7話 巣立ち
リアムが十六歳を向かえるころ、フーの頭には今までなかった飾り羽が生えてきたんだ。
フーはよく魔物を狩ってきては、リアムたちにくれたよ。中には美味しいものもあったけれど、食欲が進まないものもあったみたい。
エドおじさんは不器用なのに鞍を作ったんだ。よく出来ていてフーも締められて痛がらないし、リアムたちも身体を固定するロープをつけたから、落ちる心配が減ったよ。
風をきって目が開けづらいから、エドおじさんがゴーグルを買ってきたよ。
鍛冶職人とかがつけていそうなもので、風で飛ばされないように紐を通して留め具をつけたよ。
前にもお話したけれど、飛行機を飛ばすとどこからか魔鳥がやってきて、敵か獲物だと思って攻撃してくるんだ。飛行機の原理は出来ていて飛ばしたけれど、多くのパイロットが犠牲になってしまったよ。
だから人類は空を飛ぶことを諦めたんだ。
人類の夢はリアムとエドおじさんも抱いていたから、二人はフーによく乗せてもらっていたよ。
いかに空の旅を快適にするかと工夫を凝らし、人類の夢を一人いや二人占めしていたよ。
でもキミたちの世界の飛行機のファーストクラスの方が絶対快適だよ。
ボクはファーストクラスに乗ったことないけどね。
リアムが十七歳になる前、フーの姿が突然見えなくなったんだ。
毎日ごはん~と言って魔物を持ってくるのに、その日は来なくて、リアムがフーの住んでいる洞窟に行っても姿がなかったんだ。
フーの行くところを探したんだけれど、姿が見当たらない。
三日経っても洞窟に帰ってきた様子はない。
もう小さくはないから天敵に食べられる心配はないけど、他の火の鳥にやられてどこかで怪我しているのかもしれないとリアムは心配したんだ。
「きっと巣立ちだよ」
エドおじさんは空を見上げてポツリと言ったよ。
「巣立ち…。フーは大人になったってこと?」
「そうだろうな」
フーのお母さんとの約束は果たせたけれど、リアムはとても寂しかったよ。ずっといると思っていたからね。
「もう帰ってこないのかな?」
「どうだろう?伝説の魔鳥を育てた人間はいなかっただろうし、誰もわからないだろう」
エドおじさんも少し寂しそうだよ。
毎日パパってリアムを呼んでいた声がなく、野鳥のさえずりがたくさん聞こえてきたよ。
「戻ってきたな」
「え!どこ?」
リアムはフーを探すけれど、どこにも見当たらないんだ。
「フーじゃない。鳥や動物がだ。フーがいるととても周りが静かになる。フーに見つからないようにってね。それだけフーはこの森の動物たちに恐れられていた。
人間と魔鳥は一緒に暮らせない。だけど俺たちは暮らせた。それは奇跡なんだ。だから、フーを探すなよ?今度会ったフーはフーではないかもしれない。野生に戻るということは他の火の鳥と変わらないということだ。お前を襲うかもしれない」
「わかった」
フーと出会った頃の幼いリアムではなく、細かった手足はしっかりと筋肉がつき、手のひらには硬いたこができて強く逞しくなっていたんだ。
――フーが巣立った。俺はこのままでいいのか?
そう考える日が増えてきたよ。エドおじさんもそんなリアムの心情を察していたんだ。
「リアムももう十七だ。お前の父のシャルルも、その年には実家を飛び出していたというからな。
お前は意外と慎重だし、フーの母親の羽根を渡しておく」
エドおじさんの寝室に行って、クローゼットを開けたよ。ぞんざいに下の方に積まれた服よりも、ハンガーに掛けられた古びたジャケットとズボンにリアムは目がいったよ。
黒っぽい色だったけれど、綺麗にしたらとてもいいジャケットとズボンに間違いないよ。
いくら食べ物に困っても手放さなかった服。
おじさんがここに来るときに着ていたものではないかとリアムは考えたよ。
エドおじさんは下にぐしゃりと置かれた服をどかして、クローゼットの板を外したんだ。収納スペースが現れて、いくつか箱があったんだ。どれも鍵がかかっていたよ。
呪文を唱えると鍵が開いたんだ。その中に大きな飾り羽根三枚と普通の大きさの羽根が五枚、他にお金が入っていたよ。
「これはリアムの分だ。渡しておく」
箱は金庫だったみたいだね。エドおじさんは他に小さな箱を手にとって見せたよ。
「これはお前がもう少し剣が上達したら渡そう」
「それは?」
「シャルルが大切にしていたものだ。剣とはまったく関係がないが、シャルルの父親、リアムのおじいさんだな。一人前になってから譲られたと聞いている」
「一人前…」
渡された金庫をギュッと抱えたよ。
その夜、リアムはベッドに横になりながら、このままこの場所にいたら一人前になれないのではないかと考えていたよ。
