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第六話

春香は、所在なげに歩く加藤を視線で追っていた。

もうこの男の生活圏に関しては、監視カメラでかなりの範囲をカバーできる様になっている。

その気になればもう攻撃可能だと言えない事もないのだが、何となく実際に攻撃に移るにはもう少し行動パターンを集めて解析する必要があると感じてその姿を追っていた。

その時、彼女の視線に気付いているとは思えなかった加藤が、突然軽くダッシュした。

まさか気付かれたか、と狼狽し掛けたが彼はその後意外な行動に出た。

数メートル先を歩いていた老女を追い抜いて、その前に強引に割り込むと、急に歩速を緩めたのだ。

老女はそれに気付かず、加藤の背中に突き当たった。

春香は、すぐにカメラを切り換えて二人をズームした。

老女が止まれなかった理由は一目で判った。

彼女の杖は白く塗られていたのだ。

咄嗟の事でまごつく老女に、加藤は軽く笑いながら謝罪していた。

屈託の無い良い笑顔だとは思ったが、今の行動は明らかに意図的な物であった。

加藤はそのまま歩き出したが、時折軽く振り返っては老女の動きをそれとなく観察していた。

そして彼女が向きを変えると、その都度軽くサイドステップを踏んで先回りした。

その後も、何度も明らかに彼女の進路に立ちはだかっては、彼女が背中に当たる様に行動した。

そして、その度に(老女には見えていないだろうが)屈託の無い笑顔で軽く謝罪していた。

春香は、その行動に義憤と落胆を覚えた。

こういうつまらない嫌がらせを、それも執拗に繰り返す様な男だとは思っていなかったので、まるで裏切られたかの様に感じたのだ。

そして駅に着き、下りエスカレーターの前に差し掛かると、突然横にステップしてエスカレーターの降り口を塞いだ。

彼女は、エスカレーターの降り口に軽い渋滞が出来ている事に気付く事なくその前を通過し、隣の登りエスカレーターに足を踏み入れ、そのまま登って行った。

それを確認した彼は、自分の作り出した渋滞に軽く会釈して、そのまま別方向へ歩き出した。

それを見た春香は、ようやく嫌がらせ(または弱い者いじめ)に飽きたかと胸一杯の嫌悪感を抱えたまま後を追い続けた。

こんな嫌な奴だったのなら、片付ける事に抵抗は無い。

むしろ何も知らずに好意を抱きそうになっていた自分を嘲笑いたい程である。


荒川は、正面玄関の前で立ち止まった。

もう二度とここに来る事は無いと思っていたのだが、あれを見てしまうとそうも言っていられなかった。

受付で入館証を見せながら尋ねた。

「荒川といいますが、先技部AI課の平井主任はいらっしゃいますか?」

受付嬢は、当惑した様子で答えた。

「課長補佐の平井亮一でしょうか?」

あれから五年が経過しているのだから、昇進していても当然なのを失念していた。

「え、ああ、その平井さんです。」

やがてやって来た平井は、五年前と驚くほど変わっていなかった。

勿論、三十を過ぎた男は十代とは訳が違うのだからそうそう変わるものではないが、それでも五年もあればそれなりに苦労もあるだろうし何らかの変化があっても良さそうな物だが、平井は、彼が記憶する五年前の姿そのままであった。

所謂『苦労が顔に出ない質』というやつか、それともそもそも自他の関わりを『俗事』として切り捨てる事でそういう苦労から距離を置くタイプの人間なのかもしれない。

「ご無沙汰しております。」

ごく自然な様子で、向こうから無沙汰の詫びを入れてきた。

如才の無さも相変わらずである。

荒川も、詫びを返す。

「本日はどのようなご用件ですか?」

荒川は、辺りに視線を投げると答えた。

「その、ここではちょっと・・・」

平井は頷くと、荒川をそのまま上階へ先導した。

執務階の扉に入館証を当ててみると、驚いた事にまだ有効であった。

パーティションで仕切られた会議スペースに着席すると、平井が口を開いた。

「それでは、伺って宜しいですか?」

荒川は、二件の『事故』について説明を始めた。

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