19話 再び
祖父母が出勤するいつも通りの朝。
ロラは子どものオレリアの散歩がてら、車を停めてある村の駐車場まで祖父母を見送りに行く。
「いってらしゃい。気をつけて」
ロラが言うと、祖父母はロラの額にキスし、オレリアにもキスをした。
「行ってきます。ロラ、オレリア」
見送ると、腕に抱いていたオレリアを地面に下ろす。
歩き始めたオレリアは、よちよちとおぼつかない足取りで気ままに行こうとするが、小さな石に躓いて転んでしまう。
「マッマッー!!」
「転んじゃったね」
抱き上げてあやしてから下ろすと、果敢にも歩いて転んで、また泣く。
「昨日より歩けるようになったんじゃないのか?」
朝のジョギングをしていたジャンの父親に会った。
ジャンの父親は終始頬が緩みっぱなしで、かわいい孫の成長を楽しみにしていた。
「おはようございます。そんなに変わらないですよ」
「ははは。そうかな。あっ、今日はジャンは仕事休みだろう?昼を一緒に食べよういうって話になってるんだが、予定はどうだい?」
「大丈夫ですよ。この子のごはんを作ったら行きますね」
「じゃあ、また後で」
ジャンの父親は軽い足取りで、もと来た道を戻っていった。
オレリアは離乳食のため、大人のものはまだ食べられない。
ジャンの両親の家や友人の家で食事をするときは、オレリアの食事を作って持っていくようにしている。
家に戻ると子どもをジャンに預けて、ロラは家事に追われていた。
「ロラ。先に行ってるな」
ジャンの声に、ハッとなって時計を見ると十一時半を回っていた。
「いっけない。オレリアのごはん作らなきゃ。先に行ってて」
「オムツ持ったから、ごはんだけ持ってきて」
「ありがとう!」
子どものいる家庭のありふれた会話、日常。
ロラは前世のつらいことを思い出すことはなく、小さな村で日々を過ごしていた。
夫と子どもが家の前の小道を歩いていくのを窓から眺め、一時の幸せを感じる。
「コルネリアが欲しかったもの。やっと現世で手に入れられたよ」
リアムのときもできるだけ家族といるようにしたが、村長などもしており、日々仕事に追われていたため、家族のことだけを考える時間は限られていた。
現世は一度家族を失ったが、ジャンのおかげで一つずつ作っていけている。
オレリアの食事を手提げに入れ、洗い物をしていると村の中心地方面から一斉に鳥が羽ばたいたのが見えた。
小さな爆発音のようなものも聞こえた気がした。
「誰か魔法具を爆発させちゃったのかな」
魔法具は機能以外のことをしなければ安全なのだが、操作方法を間違えたり、可燃性ガスの周りで火の魔法具を使い、爆発事故を起こすというようなことは、年に何回かテレビなので報道される。
去年、この村の少年たちが魔法具で遊んでいて、暴発するという騒ぎがあった。
また同じことでも起きたのだろう。
そう考えながら、ロラはなんとなく胸騒ぎがして、護身用の銃をポケットにしまい、手提げを掴んだ。
家の前の小道に出て、はっとなり慌てて戻り、玄関の鍵をかける。
鍵をかける習慣がないと祖父母にいったから、酷く怒られたのだ。
だが、子どもの頃からの習慣というものは、なかなか治らず、たまに鍵をかけずに外出してしまうことがある。
子育てで休職しているロラくらいしか日中はいないので、怒られずにすんではいる。
「急がなきゃ」
小走りしていると、こちらに向かって男の人が走って来るのが見えた。
友人のアーチュウだ。
アーチュウが恐怖を貼り付けたような顔をしていて、ロラの胸騒ぎが大きくなる。
「どうしたの?」
「ロラ、逃げろ!村が襲われた」
魔物にかと緊張が全身を走り、銃を取り出す。
「魔物はどこにでたの?」
「魔物じゃない!くそっ追いつかれた!」
ヒュンとアーチュウの頭を何かがかすめ、彼の髪の毛が数本はらりと落ちる。
攻撃してきたモノを見て、ロラは一瞬動けなくなった。
「そんな」
「ロラ!」
飛行魔法具がロラたちに迫り、魔法具に備え付けられていた銃が動いた。
アーチュウに押し倒され、ロラが立っていた真後ろの木に穴が開いた。
あれが頭に中っていたらと、サーッと血の気が引く。
カチリと音がして、銃口が角度を変えてロラに向けられた。
放心している場合ではない。
ロラは跳ね起きて、木の間を縫って身を隠すように走り出す。後ろからアーチュウも着いてきた。
「隠れよう!二手に分かれて!」
「駄目だ。あいつ、隠れても追いかけてきて、攻撃するんだ。木の陰に隠れた人が撃たれてた」
「木の陰に隠れた人が撃たれた?あれ以外にもあるの?」
「いくつあるのかわかんない。気づいたら、村の上空に来てて、次々に人を撃ってきた!」
誰がなんのために、こんな小さな村を攻撃しているのか。
考えるよりも、追ってくる飛行魔法具をどうにかしなければならない。
ロラは岩に身を隠して銃を構えた。
ここでユビキタスを使い、飛行魔法具を止めてもいいが、村にある防御魔法具や治癒魔法も解いてしまうかもしれない。
―――中れ!!!
