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僕たちは、大学を卒業し、修士課程に進んだ。研究課題に追われて忙しくなると、彼女は僕の家に来る回数が減った。
それでも、恋人の行事として甘く過ごしたい記念日に、彼女は僕のそばにいてくれた。
僕は彼女と性的な関係を進めていないけれど、精神的な結び付きは強くなっていると感じているので、満足していた。彼女の魅力は、性的な接触がなくても消えることがない。
彼女はふらりと僕のところに来て好きなだけ滞在し、ときには僕の接触を受け入れ、先に進むかと思わせたところで言葉ではなく身体で拒否を示した。
僕だって男なので、期待させられた後は身体がつらい。落ち込んでいる彼女を抱きしめてあげたいところだけれど、自分の気持ちを落ち着けないと彼女に危害を加えそうになる。
彼女から離れて心を正常にしてから彼女の元に戻る。そして、彼女とまた語らうために、彼女に大丈夫だから、と言ってあげるのだ。
修士過程に入った年の9月のある日、元気のない様子で、彼女が僕の家に来た。
彼女は玄関に入って直ぐに僕にしがみついた。
「私を抱いて。」
僕は驚いて、彼女の肩を持って身体を離し、彼女の顔を見た。
切羽詰まった様子で、彼女は僕のことを見ている。
「どうしたの?」
彼女は顔を歪めて笑った。
「どうもしていないわ。今までと同じ。」
彼女は目を伏せてこめかみを押さえた。
僕は彼女を部屋に上げて座らせ、彼女がいつも飲んでいるお茶を出した。
「あの人と、何かあったの?」
過去の人に捕われている彼女を解放したい。
僕がそばにいるのだから、もう、あの人は要らないはずだ。
彼女はどこを見ているのかわからない目で、ただ座っている。
僕は彼女の隣に座り、彼女の肩を抱いた。
彼女が嫌がらないので、そのまま床に倒して、彼女にキスした。彼女の身体に触れても、彼女の抵抗がない。
そのまま、彼女の服を脱がせていく。
彼女の素肌に口づけながら、彼女の下着も取ろうとすると、彼女が身体をかたくした。
彼女は、静かに泣いていた。
僕は嫌がる女性を抱く趣味はない。
僕は起き上がり、彼女に脱がせた服をかけて、頭を冷やすためにバスルームに入った。
僕がバスルームから出てきても、彼女はまだ服を着ずに寝転んでいた。
僕は彼女を起き上がらせて、服を着せた。
彼女が「ふふっ」と笑った。
彼女は視線をどこかにおいて、話し始めた。
「私の弟も、服を着せてくれるの。私が脱いでも、着せるのよ。」
彼女が何を言おうとしているのかわからないので、黙って聞く。
「弟は、とてもモテるの。今も、女の子から熱心に誘われているわ。」
中学生であのモテぶりだったのだ。高校生になった今ならなおさらだろう。
「私、焦って、弟に無理をさせた。」
彼女は、弟について何か言おうとしている?
彼女が僕と目を合わせた。
「私が好きなのは、弟なの。」
僕は目を見開いた。
「私は、他人を好きにならない。」
彼女は僕をじっと見ている。
僕は驚きのあまり、何も言えない。
彼女は泣きそうな顔で、無理に笑顔を作った。
「今まで、ありがとう。たくさん助けてもらったわ。」
彼女は立ち上がって、部屋を出ようとしている。
僕はショックから立ち直れなくて、何を言えばいいのかわからない。
彼女が靴を履いている。
彼女が振り向いて、僕を見た。
「大学でも会うことがあるけれど、もう、気にかけなくていいからね。本当に、ありがとうございました。」
彼女は深くお辞儀をして、僕を見ずに向きを変えて玄関のドアを開けて出て行った。
僕は一言も言えず、閉められた玄関をしばらく見ていた。
彼女が僕の前からいなくなったのだと理解して、僕は直ぐに追いかけた。僕はどのくらい、呆けていた?彼女はもう、駅に着いたのか?
走って走って、僕が駅までたどり着いたとき、ちょうど電車がホームに入って来た。
大勢の人がいる中で、人一人を見つけることは、不可能に近い。
僕はわかっていても、探さずにいられなかった。
行かないで欲しい。
僕の前から消えないで欲しい。
もう、抱こうとしないから、お願いだから、僕の隣にいて。
弟が好きでもいいから、僕から離れないで。
あなたが僕の隣にいてくれるのなら、それだけでいいから。
彼女はどこにもいない。
彼女は僕のところからいなくなって、戻って来なかった。
僕は、どうして動けなかったのだろう。
どうして引き止める言葉を発せなかったのだろう。
彼女は他人を好きにならないと言っていたけれど、僕は確かに彼女に好かれていた。
恋人に向けるような情熱的な想いとは違っても、僕の心を十分温めてくれる想いだった。
僕は大切なものを、無くしてしまった。
後悔しても、しきれない。
人との関係は、タイミングこそ重要なのだと思い知らされた。
僕はあの日に帰りたい。




