7 花を、見た気がする
エカリーの体調が戻るまで、ただ座して待つ必要もないので、引き続きフィールドワークを行う――つもりだったが、その後も何人か、体調を崩している者や怪我をした者を診るよう頼まれ、何軒か回ることになった。医者ではない、としつつも、薬師も滅多に立ち寄らない村のこと、薬を処方できるハルカは正体が医者でも魔法使いでも構うものではない。あちこちを回って、数日経つ頃には想定以上に疲労困憊していた。
その間、調査の方の進展があったのかと言えば、
「目覚ましいものはまあ、ないわね」
エカリーの家に向かいながら、ハルカは吐息する。
「可能性を潰していくという意味では、わかったこともあったけど。まず疫病ではない」
先を歩く黒猫が首だけ振り返る。
「種類を問わず枯れてるからだよね?」
ハルカは頷いた。
「地図で枯草色の範囲をできるだけ回ってみたけど、一様に同じだったわ。木も草も関係なかった。どれも疫病の痕跡はない」
そして、と傍らに広がる、寂しい景色となっている畑を見やる。
「土壌汚染も確認できなかった。呪いや魔法の痕跡もない。それどころか…どうも、単純に、土地ごと枯れているようにも見えるのよね」
つまり、とハルカは眉根を寄せる。
「ただ、水が枯れて土から養分が失われている。でもどうしたらそんなことが起こるのかが考えにくいのよ。この地域は旱魃が起こる気候でもないし、実際起こってはいない。昔から農作はしていたそうだから、特別痩せた土地というわけでもない。何か原因があるはず」
「エカリーさんに聞いて、何かわかるといいんだけどね」
そうね、とハルカは難しい顔のまま頷いた。家の戸の前に立ち、小さく心を整え、ノックを三つ。
すぐに戸が開いた。エカリーの母だ。ハルカを見て、ああ、と顔を綻ばせる。
「来たね。エカリーはすっかり良くなったよ。とりあえず入って」
エカリーのところまで通される。エカリーはベッドにいたが、上体を起こしていた。血色も良く、確かに快方しているようだ。
中には先にアレスクもいて、テーブルで水を飲んでいた。や、と片手を上げる彼女に会釈しつつ、エカリーの傍らに歩み寄る。
「体調は……だいぶ回復できたようで、良かったです」
うん、とエカリーは頷く。上機嫌にコップに注いだ水を差し出すのはエカリーの母だ。
「本当に。あんたの薬のお陰でみるみる良くなったよ。魔法使いってやつは凄いね」
いやまあ、とハルカは曖昧に笑む。
「薬が、合っていたようで……よかったです。薬草は調合しましたが……効くかどうかは、本人次第、なので」
ぽそぽそとたどたどしくだが、ハルカが答える。まだ滞在して一週間程度にもかかわらずこれくらい話せるようになっているのは、ハルカが薬を処方して回ったことで村人たちの対応が軟化していたこともあるが、ハルカ自身が成長していることも間違いないだろう。
「他の家でも薬を配ってくれて、どこもしっかり効いているそうじゃないか。自信持ちな。この調子で畑の件もよろしく頼むよ」
朗らかに言うアレスクに、うぅ……とハルカは視線を落とす。多少コミュニケーションに慣れてきたとはいえ、人に期待をかけられることはまだまだ荷が重い。
「それじゃあ……エカリーさんに、話を聞いてもいい?」
黒猫の言葉に、ああ、と二人が道を空けた。小さく会釈しながら、二人の間を通り抜け、寝台の脇まで歩み寄る。
「あの、エカリーさん……初めまして。体調は……どう、ですか」
意識のはっきりしているエカリーを話すのは、これが初めてだ。また人見知りを見せつつあるハルカに対し、エカリーは小さく微笑んだ。
「ハルカさん。初めまして。お薬をありがとう。元気になりました」
黒猫の目で見ても、最初に見た姿より遥かに具合がよさそうだ。今はまだ病み上がりだが、もう数日安静にすれば出歩くことくらいはできるようになるだろう。ハルカの薬は確かに効いたらしい。それほど心配していなかったとはいいつつ内心に安堵しながら、黒猫は口を開いた。
「それじゃあ……早速で悪いんだけど、話を聞かせてほしいんだ。ボクたちはもともと、この地域の土壌的な異変の調査をしていてね。土地がすっかり枯れてしまって、農作物はおろか植物の一切が育たなくなってしまっている。エカリーさんが体調を崩す前に、何かを見たんじゃないかって話だったんだ」
黒猫の言葉に、エカリーは小首を傾げる。何か、というのがピンと来ていないのだろう。だがそれは、黒猫やハルカでも、ヒントを示せるようなものではない。
「何でもいいんだ。何か、変わったことはなかったかな。ちょっとしたことでもいいんだ……ここ数カ月くらいの話だと思うんだけど」
うーん、とエカリーは眉根を寄せる。まあ、病み上がりの人間にいきなりこんなことを問うのも酷か。しかし、これで何もなければ話は振り出しに戻る。何かヒントは欲しいところだが…あまり芳しくないエカリーの反応に、ハルカが肩を落としかけたとき、
「――花を、見た気がする」
呟くように、エカリーが言った。え、と一同がエカリーを見る。
「……花?」
黒猫の鸚鵡返しに、エカリーは頷いた。
「花を、見たような気がするわ」




