番外編
窓から指す太陽の光に、目を覚ます。
大きなベッドの上で眠っていた私、ジャンナは寝ぼけたまま視線を彷徨わせる。そして隣で眠っているクロの姿がある。
こうやって警戒心なく眠っているクロを見ているだけで、私は嬉しい。
出会った頃のクロは周りを警戒してばかりだった。覗き込んだだけで、私は体を押さえつけられていたっけ。
誰の前でも気を抜くことが出来ずにいたクロ。そんなクロは私の前ではこれだけ無防備だ。
……ただ過去のトラウマがあるからか、クロは私以外の前ではやっぱり警戒心が強くて、こんな姿なんて見せない。
この屋敷に仕えている使用人達の気配でも目を覚ましてしまうから、寝室に入ってくることは必要最低限にしてもらっている。
クロが安心できるのが一番だもの。
「可愛い」
私はクロの寝顔が可愛いなと、思わずそのさらさらの髪を撫でる。
クロが頭を撫でさせるのは私だけだって周りは言っていた。私もクロが私以外の誰かに触れさせるのを見たことがない。
まだクロが呪術をかけられる前だったのならばそうではなかっただろう。私はその頃のクロのことを……英雄として生きていたクラレンス・ロードのことを知らない。
クロが華々しい活躍をしていた頃、私はひっそりと過ごしていた。なるべく表舞台に立たないように、それでいてきっと私が『救国の乙女』と呼ばれることはないだろうなとそう思って過ごしていた。
……今は、『救国の女神』なんて呼ばれているけれど、私はただクロを拾っただけなのになといまだに思ったりもする。だって私は特別なことなんて何もしていないから。
私がクロの頭を撫でていると、目がぱちりと開く。
私と目が合うと、そのまま手を引かれた。
ぎゅっと抱きしめられて、そのまま寝かせられる。
「ジャンナ、おはよう」
そしてとびっきりの笑顔を私に向ける。
こういう柔らかい笑みを、クロは私にだけ向けてくれる。
「おはよう、クロ」
朝の挨拶をした後も、クロは私の体を離そうとはしない。
「クロ、もう朝よ?」
「もう少し」
クロはそんなことを言って、ぎゅっと抱きしめたままだ。
その甘えるような様子が可愛くて、私はいつもほだされてしまう。
「じゃあ、もう少しだけゆっくりしようね」
私がそう口にすると、またクロは笑った。
クロは私を抱きしめたり、私にくっついたりするのが好きだ。今日だけではなくて、いつもそう。
ランダン様やエレファー様が時折、私が傍にいない時のクロの様子を教えてくれる。
クロは元々からこんな風に人にべたべたはしなかったとそう言っていた。今も昔も――クロがこんなにひっつくのは私だけなんだって。
「ジャンナ」
クロは私の名を呼ぶと、口づけを落とす。
クロは私の名前を呼ぶのも好きで、こうして口づけをするのも好きだ。
……なんだかクロと思いを交わしてから一生分ぐらいの口づけをしている気がする。きっとこれからもその回数は増えていくんだろうなんてそんなことを考える。
しばらくそうやって過ごしていると、恐る恐ると言った様子で扉がノックされる。
「クラレンス様、ジャンナ様、朝食のご準備が出来ていますよ」
その声を聞いて私は「すぐに起きるわ」とそう口にする。そうすれば、使用人が去っていく気配がする。
「クロ、起きるわよ」
クロは私の言葉に少し嫌そうな顔をして、だけど私に起きる意思があることが分かったからかそのまま起き上がる。
クロはいつも、私の意思を尊重している。というより、私のやりたいことを何でも叶えようとそうしている。
クロは私の姿を見えないとすぐに探しに行こうとするし、私に何かあればおそらくどういう場合でもすぐに駆けつけようとする。
そんなクロの愛情が、私は好きだなと改めてそう思う。
「クロ、今日は買い物に行こうと思うけれど一緒に行く?」
朝食を口にしながらそう問いかける。
今日はクロのお仕事はお休みの日なのだ。
「行く」
クロは私が誘うと、いつも即答する。そんなクロに私は笑ってしまう。
それからその日は買い物にでかける。
私とクロが王都を歩いていると、周りが注目する。こうやって注目を浴びることは慣れてきたけれど、やっぱり落ち着かないなとは思う。
護衛はいない。
それはクロが居れば基本的に問題がないから。それに私も常に誰かが傍にいる状況は落ち着かないから。
手を繋いで、王都を歩く。
「ジャンナ、何を買いたいんだ?」
「錬金術の材料を見に行こうかなって。後はそうね、季節の変わり目だから新しい服も見たいわ」
私がそう口にすると、クロは頷いてくれる。
クロは私に纏わるものを何でも買ってくれようとする。けれど私は自分で買い物をすることも多い。
クロと結婚をした後も、錬金術で作ったものを売ったりもしているもの。
よく赴く素材屋に向かい、必要なものを購入する。クロは錬金術は嗜んでいないので退屈じゃないかなと思うこともある。でもクロはいつも楽しそうにしている。というより私のことをいつもじっと見ていることが多い。クロは私のことを見るのが好きなのだ。
購入したものはいつもクロが持ってくれる。
それとこうやって買い物に出かけると、話しかけられることも多い。私は人と話すのが好きだから、立ち止まって会話を交わすことも多い。
その間、クロは大体黙って傍に控えている。
クロは話しかけられてもあまり返事をしない。私が返事をしてほしいと言わないと、大体放っておいている。
しばらく話をした後は、服屋へと向かった。
「これはまぁ! クラレンス様にジャンナ様、よくお越しいただきました」
私たちはお店の中に入った瞬間、そう声をかけられる。
そして店員の女性に提案されながら、洋服を沢山見た。
クロは「ジャンナに似合うものを選ぶ」と口にして張り切っていた。
クロは私の着るものを何でもかんでも買おうとするのよね。私が止めないと幾らでも買うのよね。
「クロ、私のものはいいから、クロのも買いましょう」
私がそう言って笑うと、クロが頷いてくれる。
クロはどんな服でも着こなすから着せ甲斐があるのよね。
「クロ、とても似合うわ」
私がそう言って笑うと、クロも嬉しそうに笑った。
そして沢山買い物をした後、私達は屋敷へと戻るのだった。
――こういう何気ない休日が、私はとても幸せだなと思う。
久しぶりに番外編投稿してます。
また一点、お知らせです。
ネット小説大賞に応募していた本作ですが、小説部門入賞させていただきました。書籍化予定なのでよろしくお願いします!




