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振り向かない彼女を飼う方法  作者: 一会
第3章
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51 姉 17



 修士2年の冬。

 今日は卒業前に、元サークルの仲間で集まっている。卒業した先輩方も来てくれて、とても賑やかだ。

 

「結婚の日取り、決まったって?」


 先輩に声をかけられて振り向き、私は笑顔になった。

 先輩とは最近、会っていなかった。


 「はい。おかげさまで。」

 「あのシスコンで本当によかったの?」


 先輩の不安そうな顔に、私は満面の笑みを浮かべる。


 「ええ。理想的です。」


 

 


 そう、彼はとても理想的な結婚相手だ。


 私は弟に対する妄執(もうしゅう)から逃(のが)れることができない。

 それでも普通の幸せを弟に贈るとしたら、私が結婚し、弟にも結婚を決意させなければならない。


 私の結婚相手は、通常の男の人、という条件では足りない。

 私のことを大切にしてくれつつ、相手にも私と同等に大切にする、決して結ばれない存在がいてくれることが望ましい。

 それくらいの人でないと、私の相手に対する想いと相手の私に対する想いが釣り合わない。


 釣り合わない想いをずっと持って正常に生きていけるほど人は強くない。相手の精神が歪(ゆが)んでしまう。

 



 「そう。また相談に乗るから、いつでも頼っておいで。」


 先輩は苦笑して、別の人に声をかけに行った。




 大学1年の、彼が花火に誘ってくれた日の翌日、私は先輩に告白された。


 私が求めているのは結婚して私が子供を産める性別の人なので丁重にお断りすると、先輩は彼のことについて教えてくれた。


 さっぱりとした性格の先輩は、告白を断った後も私に声をかけてくれる。

 一緒にお出かけし、服を選び合ったり、ランチをしたり、気さくな友達みたいな関係だ。



 彼に、先輩と付き合っていたと思っていた、ということを聞いて先輩に真相をきくと、先輩は心外だと言わんばかりの顔をした。


 「あなたは、今の私との関係を、付き合っている、と思う?」 


 カフェでデザートのケーキを食べながら、私は先輩が言っていることを否定する。

 先輩は男女関係なく気安く人と出かけるから、何となく付き合っている、という状況だと考える人もいるのだろう。


 彼は、本当に純真なのだ。無垢ではないけれど。


 

 先輩は、私が弟に執着していることを知らない。

 その後も先輩は何かと気にかけてくれて、ゆっくり考えて付き合うようアドバイスされた。


 


 