剣が上達しても、相手はいつもエドおじさんだけで他の人とは練習したことがない。エドおじさんもどのくらい強いのかわからないし、比較の相手もいなかったんだ。
エドおじさんが何者だったかはこの時も知らされていないけれど、強い方だったんじゃないかと思うよ。
世界はもっともっと広い。
フーに乗って見た景色でも、この世界の一部なのだろう。
リアムは旅立つことを決めたよ。
夜明けとと共にポケットにいくらかのお金を突っ込み、リュックサックに着替えを少々入れて、隠すように羽根と財布を入れたよ。
持っていた服の中で一番動きやすい、Tシャツとジーンズを選んだよ。
ジーンズは少し前にギムペルで開発されていて、アナベルでも作られるようになったんだ。
破れにくいから、作業着にとてもいいと人気だったみたい。
キミたちの世界にあるジーンズの青い色は藍染の色だって知ってた?藍には防虫効果があるけれど、今市販されているのは藍が使われていないから効果はないよ。
アナベルの人たちは天然の藍で染めていたから、リアムのジーンズも防虫効果はあったそうだよ。
そんな話はさておき、リアムは書き置きを残して、家を出たよ。
朝日が優しく大地とリアムを照らし、リアムは大きく息を吸ったよ。
ここから先は、誰も知り合いもいない、行ったことのない場所になる。
「俺は自由。空は飛べないけど、この足でどこにだって行けるんだ!」
あえて行ったことのある隣街には向かわず、まっすぐ首都のある北へ向かったんだ。
車もバイクもないリアムは、ひたすら目的地まで歩いたよ。そこにはバスが出ていて、列車のある街まで行けるらしいんだ。
バスも列車もリアムは見たことも乗ったこともなかったよ。
期待と少しの不安を抱いて、リアムはリュックサックの紐を握りしめて、歩き出したよ。
朝起きて、テーブルの書置きを見たエドおじさんはため息をついたよ。
「ここにいたら一人前になれないと思うから、出て行く。十八の誕生日に戻ってくるから、一人前になれたか見てほしい…。
一言声をかけていけよ。ちょっと前まで一緒にこの村を出ていこうって言っていたじゃないか。一人前になれたか見てほしいってあいつらしいけどな。
…字が間違ってるし、まだまだ一人前には程遠いぞ?」
いつものように暑い陽射しが照りつけるけれども、鳥のさえずりや虫の声がよく聞こえたよ。
騒がしい子どもたちがいなくなり、エドおじさんは部屋を見渡したあと、書置きを寝室に置いてから農作業を始めたよ。
収穫した作物をかごに入れようとして、手元にないことに気づいたよ。
「リアム、そこの…」
これでいい?という返事はなく、エドおじさんは苦笑したよ。
手を止めて空を見上げたんだ。
「今頃どこにいるんだか。お前に自由を教えたが、この国に自由はないってことを伝え損ねたな。まあ、自分で経験することが重要だしな」
少し自分に言い聞かせるように言ってから、数歩離れたかごを取りに行ったよ。
リアムが旅立って三日後、畑を耕していると急に日が陰ったよ。羽音に空を見上げると緋色の鳥がこちらに降りてきたんだよ。
「おじちゃん、ただいま!」
「え?お前、巣立ちしたんじゃないのかよ」
「すだち?もりのはじっこをみにいこうとしたの。はじっこにひとがいて、ぱぱのいうとおり、こえかけられてもへんじしなかったよ!
ぱぱどこ?」
フーを見た人はとても驚いただろうね。伝説の魔鳥見ちゃったよって周りの人にたくさん話しただろうね。
「フーは縄張り広げてただけだったか。パパは一人立ちしたよ」
「ひとりだちってなに?」
「巣立ちってことだ。ここにはしばらく帰ってこない」
フーは頭を傾げたよ。あまりわかっていないみたい。
「ぱぱ、かえってこない?」
「そうだ」
「なんで?」
「早く大人になりたいから、ここにいると子どものままになってしまうから、出ていったんだよ」
「うーん?」
「フーは森の端っこを探しに行ったんだろう?リアムも森よりももっと広いところを探しに行ったんだ」
「…」
フーは傾げた頭が戻ったよ。
「ふぅ、ぱぱとはじっこ、さがしてくるね!」
「は?駄目だ。リアムは人の多いところへ行ったんだ。フーが見つかったら大変なことになる」
フーはすでに上空へ飛翔してしまったんだ。
「戻ってこい!フー!!」
エドおじさんには飛び去るフーに追いかける足も翼もなかったから、見送るしかできなかったよ。
その頃、リアムは初めてのバスに乗り、初めての列車に感動していたよ。
しかも宿に泊まるというのも初めてもあって、毎日ワクワクドキドキしていたんだ。
お金はまだあったけれど、羽根を売れそうなお店を探しながら旅をしていたんだ。
