です!」と叫んだ。


「何が出たのだ?」


「スライムです!離れていた羊を襲っています!」


ご一読ありがとうございました。

明日も、2話投稿する予定です。

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