16話 前世のきょうだい
皇帝はまさかと思いながら、孫を見つめていた。
『エクトルなのか?』
『レナータのときの名はエトーレとルドにつけていただき、エルスターのときはエクトルという名であった。
前世より増して妄執がすぎるぞ、フィデル』
古語の分かるマカレナは、まさか息子がエトーレの生まれ変わりだと思わず、呆気にとられたようにラザールを見つめていた。
皇帝は肩を落として、前の前世の兄の生まれ変わりの言葉を聞いていた。
『エクトルに会えて嬉しいけど、再会してすぐに叱らないでほしいな』
『怒るに決まってるだろう?お前の執着のせいで一つの家族が犠牲になり、少女が傷を負った。俺の現世の家族も含めたら、被害者は多そうた。
帰ったら、すぐに蒼い眼の水の使い手の子どもたちを親元に帰せ』
『ロラという娘は、光帝陛下の生まれ変わりだったのか?』
ねっとりと可視化魔法をされて、ラザールはため息をついた。
『そんなにキツく魔法をかけるな。あの方を傷つけること以外は、俺はお前を裏切らないし嘘をつかない。彼女を追い回す真似はしないと約束してくれ』
『…そのような言い方をするということは、そうなんだな?』
『そうだ』
腰を浮かせた皇帝を制するように、ラザールは手を出した。
『落ち着いてよく聞いてくれ。まずは座って』
皇帝が渋々座ると、ラザールはやっとソファーに腰を下ろせた。
ロラはジュストの転生者の前ではいくらエトーレの生まれ変わりでも、嘘をつき通せないだろうから、ルドの転生者だと話しても構わないとラザールに言っていた。
代わりにそっとしておいてくれと頼んでほしいと、ラザールは言われたのだ。
『光帝陛下はリアム・アルク様に生まれ変わられた。リアム様が児童福祉に力を入れられていたのは知っているよな?』
皇帝はゆっくりとうなずくと、ラザールは話を続けた。
『リアム様は来世では幸せな家庭に生まれることを願って、制度を作られた。しかしながら、それは実現できなかった。
それは親や祖父が帝国にロラを奪われるのではないかと危惧し、必要以上に彼女を守り、それが虐待に繋がっていった。彼女の幸福を奪ったのは誰だかわかるよな?』
『俺は強制はしていないが…』
『皇帝が蒼い眼の水の使い手を集めている噂は、ランバートまで届いている。
ランバート大統領もロラの父方の祖父も、ロラを渡すように言われたと聞いたが、それは違うのか?』
『…』
ラザールは仕返しとばかりに、可視化魔法を皇帝に放った。
違うといえば、嘘だと見抜かれる。だから沈黙したのだが、結局肯定していることになる。
ラザールは呆れていたが、顔や言葉に出さずに話を続けた。
『神帝陛下はルークススペースの滅亡を聞き、悲観され、国政には力を入れられなかった。それがリアム様になり、頑張ってこられたのに、現世は実らなかった。
お前だって同じ立場だったら、悲しいはずだろう?今、とても傷ついていらっしゃる。リアム様の孫であるランバート大統領に、裏切られた形となってしまっているから』
皇帝は額を抑えて悲痛な表情を浮かべていた。
『俺にも責任があるということは理解した。現世の祖父であり、前世では孫のランバート大統領に裏切られる…。あの光帝陛下なら、さぞかしお辛かっただろう。
直接会うには無理でも、通信魔法具で話せないか?』
『フィデル。少し時間をおいてほしいと言っているんだ。彼女は光帝陛下の魂を持っているが、陛下自身ではない。
学校にも行かせてもらえず、現代のこともわからなかったんだ。彼女の安定的な生活を優先させるべきだ。
いくら何度転生しようとも、親や祖父に傷つけられていたのだということを理解し、その傷を癒やすのも必要だ。お前が会うと、騒ぎになる。シエロ教会も介入しようとするだろう。それが、彼女の傷を癒やすことにはならない。違うか?』
『…わかった。手紙でも…』
食い下がる皇帝に、ラザールは焦れったくなってきた。人の目がある中、皇帝を叱り飛ばすのはよろしくない。
『あの方はお前を怒っていない。現世のロラも怒っていないだろう。
むしろ、お前が二千年も前のことに執着していることに呆れられているぞ?お前宛へ短いながら手紙を残したけどって、おっしゃっていたが読んだのか?』
