17
僕の彼女は僕に連絡をしてこない。友達だからといえばその通りなのだけれど、ちょっと寂しすぎやしないか?
僕たちは、9月の学祭にサークルで出店するための準備について話し合っていた。
当日の当番、機材を借りに行く担当、テーブルや飾りつけ担当等。
細かい打ち合わせをしつつ、楽しく準備をすすめていく。
僕が彼女にキスをした夜から、まだ二人きりになっていない。
僕たちの関係をここで止めるかどうか、僕は迷っていた。
僕が、彼女が他の男と作業しているのを見ながら考えていると、彼女の告白を見たと以前言って僕をからかった先輩が、僕のところに来た。
「彼女に浮気でもされた?」
先輩は、また僕をからかおうとしている。
「浮気なんて、されていませんよ。」
僕は笑顔で答えた。
「毎週、家で手作り料理を食べていたんでしょ?」
「ええ。」
毎週、楽しみにしていた。
「もう、作りに来ないの?」
「ああ、あれは、お礼に作ってくれていただけですから。」
だから、家に来ないし作ってくれない。
「お礼? 何の?」
先輩の目が光る。
「授業のノートを見せたり本の貸し借りのお礼です。」
この先輩は、僕たちの交際を良くないと思っているふしがあるので、僕は適当な理由を言った。
「彼女、他に好きな人でもいるんじゃない?」
先輩は僕の目を見た。
「僕に魅力が足りないせいですね。」
僕は冗談だとわかるよう、軽く言う。
「そんなに彼女が好き?」
先輩が皮肉る。
「好きですよ。付き合っていますし。」
僕は先輩の目を見る。
「裏切られていても、そう言える?」
「彼女は大丈夫です。悪い子じゃありません。」
彼女は、僕を裏切った、あなたとは違う。
先輩は、高校の頃、僕と付き合っていた。先輩にとって僕は懐いてくる後輩にすぎず、付き合っているつもりはなかったようだけれど。
「え? 私たち、付き合っていたの?」
浮気を問い質したときに、先輩にこう言われた。
僕はとても傷ついて、この後、誰ともまともに交際できなかった。
どうしても、裏切られることを危惧してしまう。
きちんと付き合っていると思わなければ、浮気されても気にならないかも知れない。
好きになりすぎなければ、相手が僕の他に誰をみていても、僕は大丈夫だろう。
彼女と友達のまま付き合うというのは、妙案だと思った。彼女だって、好きな人にフラれたからといって、すぐに僕に気持ちが移るはずがないのだ。
僕が真面目な顔で先輩を見ていると、先輩が寂しそうな顔をした。
「本気で彼女が好きなんだね。」
「付き合っていますからね。」
僕は理由を繰り返す。
彼女が僕に振り向くまで、時間がかかるかもしれない。
僕は、ゆっくりと振り向かない彼女の心に入り込んで、僕を好きになってもらうつもりでいる。
今は、友達という安全な立場から、お互いをさぐっている段階だ。
彼女は、また別の男と話している。
付き合っていると情報を流した後も、僕がそばにいないときを見計らって、男たちが彼女に話しかけていた。僕がそばに行くと、一緒に話すやつもいるが、たまに、なんでもないという様相で離れていくやつもいる。
全ての男が彼女を狙っているわけではないが、僕が彼女との交際をやめたら、この中の誰かが彼女に交際を申し込むと思われた。
僕が彼女をじっと見ていると、彼女が僕の視線に気づいて僕のところに来た。
「この前は、慰めてくれてありがとう。」
彼女は僕に笑顔を向けて言った。
「僕も楽しかった。また、一緒に飲もうよ。」
「私、お酒に弱いみたいなの。私の分はジュースでよければ、一緒に飲みたいわ。」
僕は笑った。彼女はそこまで弱くはない。家の誰かに言われたのだろう。
「いいよ。あなたの分はジュースで、僕は飲みたい物を飲むよ。いつがいい?」
「今晩は都合悪い?」
彼女の要望で、サークルの飲み会を途中で抜けて、僕の家に行くことにした。
家に着いたのは、夜7時を過ぎていた。彼女の家の人から連絡が入るのが、毎回夜9時過ぎ。
それほどゆっくりしていられない。
コンビニで買った惣菜をつまみに、僕はビール、彼女はジュースを飲んだ。コンビニのデザートも買った。彼女はそれを楽しみにしている。
ビールを一本飲み終わったところで、僕は質問した。
「友達のまま、僕とキスするのは、つらい?」
彼女はジュースの入ったグラスを持ったまま、僕を見ている。
僕は彼女の目をじっと見た。
彼女が真摯な表情で、会話を始めた。
「私には、好きな人がいる。」
「知ってる。」
「私では、決して手に入らない人。」
彼女が悲しそうな顔になる。
「あきらめきれないの?」
告白したのだから、ふっきれたのだと思っていた。
「あきらめようがないの。」
彼女の目が、遠くを見る。
「僕が待っても、無駄だということかな?」
僕の言葉で、彼女が僕のところに視線を戻した。
「あなたが付き合ってくれているから、私は助かっているわ。
他の男の人から、変に誘われなくなった。」
彼女が微笑んだ。
「僕は役にたってるんだね。」
「ええ。だから、私をあなたの彼女にして。」
彼女は微笑んでいるのに、目が強張っている。
先に進むのが、まだ怖いのだ。
「無理をしなくていいよ。僕は待てる。」
「待っても無理かもしれない。」
彼女は僕に誠実であろうとしてくれている。
僕も僕の誠意を見せたい。
「僕があなたに身体を求めなかったら、あなたは僕と、本当の付き合いができる?」
「一生かもしれないわよ?」
彼女は僕の心の底を見るように、僕の目をずっと見ている。
僕は一人の人に捕われている彼女のことを、美しいと思った。
「今、あなたが想っている人だけなら、あなたが僕以外の人を見ていても構わない。
でも、他の人は決して見ないで。」
「他なんて、興味ないわ。」
彼女は自嘲するように笑った。笑いながら、目に涙を浮かべていた。




