18
彼女の笑い方が悲しくて、僕は彼女のグラスをテーブルにおいて、彼女を僕に抱き寄せた。
「僕はあなたが好きだ。」
「待っても無駄だったら、どうするの?」
僕の腕の中で、彼女が言葉で抵抗する。
「あなたは他の人を見ない。
あなたが想う人と結ばれないのなら、僕だけがあなたと結ばれる可能性があるんだ。
あなたは、大人しく、僕の腕の中にいればいい。」
彼女が目を閉じた。
僕は彼女を僕にもたれかけさせて、頭を撫でた。
「こういう関係も、悪くないよね?」
「ええ。悪くないわ。
私も、あなたが好きよ。」
彼女が僕の身体に腕を回して抱き着いた。
彼女の「好き」には、前回同様、熱がこもっていない。
僕が彼女に対して言った「好き」とは違う意味の好意を、僕は彼女の嘘のない言葉として受け取った。
彼女は僕にもたれながらデザートを食べ、僕は彼女の温もりを感じながら、せっせと惣菜を平らげた。
遅くなる前に、彼女を駅まで送った。駅までの道筋を、僕は彼女と手を繋いで歩いた。
僕は温かな気持ちで満たされていた。
僕たちは、週に1、2回、僕の家で過ごすようになった。
彼女は夕飯を作り、一緒に食べて、会話した。それぞれの課題をしたり、一緒にノートパソコンで映画を見たり、時には僕がお酒を飲む傍らで彼女がジュースを飲んで、穏やかに過ごした。
僕は、彼女と進展がなくても安心していた。
彼女には、ずっと好きな人がいる。そう簡単に、気持ちが変わるはずがない。変わらないからこそ、彼女を信頼できる。
一途な彼女の気持ちが僕に向いたとき、彼女は僕をずっと好きでいてくれると思うから。
学祭には、彼女の弟と告白相手の男が連れ立って来た。この二人は、女性のうけがいい。他の男たちは顔が引きつっていたけれど、僕は笑顔で対応した。
「楽しんでってね。」
僕が声をかけると、彼女の弟が爽やかな顔で、はい、と返事をした。
近くで写真を撮る音がする。
彼女が、「お兄ちゃん、来てくれたんだ!」とはしゃいでいる。
「お兄ちゃん」は40代だけど、オッサンではない。俳優と間違えられたのか、写真撮影会の様相になってきた。
彼女の弟が、「お兄ちゃん」の救出に入った。
「いつも姉がお世話になっております。仕事の邪魔をしました。今日は、これで失礼します。」
爽やかかつ礼儀正しい、模範的な挨拶だ。
彼女の弟が笑顔で言い切ると、女の子の一人が買ったばかりと思われる、プラスチックに入った飲み物を差し出した。
「どうぞ。」
彼女の弟が受け取る前に、すかさず他の女の子が別の飲み物を差し出した。
「あげるわ。」
また別の子が、学祭の屋台で作った食べ物を差し出した。
「食べて。」
ほぼ同時に差し出されたものに、彼女の弟が戸惑っていると、女の子たちが食べ物を押し付けようとさらに手を前に出す。
女の子達の手がぶつかりそうなところで、彼女の弟が声をかける。
「ありがとうございます。ご馳走になります。」
爽やかイケメンだな。
彼女が弟に近寄って、弟が受け取った食べ物を持ってあげていた。
女の子たちはまた写真を撮って、人だかりになってくる。後ろから押された女の子が、つんのめって前にだされ、彼女の弟にぶつかった。
彼女の弟が手に持っていた飲み物が、ぶつかった衝撃で弟の服にかかった。
「ご、ごめんなさい!」
ぶつかった女の子は真っ赤になって謝る。
彼女の弟は、やっぱり笑顔を女の子に向けて言った。
「怪我はないですか?」
至近距離から彼女の弟に声をかけられて、女の子がさらに顔を赤くした。女の子は何かに気づいたように、持っていたハンドタオルを差し出した。
「使ってください!」
「ありがとうございます。洗ってお返しします。どちらに持っていけばいいですか?」
「え? いえ! 差し上げます!」
地味な見た目の女の子が、上手に彼女の弟と会話している。
彼女が彼女の弟に話しかけた。
「同じサークルの後輩だから、洗ったハンドタオルは私から返しておくわ。」
彼女の弟と「お兄ちゃん」は、女の子たちに引き止められ、残念に思われつつ、この場を離れた。
彼女も一旦弟たちと行動し、しばらくしてから戻ってきた。
僕は彼女に声をかけた。
「モテる弟だね。」
「そうなの。幼い頃から、弟はよくモテていたわ。」
彼女は下を向いて作業しているので、顔が見えない。
「今まで大変だったでしょ。」
「母が、対応に苦慮していたわ。」
僕が意味がわからなくて返答しかねていると、彼女が説明してくれた。
小学生の頃、バレンタインデーにチョコレートをもらうと、お返しを買うのは母親の仕事だったらしい。大量にもらって来るということは、大量にお返しが必要ということだ。
さらに、学校で物での紛失が多く、本人が几帳面な性格だから頻繁に物をなくすのを不思議に思っていると、個人面談で担任の先生から、それとなくクラスの女子たちに向けて注意した、と報告されたらしい。
保護者会や行事で他の保護者に会うと、弟に対するアピールをされ、笑顔で対応するのに顔が疲れたそうだ。
中学受験用の塾でも、女子の気が散るということで、弟は巻き込まれた立場なのにあまりいい顔をされなかったという。
「だから、弟は中学から男子校を選んだわ。でも、また塾に通いだすから、面倒なことに巻き込まれそう。」
彼女は顔を上げた。深刻な表情をしている。
「そこまでモテると、辛そうだね。」
彼女は眉を寄せて、ため息をついた。