『読んだ。前世のことを忘れて、現世を生きろと』
『ならそうすべきではないのか?親元から離して、蒼い眼の水の使い手を集めて育てて、さらに実の娘には光帝陛下の転生者だと期待する。異常だ。暗愚のすることだ』
『ラザール、その…エクトル様…』
古語がわかるマカレナは、皇帝を責める息子の立場が心配になってきた。
ここまで皇帝に物申す人物は、ほとんどいないだろう。
皇帝への礼儀がなっていないと、難癖つける帝国の要人もいるかもしれない。
ラザールは微笑みを浮かべ、マカレナにいった。
『大丈夫です。ジュストは石頭だったので、このくらい言わないとわからないんです』
皇帝は苦笑を浮かべるだけで、ラザールのことを注意しなかった。
『今回は国に帰ることにする。エクトル…ラザールにロラ様を任せる』
『ロラの気持ちが落ち着いたら、連絡するように伝える。それまで何もしてくれるな。シエロ教の教皇に言うのもだ』
アントワーヌにアナベルの言葉で、皇帝が今回帰ってくれることを話した。
「なんとかなったようでよかったですよ。やっぱり俺が出てきても意味なかったですね」
「そんなことないですよ。王の守護者の転生者が味方になってくれるだけで、帝国では発言力が増しますし」
「王の守護者とかいって言われてますけど、本当に何もしてないんですけどね。この場は収まったようなので、大統領のところに帰ります」
さらっと帰ろうとしたが、王の守護者であるロドルフォの転生者を帝国がみすみす帰すはずがない。
ラザールがエルスターの現代語で、アントワーヌが帰るといった瞬間、帝国の兵やロドルフォの子孫がアントワーヌを囲ったのだ。
「えっちょっと。俺、何かしました?」
エルスターの言葉がわからないアントワーヌは、心底困った顔をしていた。
ラザールは案の定な展開に、帝国事情を説明してあげた。
「ロドルフォ様の生まれ変わりだと名乗ってしまったので、帝国で調べることになると思います」
「えっ、マジで?俺、エルスターの言葉わかんないよ。前世だって覚える前に死んじゃったし。
あっ、ラザールさんも行きますよね?」
「俺は明日、学校があるので」
「俺だって明日仕事ですよ!」
初代選定侯として、有名なエクトルの転生者も例外ではないのに、ラザールは逃げ切れる気満々のようだ。
二人はすぐに帝国に行けないことを話すと、アントワーヌは連絡先を教え、後日調査に協力することを条件に解放された。
アントワーヌの家に子孫であるブランコ家の当主が来るなど、騒動は続きそうな兆しがあった。
ラザールのところにも、転生者の事実確認を専門とする調査員が派遣され、調査が行われた。
皇帝の証言もあり、ラザールはエクトルの転生者と決定されたことで、帝国中が騒ぎになった。
ロラの存在が秘匿にされているため、法律上は次期皇帝が皇子を差し置いて、ラザールになってしまう。
帝国の皇族との争いを避けるため、ラザールは後継者問題が起こる前に、継承権の破棄を宣言してしまった。
皇帝もラザールに無理強いをしないと、援護したのだ。
これには、皇族やシランス家は安堵したが、エクトルの子孫筋であるフェゴ家は猛烈に反対し、シランス邸までお仕掛けてきたのだ。
何とかフェゴ家の当主を説得させ、平穏な日々を取り戻せたのは秋が深まったころだった。
平穏が訪れたと思いきや、ラザールが継承権を放棄した影響で、とばっちりを受けたのはロドルフォの転生者であるアントワーヌだった。
ブランコ家を筆頭に皇帝にと話は出たが、現職がランバートの軍人であることで、肯定的な意見はあまりでなかった。
それでも騒がれてしまったため、大統領の護衛任務を外されてしまったのだ。
本人としては気にしていなかったようだが、ブランコ家は先祖の転生者が左遷させられてしまったと立腹してしまった。
ランバートを巻き込んで、新たな騒動にならないよう、アントワーヌは年下のラザールに泣きついて、ブランコ家を宥めた。
そんなこともあり、ラザールとアントワーヌは、歳が離れていたものの友人のような関係になっていた。