 私は一年間、彼に告白の練習と称して彼の部屋に通い、彼の人間性を観察した。


 彼は週末や長期休暇に、必ず実家に帰る。

 クリスマスイヴや誕生日など、恋人たちが会うような特別な日も、昼間に私と会い、夜にはどこかに行っている。


 彼に尋ねると、彼は悪気なさそうに、「妹に会っている」と言う。


 私は、この人しかいない、と思った。

 私の相手に対する想いと同じだけの重さで私を想ってくれる人。

 離婚する気がない以上、一生を添い遂げるのに、私に相応(ふさわ)しい男性だ。




 彼は優しく、気遣いもでき、強引ではない。

 妹に対する想いとは別に、私に対する想いもきちんと持っている。


 妹が好きといっても妹の身体に何かしたいわけではないらしく、私の身体に興味を持っている。

 シスコンでも正常な感覚を持っているところに安心する反面、私たち姉弟(してい)の異常性が浮き彫りになって、落ち込んだ。


 私はこの異常なくらいのブラコンとシスコンを、私の結婚相手が受け入れてくれるとは思っていない。

 当初は、普通より少し過剰な程度の姉弟(してい)の愛情だと、彼に認識してもらえればそれでよかった。



 彼は、とてもいい人だ。

 だから私は余分に期待して、普通ではなくなった弟への想いを、自分の本心を、打ち明けた。


 彼の精神に負担をかけすぎるのは良くないと知りつつ、ありのままの私を受け入れて欲しいと、わがままにも思ってしまった。


 私は彼のことが、本当に好きになったのだ。

 好きな人だから、本当の私を受け入れて欲しいと願ってしまった。


 計画をたてた時と違い、弟の私に対する想いが姉に対する想いを越えて女性に対する想いになった以上、私は弟を弟ではなく一人の男性として受け入れないといけないと感じた。


 向けられた愛情の分だけ、愛情を返したくなる。

 だから、結婚相手にも、弟からもらう愛情の分だけ、弟に向ける愛情に釣り合うよう、より多くの愛情を求めてしまった。


 私をあまり愛さない人を求めていたのに、その人に愛情を求めるなんて、ひどい矛盾だ。


 彼がおおらかな人で、私は救われた。

 この人以上に私の結婚相手として相応しい人は、どこを探してもいない。

 彼のことを大切にしたいと、心から思う。





 ただ一つ、不測の事態があった。


 彼の妹は、明らかに兄が好きだ。

 私が弟を見つめているときほどではないにしろ、彼の妹は彼を熱を持って見つめている。


 私たちはうまくやれば、弟と兄を自慢しあう同志になれる。

 しかし、彼の妹をどう巻き込めばいいのか悩んだ。

 最終的に私は彼女の兄を私が結婚という形で奪う、彼女の敵になることを思うと、私の気持ちを伝えるのはあきらめた。


 

 


 彼の妹は、私がたてた計画の式における変数だ。

 弟が、彼女と結婚するという。

 弟は意外にも彼女と親しくしていて、私の心境はとても複雑だ。

 でも、これでいい。これが、いい。

 彼の妹ならば、私の弟の気持ちを汲んで幸せにしてくれるはずだから。

 苦しいけれど、弟の幸せのためなのだ。



 

 先輩は会場を一周すると、笑顔で私に近づいて来て、物陰に私を連れ出した。

 不満そうな顔の先輩にキスされそうになって回避する。

 

「こういうことをするから、私たち、付き合ってると思われるのですよ。」



 先輩が素敵なので、私と釣り合いがとれるという理由で、私の本命だと思う過激な思考の人たちがいた。


 主に弟のファンだ。

 二次元と混同している一派もあって、弟のファンはいろいろと濃い。


 私と弟の禁断の愛を妄想する人がいて、二人の写真をよく撮られた。

 お兄ちゃんが帰国してからは、お兄ちゃんと弟で妄想するイラストや漫画が出回り始めた。

 乙女の妄想は止まらない。

 

 先輩のおかげで、彼とは誰にも全く邪魔されずに付き合えた。

 彼だって素敵なのに、腑に落ちない。




 私がこういうことは少し控えるよう忠告すると、先輩は私の頬を撫でながらせつなそうに言う。


 「私だって、ずっとあなたのことを想ってきたのよ?」


 しばらく二人で会っていない間に、先輩は私に想いを募らせていたようだ。

 弟とのことすらままならないのに、同性でどうしろというのか。


 世の中、家族のあり方について個人の自由を認める風潮が広がってきているけれど、まだまだ受け入れられていないことが多い。

 私は弟とのことで手一杯なので、恋すら始まっていない、同性の先輩のことにまで手が回らない。



 弟と二人の世界で生きていけたら幸せだと考えていた時期があった。

 それこそ望んで実行しようとしたけれど、私が弟に溺(おぼ)れきったとたんに弟が大人になって、私を正常な世界に帰してしまった。


 帰した先は皮肉にも、より過酷な世界しかないというのに、弟はかつて私がたてた計画を実行させた。

 

 この計画をたてた時点での私と今の私は、まるで別人だ。

 弟に対する心のありようが全く違うので、正常な世界は私にとって毒にしかならない。

 

 それでも私は、私よりも正常な弟の為に、「正常な」世界で足掻(あが)いてみようと思う。

 




 私は本当に、弟への想いで手一杯だ。

 同性で愛しあっても私の望む道は開けないし、私はこれ以上、人を好きになりようがない。


 「先輩は、これからも私の大切な先輩でいてください。」


 私は先輩にハグして、彼女の頬に軽くキスした。

 私にできるのはここまでだ。


 私が身体を離すと、先輩がまじまじと私を見ている。


 「先輩?」


 私が声をかけると、先輩が少し赤くなっている。

 先輩は笑顔になって、私にハグし、頬に触れるかどうかくらいそっと、キスした。


 「可愛い後輩の頼みだもの。お願いをきいてあげるわ。」


 私も先輩に笑顔を向けた。

 私は先輩を、先輩として好きなので、先輩の好意をありがたく受けとった。



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