18話 穏やかな暮らし
ロラは義務教育を終えると薬師の資格を取り、二十歳になると、ジャンと結婚をした。
ラザールに結婚すると報告したら、笑顔でおめでとうと言いながら、ジャンを何処かに連れて行った。
―――そういえば、ジャンと付き合うって話をしたときも、ラザールはどこかにジャンを連れて行ったわね…。
くたびれた顔をするジャンとは正反対に、ラザールが満面の笑みを浮かべているのが謎だった。
「…小舅みたいなことを言ったんじゃないでしょうね」
前世のエクトルが心配性だったのを受け継いでしまったのか、ラザールはロラに対して過保護であった。
「そんなことないよ。何かあったら俺に言うんだよっていう話。ねっジャン?」
「う、うん」
ぎこちない笑みを浮かべる婚約者に、ロラは少し同情をしていた。
ラザールはジャンに、ロラを幸せにしなかったら殺すと散々脅したようだ。
それにもめげず、ジャンはロラと交際を続け、結婚までこぎつけたのだ。
また脅されたようだが。
ジャンはシランス州の村役場に就職し、シランスの森に点在する村を担当している。
ロラは祖父母と一緒に住んでいる家をリフォームして、ジャンと住むことになった。
新しく建ててもよかったのだが、両親との思い出が唯一残る家を壊したくなかったのだ。
結婚式は行わず、親しい人だけを呼んでパーティーにした。
シランス家も呼んだが、アルク家の人たちは出席しなかった。
オスカーからは祝いの品が贈られ、手紙のやり取りはしていたが、十四歳で再会して以降、六年間会っていなかった。
政治家としてリアム宛に悩みのようなものが来たことがあり、リアムとして、ランバートの民主主義は死んでいる、お前が他の者に大統領を譲れと返事をしてから手紙は来なくなった。
伯父のルイは、クロヴィスが短い刑期を終えたあと、一度シランス邸で会った。
クロヴィスは短い刑務所生活を送っても反省しなかったようで、ロラを睨みながら謝罪の言葉を口にした。
ラザールにも同様な態度を見せたため、ラザールは更生の余地はないと思っていた。
ロラは呆れながらもクロヴィスに返事をした。
「心のない謝罪を受け取ったわ。もう二度とあなたと会いたくないの。
いとこだとも思いたくない」
「…俺も、お前みたいな弱い女が、リアムおじい様の生まれ変わりであるはずがない」
「クロヴィス!ロラが生まれ変わりであるとは説明しただろう」
ルイが叱責するも、クロヴィスはそっぽを向いていた。
ロラは目を伏せ、ゆっくりとリアムの思考になる。
「お前はアルク家という家の名にすがるだけで、何も成していない。
血筋は生まれ、いわゆる基礎だ。それからどんな人生を歩み、何を成すかは、その人間の努力次第。
お前がアルクの名を叫ぼうと、俺には中身が空であると言っているようにしか聞こえない。
前にも言ったが、愚王ピエールにお前はそっくりだ。もう一度言う。お前のことを、俺は…私の血筋、コルネリアとマニュスの子孫と認めない。
ルイ。こいつに一番効く罰は、アルク家から籍を外すことだ。法の罰則ではこいつに意味を成さない」
「…わかりました」
クロヴィスは、何を言っているのか分からないという顔をしている。
ルイはぐっと唇を閉じてから、息子と向き合った。
「お前を勘当する。一人で生きていきなさい」
「な…。嘘ですよね!お父様!」
悲壮感たっぷりのクロヴィスに、ルイははっきりと言う。
「決定だ」
「ルイ。学費だけは最後まで出してやれ。社会に出たら学ぶ機会は減るからな。あとは大学出てたほうが、就職しやすきだろう」
大学を中退し、露頭に迷ったクロヴィスが悪の手に染まるのは目に見えていた。
せめてまっとうな職につき、知らなかっただろう苦労を知って更生してくれればいい。
