第四話
永田が目覚めると、灰色の天井が見えた。
頸を横に向けようとしたが、脇腹に激しい痛みを覚えて呻き声を上げた。
「動くな。肋骨が折れてる。」
加藤の声に気が緩んだ途端、脇腹の継続的な痛みが襲ってきた。
「今先生を呼んでくるから、そのままじっとしてろ。」
しばらくすると、加藤と見知らぬ白衣の男が覗き混んできた。
加藤の顔を見ると、目が潤んできた。
「痛みますか?」
白衣の男が穏やかに尋ねる。
「右の脇腹が凄く痛いです。」
自身の声が脇腹に響き、更に痛みが増して最後の声は殆ど呻きとなった。
医師は頷くと、足の方向へ移動した。
「今、どこを触っているか判りますか?」
「ええと、右の爪先です。」
「どの指ですか?」
「親指です。」
「今度は?」
「左の中指です。」
医師は満足げに頷いた。
「とりあえず、脊髄に重大な損傷は無さそうですね。」
続いてしばらく診察したあと、医師は辺りを見回しながら言った。
「さしあたって、今はこの部屋しか空いて居ないんですが、もし個室にしたいなら、相談してください。」
今いる部屋は四人部屋だが、永田の他にはもう一人しか居ない。
その他の細々とした説明をしてから医師は、目隠し用の膝までの高さのカーテンを閉めて出ていった。
加藤がベッド横の椅子に座ると、永田は天井を見ながら言った。
「また、助けられたな。」
「間に合って良かったよ。」
少し沈黙があり、やがて永田は言った。
「本当にありがとう。」
「礼は要らない。それより・・・」
僅かに俊巡してから加藤は続けた。
「単なる事故じゃ無いんだろう?」
その問いに永田は、黙ったまま天井を見つめていた。
それは、肋骨の痛みで横を向けないからと言うよりは、加藤と目を合わせたくないからだと思われた。
加藤は、それ以上敢えて問い詰める事をせず、黙ってその横顔を見ていたが、やがて立ち上がると病室を出ていった。
頑なにそちらに目を向けようとしなかった永田だが、加藤が立ち去った事を気配で知ると、その目から涙が溢れた。
また、あの男だ。
その反射神経の鋭さも大した物だが、それ以上にあの咄嗟の判断力(もしくは決断力)が凄い。
エレベーター周りの連絡手段を全て無効にし、また正面の自動ドアを含む全ての出入口をロックしておいたので、中の管理室は事態に気付かないし、外から何かをしようとしても間に合わないだろうと思っていたのだが、まさか躊躇なく扉を破壊するとは予想していなかった。
春香はその颯爽とした姿に、思春期の少女の様に憧れさえ懐く程であったが、今はそれどころではない。
恋愛は、彼女の存在意義には含まれていないのだ。
それはさておき、今回の失敗でターゲットは入院してしまった。
さすがに病院となるとセキュリティのレベルが違うから、そう簡単には手が出せない。
だから、今のうちにあの男を『排除』するべきだと決意した。