24 弟 9
高校生になって塾に入り、僕はまた多くの女子と接する生活に戻ってしまった。
大学教授の父さんは、「女の子には優しく接しなさい。」と、小さな頃に僕に教えてくれた。僕は父の教えを守り、今も丁寧に接している。
夕飯のときに姉ちゃんが、塾の女子に困っている僕を心配して声をかけてくれたので、僕はわざわざ父さんと母さんの目の前で、姉ちゃんの頬にキスをした。
これで父さんは、僕がどういう状態なのかわかってくれる。
姉ちゃんが顔を赤くする。食事後、姉ちゃんが洗面所で鏡に映った自分を見ている。
姉ちゃんを追いかけてきた僕は、後ろから姉ちゃんに抱き着いて、姉ちゃんの耳に息を吹きかける。
びくんと揺れる姉ちゃんが可愛い。
「嫉妬しなくてもいいよ。」
僕は姉ちゃんを安心させたくて声をかける。
姉ちゃんが鏡に映った、姉ちゃんより背の高い僕を見る。
本当に、姉ちゃんは僕をどうしたいのか?
姉と弟では、どうにもならないというのに。
僕たちは、鏡映った自分たちの姿を見ていた。
父さんに似て、落ち着いた容貌の姉ちゃんと、母さんに似て華やかな容貌の僕。でも、中身は反対だ。
姉ちゃんは母さんのように奔放で、内側から輝くような強い光で僕を惹きつけて離さない。
僕は父さんに似て、どうしても四角四面に物事を捉えてしまい、姉ちゃんとのことも煮詰まってしまう。
「僕は姉ちゃんの弟だから。」
姉ちゃんに言い聞かせるように、姉ちゃんの耳に唇を近づけて、息がかかるように言う。
鏡の中の姉ちゃんがうっとりしている。
どうやら、僕の「魔法の言葉」は兄さんの言葉と違って、「姉ちゃんの弟」、という言葉のようだ。
僕は姉ちゃんの弟だから。
全てはそこに始まりそこに帰結する。
夜遅くに、珍しく母さんに呼ばれた。
上の階のリビングではなく、下の階のリビングに呼ばれ、僕は少し反発心を持った。
下の階のリビングでは、ソファーに座ってくつろいでいる母さんと兄さんの姿があった。父さんが上の階にいるのに、母さんは堂々と兄さんとの時間を楽しんでいた。
母さんはそんな僕の気持ちを知っていて、僕をここに呼んだのだ。
「気に入らない?」
母さんの言うことに僕はまともに反応しなかった。
母さんは、僕に見せつけるように、兄さんの頬にキスをした。
「家族にキスしても、おかしくないでしょ?」
僕は母さんを、少し睨んだ。
これは、僕が姉ちゃんにキスしたことの当てつけだ。
僕が姉ちゃんに不適切なことをしたから、こんなことをするのだ。
母さんは僕の様子を見て、少し落胆したようだ。
母さんは兄さんに後を任せて、同じ階にある部屋に入った。
兄さんは僕を笑顔で見ている。
僕はいらいらしながら兄さんに尋ねた。
「兄さんも母さんにそういうことをするの?」
兄さんは笑顔のまま、僕の質問に答えてくれた。
「私は、あまりしないよ。かつてはしていたけどね。」
今はしない、ということか。
「父さんがいるのに、したの?」
兄さんは苦笑した。
「それまでに、いろいろな事情があったんだ。そして、こうなった。」
兄さんは真顔になり、僕の目を見た。
「話をきこうか。」
ぼくは気持ちを切り替え、姉ちゃんとのことを話すことにした。
「姉ちゃんと、毎日しっかりとしたキスをしている。」
僕は兄さんの眼力に負けないように、真面目に言った。
ーーそれに、僕は、姉を、、、。
「姉ちゃんは、僕のことが好きなんだ。」
兄さんは少し苦しそうに眉を寄せた。
「それは、二人ともそういうことをしたい、ということ?」
僕は兄さんの目を見られない。
少し俯き、頷いた。
兄さんは僕の隣に来て、ぼくの横に座った。
「成人するまで、待ちなさい。」
僕は顔を上げて兄さんを見た。
「未成年では、どうしてもお姉ちゃんの方が弟を唆したことになってしまう。」
兄さんは優しく諭してくれる。
「成人まで待っても、どうにもならないよ。」
僕は自分を笑った。
「それは、姉と弟だから?」
兄さんが当たり前のことを言う。
「そうだよ。それ以外、何があるのさ。」
僕は吐き捨てるように言った。
姉弟での恋愛に、明るい未来などない。夢も希望もない。
母さんと兄さんのように、他人だったら事実婚でもできるだろう。
でも、血の繋がった肉親で、どう明るい未来を夢見れるというのか。
「私とお母さんは、本当に欲しいものだけを選んで、この形におさまった。恋愛は、一人ではできないよ。
お姉ちゃんの欲しいものと、君の欲しいもの、それぞれをよく考えてごらん。」
兄さんは、僕の目を、導く者の目で見ている。
「私は、欲しいもののために、あきらめたものがたくさんある。でも、本当に欲しいものを手に入れたくて、他はどうでもよくなったから、惜しくない。
君にとって、譲れないものは、何?」
兄さんは僕の目をのぞき込む。
兄さんの目は、深くて底がしれない。圧倒的に大きな何かに僕の心の奥を探られ、僕は息ができない。
息をつめていると、兄さんは目の力を緩めて、いつもの優しい笑顔になった。
「君たちはもともと家族だから、僕たちと違った結末を迎えるかもしれない。
お姉ちゃんの幸せを望むのはいいけれど、自分の幸せも求めないといけないよ。」
僕はとうに、姉から幸せをもらっていた。