クロヴィスは先程とは打って変わって、怯えた目で震えながらロラの足元で頭を下げた。
「た、頼む。許してくれ」
「さっきと態度が違うな。お前、恥ずかしくないのか?ころころ態度を変えてさ。
これでお前は私と同じだね。アルクの名はない。別の道でお互い世に揉まれながら生きようか。
これだけ騒がれて刑罰を受けた人間が、社会からどれだけ信頼を得られるか、わからないけどね。まっ頑張って」
クロヴィスは、ロラの威圧に全身から汗が吹き出て震えていた。
初めて会ったときの女の子とはまったくの別人に見えたのだ。
―――本当にリアムおじい様の生まれ変わりだったんだ。あんなことしなければ…。
いまさら後悔しても遅い。
ロラは絶望するクロヴィスを無視して、ルイに言った。
「今言ったけど、私はロラ・フォンテーヌとして生きる。
だから、私の人生に干渉しないでほしい」
「しかし、あなたはリアムおじい様の生まれ変わりだ。他人のふりはできない」
「今まで他人だったのに?実の妹を見殺しておいてよく言うわね」
ルイがたじろぐと、ロラは目を細めた
「オスカーから何か頼まれたのか?それはお前が引き受けることではない。あの子がすべきだ。金やら手紙やらだけ送りつけてくるんじゃなくてね。
金で思い出したけど、今まで送ってくれた分だけで成人するまで足りそうだから、もう送ってくれなくていい。
俺が欲しかったのは金じゃないから。俺が言いたいことわかるよな?」
「…わかりました」
ロラはオスカー自ら、ロラのもとにきて謝ってほしかった。
父と母、自分がどんなところで暮らしていたか見てほしかった。
そして、両親の墓参りも。
しかし、オスカーはロラが成人しても結婚しても、会いにこなかった。
アルク家の証であるペンダントもロラに渡されることはなかった。
帝国の皇族との決まりで、コルネリアの転生者が現れたら渡すことになっていた。
ロラもペンダントを要求しなかった。
皇帝といえば、ジュストの生まれ変わりであるデスペハード皇帝とは、手紙のやりとりをしていた。
オスカーとは逆に、会って謝罪したいということばかり手紙には書いてあった。
皇帝と会ってしまえば、ロラは否応なく帝国の政治に巻き込まれるだろう。
その危惧を説明しても、皇帝はどうにかするからとそればかりで、互いの主張は平行線だった。
結婚祝いで多額の金や品々が贈られてきたときは、さすがに会って返した方がいいかなとはロラは考えた。
ジャンがもらっちまえばいいじゃんと、目を輝かせていたのがおかしく、皇帝への気遣いはどうでもよくなり、ありがたく受け取ることにした。
ロラはジャンを家族に迎え、フォンテーヌの祖父母と共に穏やかな暮らしをしていた。
結婚して一年が経つ頃に、ロラは女の子を出産した。
父親に初経から長らく避妊薬を飲まされていたため、妊娠できるか不安であったが、無事出産できた。
出産には医師の叔母に立ち会ってもらい、知り合いがいて安心ではあったが、コルネリアぶりの出産の痛みに絶叫してしまった。
分娩室の外で待っていたジャンとラザールは、絶叫を聞いてロラが死んでしまうのかと互いに顔が真っ青になったらしい。
ロラと子どもを見た二人は、同時に号泣していて、その場にいた女たちは大笑いをした。
「お父さんが二人いるみたいね」
と言われるほど、ラザールはロラの娘を自分の子どもか、姪っ子のようにかわいがった。
「ラザールは恋人できたの?」
時間さえあればロラのところにくるラザールには、恋人の気配がなかった。
ラザールの恋心を知るジャンは、気まずい思いをすることは度々あった。
「いないし、いらないかな」
「結婚はするでしょう?シランス家の跡取りなんだし」
―――ああー!ロラ、その辺にしてあげて!!