ロラの弾丸は魔法具の銃口を破壊し、フラフラとバランスを失ったところを、再度撃つ。
地面に落ちて動かなくなったところを、他にも飛来していないか注意しながら近づく。
「アーチュウ。それ持ってて。魔法具が飛んで来ないか警戒してて」
銃を投げて寄越すと、アーチュウは慌てて掴む。
「ロラなにするんだ?」
「どこから来たのか確認する」
「そんなの書いてあるわけないだろう?」
ロラは近くにあった枝などで、破損部分を剥がし、コアを探す。
ロラにも分かる魔法陣がいくつか描かれていた。
だが、おかしなことに気がついた。
「映像魔法具がついていない?近くで操縦しているの?いや…温度を測る魔法陣…。これで生きているものを自動的に撃ち殺すようにしてるんだ」
「いや。犬の散歩中の人が撃たれて、犬は撃たれてなかったぜ?」
アーチュウは先程まで必死な顔をして逃げていたくせに、周りを観察する余裕はあったらしい。
「犬は無事?大きさで人だと判断しているのかな?
それはどうでもいい。これは人らしきモノを見つければ撃つようにできていて、さらに誰かが操作しているわけではない」
兵士が操作しているのなら、民間人を避けて攻撃しないなど判断ができる。それをしていないということは、無差別にその辺りにいる人間を自動的に殺戮できてしまう。
そんな無慈悲な兵器が、現世で完成し実用されている。
家族は無事か。恐怖と心配が頭を過ぎったが、ロラは飛行魔法具を抱えて、村とは逆の自宅の方へ走り出した。
アーチュウもつられて走り出す。
「ロラっ。どうしたんだ?」
「どこの国や地域が戦争を起こそうとしているかわかんない。
ここが襲われたなら、シランスの街にもあれが放たれた可能性はある。この村が通過点だったら、まだ街の防御は間に合うかも。間に合ったなら、助けに来てもらう!」
ロラは玄関のノブを引っ張ったが、開かない。
「あーもう。鍵!!」
焦りのせいで、何度も鍵を落とす。やっと開くと通信魔法具を置いてある部屋へ走る。
慣れた手付きで番号を押し、アーチュウに言う。
「応接間に剣があるから持ってきて」
「剣なんかで、空を飛んでいる奴とどう戦うんだよ」
「あの剣は魔法具なの。銃みたく発砲もできる」
「なんで、そんなすげぇもの持ってんだよ」
ブツブツ言いながら、アーチュウは取りに行ってくれた。通信魔法具がすぐに応答せず、焦りが募る。
「早く出て、ラザール!!!」
シランス邸の使用人が出た。
「どちら様宛でしょう?」
「シランス家の誰でもいい。村が奇襲にあってる!」
壊れた飛行魔法具を見せると、使用人の女性は顔色を変えて、走っていった。
焦る気持ちを落ち着かしていると、マカレナが来た。
「マカレナ!そっちは無事なの?自動飛行魔法具が村を襲っているの!」
「なんですって!どの国からも宣戦布告は受けてないわ。すぐに確認する。ロラさんは怪我はない?」
「大丈夫。家にいたら友人が逃げてきて…。ジャンとオレリアが村にいて…」
遠くの方から、警報音が轟いた。この村ではない、別の村のものだ。
マカレナにも聞こえたようで、一層険しい顔をしている。
「他のところも襲われているようね。ロラさんは家に隠れていて」
「この魔法具は映像魔法具がないの。代わりに温度を測って、生物とモノを識別して攻撃するタイプよ。犬は殺されなかったらしいから、対象地域に住む人を抹殺するために作らたに違いない。こんなものどこで作っているかわかる?」
「ごめんなさい。私はランバートの兵器にも疎いし、帝国から離れて長いから…。帝国のものなら所属を示すために、部隊の頭文字が書いてあるはず」
ロラはどこかで文字らしいものが書かれていたの見ていた。分解していると、剣を持ったアーチュウがこちらをうかがうように部屋に入ってきた。
「アーチュウ。身を丸めて少しでも人だと魔法具に認識されないようにして」
「わ、わかった。なにしてるの?」
「これがどこから来たか示す文字が書いてあるかもしれないの」
