9 弟 2
姉ちゃんは、いつでも優しい。ぼくを甘やかせようとする。
ぼくは小さな頃から、姉ちゃんに守られて育ってきた。
ぼくは何故か女の人に好かれる。
幼い頃は、保育園の先生やお母さんたちから、「可愛い」と言われ続けた。知らないおばさんが自分の家に遊びに来るようぼくの手をひくのを、姉ちゃんが止めて、家に連れて帰ってくれた。
保育園のちょっと年齢が上の女の子が、遊ぼうとぼくを誘うと、他の女の子と喧嘩が始まった。
小学生になると、女の子はもっと怖くなった。よく回る口で、女子たちはぼくを独り占めしようと言い合いをした。
バレンタインデーは恐怖だった。
チョコレートは普通程度に好きだけれど、手作りは好きではなかった。ぼくにとって、女子たちの心がこもった手作りチョコレートよりも、市販のチョコレートの方が、安心、安全で、美味しかった。
それに、女子たちはチョコレートを渡すとき、「告白」をしてきた。それを建物の影から他の女の子たちが見ていて、後でクラスで噂するのだ。
ぼくの物が無くなることもあった。主に、文房具が多かったが、体育で汗拭きに使うタオルや、ティッシュもたまに無くなった。
姉ちゃんは何かあったら遠慮なく言って欲しいと言うけれど、女子絡みのいざこざを話す気になれなかった。
つまらない話ではなくて、姉ちゃんとはもっと楽しい話をしたかった。
あるとき、委員会で使う教室に筆箱を置き忘れた。学校を出る前に慌てて取りに行くと、人のいない教室で、同じ委員会の女子がぼくの筆箱の中を見ていた。誰の物か確認しているのだろうと思って声をかけようとしたとき、その女子は、ぼくの筆箱から消しゴムを出して、自分のポケットにしまった。
ぼくは声をかけそびれた。女子はそのまま筆箱を置いて教室を出ようとしたところで、ぼくの存在に気づいた。
「見た?」
女子がぼくの目を見て言った。
ぼくは頷いて、質問した。
「タオルやティッシュも?」
女子は怪訝な顔をして、首を横に振った。
「知らない。他の女子がやったのかも。」
ぼくはため息をついた。
「誰とも付き合わないからこうなるのよ。」
この女子も強気だ。ぼくは正論を言う。
「好きでもない女子と付き合えないよ。」
「付き合っているうちに、好きになるかもしれないでしょ。」
ぼくには、そんな付き合いは、くだらなくて無意味に思えた。
「それに、付き合えば、こういうこともできるわ。」
女子はぼくに近寄って、ぐいっと顔をぼくの顔にくっつけようとした。ぼくは咄嗟に後ろに下がり、後ろの机に手をついた。
「キスも知らないの?」
女子が嘲笑う。
「こういうことは、ぼくは好きな子としたい。」
ぼくの言葉に女子が黙った。
「他の女子もぼくの物をとってるという可能性を教えてくれて、ありがとう。ぼくは、好きにならないと付き合わないし、こういうこともしない。だから、傷つけていたら、ごめんね。」
ぼくは女子が怖いけれど、ぼくのことを好きになってくれたせいで変な行動をとっていることを知っている。だから、ぼくはできるだけ女子を泣かせないように対処しようとした。
でも、結局、女子はしくしく泣き出した。
ぼくはハンカチを取り出して、女子に渡した。
「あげる。」
女子はハンカチを受け取って、目にあてた。
しばらくして、女子は泣き止んだ。
「他の女子がとってるのを見つけたら、声をかけるわ。こんなことしても、なんにもならないって。」
「ありがとう。助かるよ。」
女子の協力に感謝し、ぼくは筆箱を持って学校を出た。
その夜、ぼくは夢を見た。
場所は女子といた教室だ。女子は姉ちゃんになっていた。
姉ちゃんがぼくに近寄って、ぼくに顔を近づけた。ぼくが逃げずに立ったままでいたら、姉ちゃんの唇がぼくの唇に触れた。姉ちゃんは唇を離して、ぼくに微笑んだ。
もう一回するかきくので、ぼくは頷いた。
姉ちゃんが、ぼくにキスをした。ぼくはうれしくて、ぼくからもキスをした。
ぼくはまだ、小学6年生だった。姉ちゃんは高校2年生。
ぼくは、自分がおかしくなったのだと思った。誰かに相談したくても、親には恥ずかしくて相談できない。姉ちゃんにはもちろん言えるわけがない。友達には、もっと言えない。シスコンと言われそうで怖い。学校の先生や塾の先生に言っても、いい答えが見つかる気がしない。
ぼくは兄さんに連絡した。兄さんは年に一度しか家に来ないけれど、とても親しみやすく、いつでも気軽に相談できる大人だ。ぼくの話を真面目にきいてくれて、正しい答えをもらえるような気がした。
普段は規制されているスマホやノートパソコンの使用も、兄さん相手だと何故か無制限だった。
兄さんが話し相手のとき、ぼくは長く通話する。そうなるとお互いの時間を合わせる必要があるので、一度連絡を入れてから、ゆっくり話せるときに通話する。
ぼくは女子のいる学校が嫌になっていたので、中学からは受験して男子校に通うつもりで受験勉強していた。6年生の一学期だからまだ時間があるようで、でもないような気がした。
無駄に悩む時間がもったいない。
だから夢を見た翌日の塾の前に、ぼくはスマホで「直ぐに話したい。」と兄さんに連絡した。塾が終わってからスマホを見ると、兄さんから「お母さんの許可をとったから、今夜起きていなさい。」と返信がきていた。
ぼくは少し急いた気分で家に帰り、軽いご飯を食べてお風呂に入り、自室で塾の宿題を始めた。
母さんは何も言わず、いつも通りぼくの世話をしてくれていた。