ジャンの心の中の制止は届くはずもなかった。
「お父様は特に言ってないし、俺はロラの幸せを見守れればそれでいいから」
ねっと、笑顔で見られてジャンはプレッシャーを感じるのであった。
子どもをあやしていて、二人のやり取りに気づかないロラは、頬を膨らませた。
「前世のことならジュストにも言ったけど、気にしないでよ?エクトルのときも、アニバルにつきっきりだったし、そんなことしなくていい。ラザールは自分の人生を歩まなきゃ」
「もう歩んでるけど?こうやって時たま会いに来るくらい、いいだろう?」
「二週間に一度がたまに会うっていうの?」
子どもが泣き出したので、オムツを替えに別の部屋へ行っている間、ジャンはラザールに微笑まれていた。
「夫婦仲はよさそうだね。育児は慣れた?」
「お陰様で」
完全に小舅化しているラザールである。
いつもいびるのだが、気になっていたことがあったため、ラザールは本題を切り出した。
「ロラから秘密を聞いたのか?お前の前で堂々前世と言っていたし」
「ロラの妊娠がわかったときに言われた。初めは信じられなかったですけど、昔のことを色々知ってるし、辻褄合うなって。
帝国がロラの子どもだから、娘と結婚させようとしたり、シエロ教の人が来るかもしれないって。話の流れで、ラザールさんも転生者だと聞きました。
帝国の昔話でちょっと聞いたことある人だったし、驚きました」
「エクトルのことか?」
「はい。選定侯って教科書にも載ってたし、有名な人だったんですね」
「まあね。前世はロラの前世に仕えていた。現世も公私共々お守りしたかったけれど、私の方は誰かに取られちゃったから諦めるよ」
―――諦めてないよな、この人。
ジャンが苦笑していると、ロラが戻ってきた。
ラザールはもう一つ気になっていた点があった。
それは、応接間の壁にかけられた一振りの剣であった。
「あれは前なかったよね?」
「あれはリアムの剣だよ。帝国から贈られたハイスペックなやつ。
オスカーから久しぶりに荷物が来たと思ったら、誰も使えないから返すって。
私じゃ重くて振れないし、リアムって脳筋だったのね」
「大統領されていたんだから、脳筋ではないでしょう」
「リアムの転生者として愛着あるし、ハイスペックすぎて売れないし、せめて飾っておこうかと。
ラザールいる?リアムコレクターとして」
「ほしいって言いたいけれど、俺がもらうのもどうかなと。持ってもいい?」
興味を抑えられなかったのだろう。目がキラキラしていた。
ロラは笑って、両手で持ちながら剣をラザールに渡した。
「…確かに女性の腕では重いね。抜いても?」
「どうぞ」
ゆっくりと抜くと、柄から剣の付け根まで装飾された魔法陣が描かれていた。
一振りしてから、しげしげと剣を眺める。
「こりゃ、当時の最高傑作だろうね。重いけど、中世のものに比べたら軽くなったね。エクトルのときは、剣より魔力砲ばかり持っていたから、剣を持つのはものすごく久しぶりに感じる」
「今は剣を持っている人はいないしね。無許可で街中持ち歩いてたら捕まるし」
銃刀法違反みたいなものがランバートにもあるが、権利書をオスカーがロラに移したため、街中で持ち歩いても捕まらないが、護身用には重くて実用的ではなかった。
「ロラは銃や剣の練習はしてないの?」
「銃はずっとやってる。剣は素振り程度。お陰で子どもを抱っこしてても、つらくならなくなってきたよ」
「ロラは細いからね。出会った頃は骨と皮でびっくりしたよ」
「大げさな」
同意を求めたが、ジャンは今も細いからもっと食べた方がいいと力説して、ロラの味方にはなってくれなかった。
「力は強いほうがいいし。マッチョのほうが痴漢にあわなくてすむ」
「いや、マッチョにはならないで」
「俺もマッチョなロラは嫌だ」
普段小競り合いをする男二人だが、こういうときは意気投合するらしい。
毎日素振りをしても、腕がまったく太くならずにがっかりしていた。
リアムもそうだったため、遺伝のようだ。
ラザールのコーヒーカップが空になっていたため、ロラはおかわりを持ってこようと腰を浮かせた。
「同じのでいい?といってもコーヒーは一種類しかないけど」
『大統領に、リアム様が不幸な家庭に転生すると話した人物を突き止めました』
ラザールが急にレナータの古語で話しだした。古語を使うときは他の人に聞かれたくないときだ。
「あっ、俺がコーヒー持ってくるよ」
ジャンが気を回して、ラザールのカップを持って部屋を出ていった。
こういうことが何回もあったため、ジャンは席を外すようにした。
というか、ラザールにそう仕込まれたのだった。
『誰?』
子どもをあやしながら、ロラの目は自然ときつくなる。
『ルグラン家の者です。かつて神童と呼ばれた、シリルという男です。
幼いときから読み書き計算を習わずにできて、政治や経済までも精通していたということから、おそらく転生者でしょう。
俺は直接会ったことはなく、面会を求めましたが、断られました。シランス家がお嫌いのようで。それか俺が転生者だからかもしれませんが』