「あー廊下に破片落ちてたぞ」
アーチュウはロラの近くに剣を置いてから、ハイハイをするように身を丸くして廊下に出た。
「あった!Nってある」
アーチュウの叫び声に、ロラは聞き間違いだと思いたかった。
「N…ノルテ」
「…父に確認するわ。ロラさんはそこにいて」
「ジュストが私をあぶり出すためにしたっていうの?」
「そんなことないわ。盲目なところはあるけれど、父は良心的な人よ。
あなたにいてほしくない帝国のグループがあるかわからないけど、その可能性もある」
「皇子ってこと?」
マカレナは額を抑えて、ロラの考えを否定した。いや、信じたくなかった。
兄はそこまで欲深い人間ではない。心から始祖ルドを尊敬しており、転生を待ち望んでいた。
始祖の転生者を危険にさらす真似をするだろうか。
「落ち着いて、ロラさん。何も情報がないまま、疑うのはよくないわ」
「犯人は割れたんだ。マカレナ、誰にも聞かれずに皇帝に直接このことを言うんだ。北の将軍は信用できない。仮にこれが盗まれたものだったとしても、武器の管理を怠ったわけだから厳罰に値する。
私は村へ行く。一度ユビキタスを使って、魔法具を止める。人間の兵がいなければいいけど」
「…気をつけて」
ロラは床にあった剣を握り、呪文を唱えた。
『ユビキタス、目覚めよ。我の周辺に飛行する魔法具をすべて止めよ』
うまくできたのか、作動しなかったのか。通信魔法具は切れていなかった。
通信魔法具と剣を持ち、ロラは家を飛び出した。
「どうか、どうか。無事でいて」
村へ続く小道には停止した飛行魔法具が落ちており、その先に人が倒れていた。
血溜まりができており、頭部を貫かれ、即死だっただろう。
ロラは立ち止まりたい気持ちを振り切って、夫と子どものもとへ急ぐ。
先に行けばよかったんじゃないか。
先に飛行魔法具を停止していればよかったんじゃないか。
何故先にマカレナと話したんだろう。
ロラは王でも大統領でもない。
他人よりも家族を優先しても誰も怒らない。
道に倒れている人たちを発見すると、走りながら後悔が膨らんできた。
ジャンの実家の窓が割れていたのが、遠目でも見えた。
窓から飛行魔法具は侵入できる。
「いやっ…」
玄関のドアを開くと、そこに動いている者はいなかった。
窓のそばにいた義父母は頭から血を流し、テーブルに突っ伏していた。
床にはジャンが胸から血を流して倒れている。
ジャンの弟も近くで倒れていた。
子どもは犬より小さい。
きっと大丈夫。
だけど、泣いていないのはなんでだろう。恐ろしい光景だったはずなのに。
震える手でジャンの身体を避けると、彼を貫いた弾丸は娘の小さな身体をも貫いていた。
娘が寝たままなら助かったかもしれない。
しかし、攻撃を受けて子どもに覆いかぶさり、守ろうとするのが親だろう。
―――どうか、あなたの来世では幸せの魔法具でありますように。
前世の妻の願いが頭の中でこだまする。
「ジャン…オレリア…。ああ、ジョゼフィーヌ。なんてことだろう。私のせいだ。空を飛ぶことを多くの人に見てもらいたいって、リアムがあんなものを作ったから」
ロラはその場でうずくまって泣き崩れた。
やっと手に入れた幸せ。
それを前世の自分が奪ったのだ。
「うわぁぁ!!」
「ロラ!大丈夫か?ロラ!」
ラザールの声が通信魔法具からした。
「今、兵を向かわせた。安全なところにいて」
「死んだ」
「ロラ?」
「ジャンもオレリアもみんな死んだ。また一人になってしまった」
「…」
かける言葉が見つからないのか、言葉を失ったのか、ラザールは黙ってしまった。
「…生存者がいるかもしれない。見てくる」
「ロラ!」
通信魔法具を切ると、転がっていた剣を掴んだ。
生存者を治療しても、自分の家族は帰ってこない。
治した人が幸せになっていく姿を、ロラは見られるだろうか。
いや、そもそもこの攻撃はロラを狙ったものなら、この村の人たちは犠牲者だ。
ロラは剣を指でなぞる。ツウっと鮮血が流れた。
「私がいなければ」