余談だが、アントワーヌの子どもに、ブランコ家が婚姻を申し込んだのだ。
「やっぱり、転生者だと言うんじゃなかった」
次々現れる問題に頭を抱え、後悔しても遅かった。
「私も私の前世たちが、転生したことを隠そうとしてきた理由がわかったでしょう?」
大統領の護衛任務から離れ、軍の通常任務に戻るとロラと会う時間が取りやすくなり、つい愚痴を言うとそう返された。
ロラとしても、理解者であり、隠遁生活の協力者が増えてよかったようだ。
そのロラは、祖父母やシランス家のところでは暮らさず、両親と過ごした家に住むことにした。
フォンテーヌの祖父母は、一緒に住むことを勧めたが、父と一緒に作った薬草などを植えた庭を枯らすのは嫌だった。
それにハーブを眺めていると、前世で愛したジョゼフィーヌを思い出して穏やかな気持ちになれた。
ロラの気持ちを理解して、祖父母は病院を娘に任せ、ロラの住む村へ引っ越してきた。
とはいっても、完全に引退したわけではなく、週の何日かは病院へ通勤していた。
ロラは申し訳なく思ったが、祖父母も死んだ息子が遺した畑を守りたいという思いはあったのだ。
ラザールやマカレナとは、通信魔法具で連絡したり、月に何回か村まで来てくれた。
時折アントワーヌも混ざり、前世の話に花を咲かせた。
もう一人の祖父であるオスカーだが、手紙と荷物が届きたきり、連絡がなかった。
荷物はリアムの死後、ジョゼフィーヌが記した日記だった。
リアムが転生したときのために、彼が知りたいであろう子どもや孫たちの様子や、社会の情勢なども記されていた。
死ぬ直前まで書いたという日記は十冊を超え、ロラは時間をかけてゆっくり読むことにした。
帝国の目立った動きはなく、シエロ教徒が村に押しかけることはなかった。
ラザールがうまく皇帝たちの間を取り持ってくれたお陰で、ロラは祖父母とともに安心できる家で過ごせたのだった。
同居する祖父母には、リアムの転生者だと打ち明けた。
驚いていたが、真剣にロラの気持ちを聞き、理解してくれ、今では普通の孫と祖父母の関係になっている。
「ロラ。ラザールが家を出たそうだ。今日のお茶は何にするんだい?」
穏やかな話し方の祖父は、ロラの心も穏やかにした。
「ラベンダーが少し残っていたから、ローズヒップと…。でも、あまりハーブっぽいのはラザールが好きじゃないみたいだから、コーヒーにしようかな」
父の代わりに祖父母に、薬草の育て方や作り方を教わり、ハーブティーを人に振る舞えるようになった。
薬に関しては、資格が必要なため人には渡せなかったが、知識として身につけようとしていた。
祖父母やジャンに勉強を教えてもらい、平日は学校に行けるようになった。
ジャンは勉強が苦手だっだが、ロラに教えたいと頑張ったようだ。
成績が良くなったと教師から褒められたと嬉しそうに話すジャンが、ロラは微笑ましかった。
クラスメイトたちは、ロラがよそから来た転校生だと思ったようで、最初は愛想よく話しかけてくれていた。
ボロボロの服を着ていた女の子だと知ると、離れていく人はいたけれど、何人かとは仲良くなれた。
女の子の友だちもできて、家に遊びに行くまでの仲になり、前世たちでは味わえなかった同年代の友だちと交流できるようになった。
もちろん、リアムの転生者であることを友だちもジャン一家にも話してはいない。
ただ、学校で習っていないことを知っていたり、魔法を自力でたくさん使えたため、天才扱いされたときは話したかったようだが。
ラザールとマカレナが来るときは、祖父たちが同席するため、ロラとラザールは前世の話をあまり話さなかったが、冗談を交えて話すことはあった。
当時のことを知らない祖父母は、冗談がわからなかったが、マカレナがわかって笑うこともあり、前世の記憶があるのではないかとロラは思うほどだった。
今年も残りわずかになりました。今年はついにコロナにかかり、幸いにも微熱程度ですみましたが、喉が炎症を起こして声がでなくなりました。
濃厚接触者でもなく、どこかで拾ってきてしまったようで、コロナはもらい事故だなと思いました。
皆様も風邪などにお気をつけて、お過ごしください。
よいお年を。