ルグラン家は元ランバート王族で、政治家の家系であり、現在のランバートで大きな影響力がある。
頭のいい者が多い家系ではあるが、神童と呼ばれるなら、よほどの天才なのだろう。
『転生者なら、同じ境遇の人と会いたいと思うんじゃないのかな?』
『ロドルフォ様のように、躊躇される人もいるでしょう。俺の前世たちと敵対していた、もしくは嫌っていたという可能性はあります。
シリルの周りを探りましたが、特に親しい友人はおらず、大統領の頭脳として働いています。
大統領の政策や国会の答弁などの資料は、彼が作っているとクレールから聞いています』
『調べてくれてありがとう。シリルについて、私も注意しておくわ。といっても、政治とは無縁だけどね。あなたもあまり突っ込まないほうがいいかもしれないわ。政務秘書の試験受かったんでしょう?』
ラザールは大学卒業後、秘書になる勉強をしながら、数々の事業を起こしていた。
事業といっても、シランスで被災した人たちの救援やサポートといったことなので、ほぼボランティアであった。
政治では手の届かない活動をしており、ラザールはシランス市民から信用されている。
試験は受けたものの、秘書や政治家になるつもりはないようだ。
最近、弟のエメリックにシランス家を継げといい、家族会議ものになったようだが。
ラザールはロラのそばにいて、見守りたいという思いがある。
政治家になれば肩書が邪魔になるときが来るかもしれない。
だからなるべく、自由な身でありたかったのだ。
そんなラザールをロラは察していて、何度も私の保護者になるなと叱ったのだが、聞く耳を持たない。
ラザールといると居心地もいいため、下手に突き放せなかったのだ。
「コーヒー持ってきたけど…」
ジャンがゆっくりとドアを開けて、こちらをうかがっている。
「ありがとう」
ラザールが受け取ると、少し冷ましてから口に入れる。
ふと、壁にかけたリアムの剣を見上げた。
「あの剣、少し借りていい?」
「いいけど。何に使うの?」
「研究」
にやっと笑う顔がどことなくエクトルを想像させる。
「…ほどほどにね」
「ロラは使ってないみたいだけど、色々機能を搭載してるから、少しいじってみようと思って」
「それ使ったら、帝国に私の場所を知らせちゃうじゃない」
魔法具を通じてユビキタスに干渉し、他の魔法具を操ることはできたが、それはごく近くにいるときしか使えなかった。
しかし、この剣は遠くのものでも干渉できるよう、仕込まれており、仮にデスペハードの王宮に爆発する魔法具を設置し、ランバートで操作して爆発させることが可能だ。
そんな危険なものをリアムの死後、ランバートで保管させていた帝国の危機感のなさに、ロラは不安になったものだ。
「ユビキタスに干渉しなきゃ、居場所はバレないでしょう」
「そうだけど、魔法具として使い道はあんまりないし、まさか庭の草刈りに使うわけには行かないでしょう?」
「使わないよりはいいと思うけど、草刈りに使おうっていう発想はロラだけだろうね」
普段筋トレ用にしか使わないので、ラザールに預けたが、一ヶ月ほどで戻ってきた。
剣を点検したが、付け加えられたりなど一見してなさそうであった。
ラザールいわく、ユビキタスの方を改良したという。
「この剣さえあれば、魔力を封じられてもユビキタスに干渉できるようにした。ただ呪文は二つ必要で、ユビキタスへアクセスするための従来のものと、剣の魔法陣を起動させるもの。
あとはロラの声をユビキタスに登録させたいから、呪文が決まったら俺に言って。転生してしまったら使えなくなるけど、また登録し直せばいいから」
ラザールはロラが魔力が封じられたときに、魔法ではなく声紋を鍵にすることを考えついたようだ。
ロラは声を登録するため、一度シランス邸に行った。
通された部屋にはダンボールのような箱型の立方体の魔法具があり、その上に剣を置くように言われた。
ラザールは立方体の魔法具を起動させると、ロラだけ部屋に残して出ていった。
ロラは考えていた単語を言うと、剣にはまっていた魔法具のコアが光った。
設定が完了したようだ。
これで剣さえあれば、魔力を封じられてもユビキタスに干渉できる。
―――剣なんて普段持ち歩かないし、魔力を封じられる事態になったときは、剣も奪わられるだろうから、この機能は使わない気がするわ。
ラザールはそこは考えており、今回の剣は実験だったようだ。
ロラの声と呪文をユビキタスに入れ込んだので、剣がなくても魔法具があればすむ。
というように、さらに改良するとのことだ。
「剣じゃなくてよかったんじゃない?指輪とか腕時計とか」
「剣の方がかっこいいじゃないか!」
ラザールの夢とロマンで、試作品として剣を選んだようだ。
アニバルやリアムだったら、おそらく同調していただろうが、いまいち熱が入らなかったのは、現世が女だからだろうか。
「ほどほどにね」
ラザールに、最近この言葉をよく言うようになったなと思うロラであった。