列車に乗って、流れる景色に目を輝かせ、胸の高鳴りが落ち着いてきた頃、地図を広げたよ。夕闇迫ってきて、外の景色が見られなかったからね。
今どの辺りにいるのか確認したかったんだ。
「リジエール・エン・テラス、次はリジエール・エン・テラス」
車掌さんの案内を聞いて、地図にある線路を指でなぞったよ。
「リジエール・エン・テラス…。リジエール?」
首都のリューリッシュ行きの駅にリジエール・エン・テラスという駅はなかったよ。
ちょうど、リアムの横を通った人に聞いてみたんだ。
「この列車はリューリッシュには行かないよ」
列車あるある、行き先間違えて乗っちゃったみたいだね。
リアムは慌てて、リジエール・エン・テラス駅で降りて、乗り換えようとしたよ。
でも降りたら、真っ暗な田舎の駅だったんだ。
時刻表を見るともうこの日の運行は終わっていて、リアムが乗っていたのが最終だったんだ。
「どうしよう」
無人駅だったから、駅員さんに宿も聞けず、暗い見知らぬ土地で困り果てていたよ。降りたのはリアムだけ。
「もっと早く気づけばよかったな」
駅を出ても周りには何もなさそう。水の流れる音がして、虫やカエルの声が騒がしく鳴いていたんだ。
「魔物とか出ないよね?」
寒くはないから野宿できそうだけれど、このまま寝て大丈夫なのかわからなかったよ。
はぁとため息をついて駅の街灯の下で座り込んでいると、静かな夜の田舎に似合わない音を立てて、何台ものトラックが列を作って前を通ったんだ。
トラックの屋根は布張りで、荷物がたくさん入っていたようで重そうだったよ。
すると、トラックに挟まれて通りすぎた一台の乗用車が戻ってきたよ。
「君!列車に乗れなかったのかい?」
二十代くらいの若い男の人が窓を開けて顔を出したよ。
「リューリッシュ行きに乗ろうとして間違えて来ちゃって…」
「なるほどね。俺はリューリッシュの手前の街に向かうんだが、乗っていくかい?」
「いいの?」
乗用車に乗せてもらうと、女の人と二、三歳くらいの女の子がいたよ。
女の人と目が合うと微笑んでくれたよ。銀色の混ざった金の髪を三つ編みにして、青紫の瞳にピンクの頬は少女の面影を残していたよ。
リアムは彼女に釘付けになったんだ。
初めて人を見てから胸の高鳴ったことに、リアムは自分に困惑したんだ。もしかしたら恋の予感?
「俺はクレマン・カレ。伯父が商社を営んでいてね。買い付けの帰りだったんだ。彼女は妻のニノン、その子は娘のモニク。君は?」
リアムははっとして、クレマンへ顔を向けたよ。彼女はクレマンの奥さんだから、秒でリアムは失恋したようだよ。
「俺はリアム。親父が傭兵だったから俺も傭兵になろうと思って、村を出たはいいけど、列車を間違えて…」
この頃のリアムはお父さんをパパって呼んでなかったみたいだよ。
「そうだろうと思って声をかけたんだ。こんな田んぼだらけのところに夜に降りる人なんて、地元の人くらいしかいないからね。
同じ乗り場から別の行き先に行く列車もあるから、わかりにくいよね。俺も何度も間違えたから、気にしない方がいいよ。リアムは剣士?銃は?」
剣はエドおじさんが買ってくれたものを腰にさしていたよ。
「剣士に憧れて。剣を教えてくれた人は剣なんて飾りだって言うんだけど。それに地元だと銃が売ってなくて」
「銃が売ってない?随分田舎から来たんだね。ま、この辺りも猟銃くらいで普通の銃は売ってないだろうけど。剣士に憧れるのはわかるな。俺はやってみたいと思ったけど運動音痴でまったく駄目だった。
トラックに護衛で傭兵の人がいるんだけど、話してみる?」
「え?本当に?」
クレマンはとても気さくな好青年だったよ。
列車の行き先は間違えてしまったけれど、いい人に出会えたとリアムは思ったんだ。
プラット村の人のように、見た目で彼はリアムを遠ざけたりしなかったからね。
夜中に宿につくと、クレマンが言っていた傭兵の人たちと会ったよ。
「傭兵志望か?それでリューリッシュに?クレマンさんの護衛の方がいい給料くれるし、戦争に行くよりも安全だぜ?」
傭兵のリーダー格っぽい人が、リアムをガシガシ撫でたよ。いい人っぽいけど、ちょっと性格粗そう。
「セザールは五十だから、戦地は無理だろうよ」
「エルヴェも中年だから兵士を引退したんだろう?」
「マルタンもだろう?」
と笑い合っているけれど、三人とも四、五十代らしいよ。
「剣士か。腕試ししてみるか?」
そう誘ってくれたのは、頭をガシガシ撫でてきたセザールだよ。腰に長剣をさしていたんだ。
「やった!お願いします!」
リアムはやる気だったけど、もう夜だからね。明日ってことになったよ。




