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振り向かない彼女を飼う方法  作者: 一会
第3章
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49 姉 16



 彼からのプロポーズを受けた。

 私は、弟ではない人に、自分を預けることになる。

 

 弟は彼の妹を愛するよう努めるだろう。

 私の弟は、私だけの存在ではなくなった。


 これが私がこだわっていた、正しい方法だ。




 私も弟も結婚して子供を(もう)ける条件がそろって喜ばしいはずなのに、私は全然うれしくなかった。


 彼を愛していないわけではない。

 彼との結婚はいいのだけれど、弟がいなくなることが私には(こた)えた。


 自分の正しい幸せを掴みながら弟の正しい幸せを喜べない。

 自分の身勝手な感情に、私は(あき)れた。




 お母さんは、二人の人を同時に愛して結婚している。

 お母さんは、お父さんと正式に結婚して子供を産んだのに、お兄ちゃんとは結婚せず子供も作らなかった。

 お母さんとお兄ちゃんは、どんな心境だったのだろう。

 どこかで軋轢(あつれき)が生じて破綻(はたん)しそうなものなのに、大人三人でこれまで生活できている。



 私は結婚を前にして、お母さんに正面から自分の気持ちや疑問をぶつけることにした。

 家を出たら、きっと親と過ごす時間はなくなる。きくなら今だと思った。






 私はお母さんと二人のときを見計らって、お母さんが好きな紅茶をいれて、私の話をきいてもらった。

 私が子供の頃に感じた寂しさ、弟に対する複雑な感情、彼に対する気持ちと今の私のわだかまりを、私はお母さんに正直に話した。


 私はずっと、心の内を誰にも話さなかった。

 一人で消化するのが一番いいと思っていたから人に話そうと思ったこともないのに、親から離れて大人として生きていこうと思ったら、普通ではないことを実践している母が、とても頼りになる相談相手のような気がした。



 お母さんは私の話に相槌(あいづち)をうちながら静かに話をきいてくれた。

 そして、これからしようとしていることに覚悟ができていない私に、お母さんが過去にどんな心境で二人と接してきたのかを教えてくれた。


 母は、私が寂しがっていたと知って、私にハグをした。


 「私と親友の関係はおかしい。でも、お父さんは、私を、そのまま受け入れてくれた。だから、今の我が家があるの。

  この家、嫌だった?」


 私は泣きそうな顔のお母さんを見た。 

 いつもと違って、自信がなく、弱々しい、今にも消えてしまいそうな女の人がいた。


 私は生まれて始めて、お母さんを一人の人間だと思った。

 これまでは、お母さんは「お母さん」という強固で堅牢で、どっしりとして丈夫な、力強い存在だった。


 でも、お母さんは23歳の私と変わらない、ただの女性だった。

 お母さんを(あなど)るとかそういう意味ではない。

 お母さんは、人だったのだ、と当たり前のことを私が気づいたということだ。



 私は、自分がどれだけ子供だったかを知った。

 口では正論を言うこともできるし、頭だって論理的に理性をもって考えることもできた。

 でも、私の心は、何も知らない子供のままだったのだ。


 私は自分で制御することができない感情を抱き、二人の人を愛するという、母と同じ道を歩もうとしている。

 お父さんはもちろんお兄ちゃんも大人で、状況をわかった上でこの関係を続けている。 

 それだけの魅力をお母さんが持っていて、それだけの必要な何かがこの家族形態にあるのだ。


 私にこれだけのことができるだろうか?



 「お母さん、私はこの家族が好きよ。だから、泣かないで。」


 お母さんは実際には涙を流していない。

 でも、私には見えない涙が見えた。


 「本当に、大きくなったのね。ありがとう。」


 お母さんは私にハグした。

 我が家では、弟が私の頬に親の前でキスしたときを境に家族間のハグと軽いキスを当たり前にしているけれど、この時のハグは、対等な存在としてのハグだった。




 「ところでお母さん、5歳児にカミングアウトは、ちょっと無用心過ぎない?」


 私がかつてのことを言うと、お母さんは、思い出すように目を斜め上に向けて言う。


 「そんなことないわよ? 

  だって、あなたは家族が好きだったし、その辺の人に何でも話すような口の軽い子でもなかった。よく考えて発言する子だったわ。」


 私は幼児の私に、我が家の秘密を教えてくれたお母さんの態度を思い出した。

 私を世話する対象ではなく、初めて一人の対等な人として接してくれていた。


 「それに、あなたは私たちの子だもの。

  お父さんとお母さんとお兄ちゃんが、大切に育てて、見守ってきた子よ。何の問題もないわ。」


 お母さんは私のことを誇らしげに言う。


 私は、家の中で、大人三人の愛情を受けて育ってきた。

 お兄ちゃんだけが私を構ってくれていたわけではなかった。

 直接構ってくれなくても、私をずっと見守ってくれていた。


 心が温まると同時に、愛されているという自信がわいてくる。



 「私もお母さんみたいになりたい。」


 お母さんみたいに、二人の人を幸せにできる愛し方をしたい。

 お母さんが私を優しい目見ている。


 「しっかり愛しなさい。欲しいものを主張しなさい。

  何もせずに後悔しないよう、しっかり生きなさい。」


 お母さんは、頼もしく私を励ましてくれた。

 

 お兄ちゃんはお母さんの愛情を浴びるほどたくさん受けていたのだ。

 私が好きなお兄ちゃんは、お母さんの愛情を受けた人だから、素敵だったのだ。

 

 私はお母さんと楽しくしているお兄ちゃんが、うらやましかったのかもしれない。




 私は部屋に戻って結婚したら持っていくものや必要なもののリストを作り始めた。

 

 お兄ちゃんへの気持ちがお母さんと仲がいいといううらやましさからくるものだとすると、弟への気持ちは何なのか?

 

 私は軽く落ち込んだ。

 いよいよ正面から自分の心を見ないといけない。

 弟を弟ではなく男として見ている時点で、私の気持ちは決まっている。

 弟に恋人紛いのことをされて喜ぶのは間違っているけれど、弟が欲しいという気持ちが止まらない。



 姉として間違った感情を持つことは、弟に悪い影響を及ぼした。

 私がしっかりしないと、弟も私のような苦しみを抱えてしまう。

 

 この結婚は、正しい。

 私が結婚することで、弟の意識を私から他人にずらさせ、姉である私だけを求めるような苦しい生き方をしなくてすむようになる。


 私が結婚することで、弟を幸せにできる。

 私は彼との結婚に、希望を持った。


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