エピローグ~蜜月には、いまだ遠い~
「うわぁっ」
すぐ近くで悲鳴が聞こえ、私は目を覚ました。
私は何か温かくて硬い物に包まれていて、いったいこれはなんだろうと寝惚けた頭で考えて、ぺたぺたと触れた。
かたい。だけど温かくて、とても安心する。
私がのろのろと顔を上げると、青い瞳と目が合った。
そして急速に意識が覚醒していった。
「だだだだ、旦那様…!?」
「…おはよう、ティーナ…」
とても気まずそうながらも、旦那様は相変わらずの不機嫌そうな顔だった。
しかしその瞳は激しく揺れていて、とても動揺しているのだとわかった。
「おはようございます…あの、どうして…」
「わからない…朝起きたら君が俺のすぐ傍にいて…誓って言うが、俺は何もしていないからな?」
「え、ええ…それは全然疑っておりませんけれど…」
私は起き上がり、自分のいる位置を確認する。
今いるこの場所は、昨日寝た位置ではない。対する旦那様はずっと同じ位置で寝ていたようだ。
つまりは、私が寝ているうちに旦那様の方へ移動し、旦那様に抱き付いたのだろう。
きっと温かいものを探して、湯たんぽ代わりとして旦那様に寄り添ったのだ。きっとそうに違いない。
「申し訳ありません、ヴィンフリート様。私が寝惚けてしまったみたいです…」
「いや、別に気にする必要はない。……なんの試練かとは思ったが」
「はい?」
「こちらの話だ。気にしないでくれ」
旦那様はそう言って私からそっと視線を逸らした。
いったいなんなのだろう?
伯爵家は、お義姉さまの結婚の準備で忙しない。
お義姉さまは今から五か月後に結婚をされることになっている。
そのための準備で皆忙しそうだ。私も、お義姉さまのお手伝いをさせて頂いている。今日はお義姉さまのウエディングドレスのデザイン選びだ。
「お義姉さま、これなんて素敵なのではありませんか?」
私がそう言って指さしたのは、マーメードタイプのウエディングドレスだった。きっとお義姉さまの良いスタイルを活かせるデザインなはずだ。
まあ、お義姉さまは美人だから何を着ても似合うのだろうけれど。
「そうね。悪くはないけれど…もう少し派手なのがいいわ」
お義姉さまは私の指さしたドレスを見て、鼻で笑った。
「あなたが選ぶドレスは地味なのばかりね。あなたが着るわけではないのだから、あなたの好みのものを選ぶのではなく、わたくしに似合うものを選びなさいな」
「…私はお義姉さまに似合うと思って選んでいるつもりなのですが…」
「ならばあなた、センスないわね」
バッサリと切り捨てられ、私はしょげた。
すると黙って見守っていた旦那様が私をフォローするべく口を開いた。
「ですが姉上。このデザイン、姉上によく似合うと思いますよ。あまり派手すぎない方が、姉上の美しさを際立させることができるのではないかと」
「まぁ、ヴィリー…! 確かにそうね。ヴィリーが言うのだもの、間違いないわ」
「これにしようかしら」とご機嫌そうにデザイン画を見つめるお義姉さま。
ちょっとお義姉さま。それ、私の選んだデザインなのですけど?
そうツッコミたいのをぐっと私は堪えた。
こんなのは今に始まったことではないのだ。これでもお義姉さまのブラコンは、昔に比べたら少し収まってきた方だ。もちろん、レオさまのお蔭である。
「レオさまも、お義姉さまにはシンプルなドレスが似合うと、以前仰っておりましたわ」
「…まぁ。レオが、そんなことを…?」
そう言えば、お義姉さまはまんざらでもなさそうな顔をする。
喧嘩も多いお二人だが、なんだかんだ言って仲は良いのだ。
結局、デザイン画の中から三点ほどに絞り込んで作ることになった。
その中には私の選んだデザインも含まれている。
その事はとても嬉しいが、経緯が経緯だけにちょっぴり複雑な気持ちになった。
旦那様は、あの夜以来、私と共に寝るようになった。
旦那様は私に遠慮してか、私に触れようとしない。それが私はなぜだか自分でもよくわからないけれど、不満だと感じていた。
やはり、私が子供っぽいからだろうか。七歳の年の差はこうも大きいものなのか。
「…ティーナ」
「はい、なんでしょう」
ある日、いつものように寝支度をしていると旦那様が入ってきて、いつになく真剣な面立ちをして私の名を呼んだ。
いったいなんなのだろう。
「その…俺は、君にとってどういう存在だろうか?」
「はい?」
どういう存在と言われても…。
旦那様は私にとって、かけがえのない、とても大切な存在だ。だって私の人生の伴侶なのだもの。
「…急にすまない。やはりこの質問は聞かなかったことに…」
旦那様は質問を取り消そうと言葉を紡ぐ。
だけど旦那様の質問の答えを真剣に考えていた私は、その言葉を聞いていなかった。
「私にとってヴィンフリート様は…」
大切な旦那様です。
そう答えるつもりだったのに。
「とても大好きな人です」
とポロッと言葉が勝手に零れた。
旦那様が私の言葉に目を丸くする。
そして私も自分から勝手に零れた言葉に目を見開いて口を手で覆った。
だけど、私はその言葉に、何かがすとん、と落ちるように自分の気持ちを正しく理解した。
私は旦那様が好きなのだと。異性としてお慕いしているのだと。
だから、旦那様が触れてこないのが不満なのだ。
子ども扱いされるのが嫌なのは、旦那様に女性として扱って貰いたいから。
「…それは、家族のような意味合いで?」
慎重に、まるで自分に期待してはならないと言い聞かせるかのように、旦那様は私をじっと見つめた。
私は答えるのに躊躇して、首を横に振った。
「あの、私はちゃんと旦那様が好きです…お慕いしています。でも、旦那様が私をそういう風に思っていないのは…」
「本当に? その言葉は、本当なんだな、ティーナ?」
旦那様は私の話を聞かずに、興奮を抑えた声音で言った。
珍しい旦那様の様子に私は戸惑いながらも頷く。
「あの、旦那様…?」
俯いてふるふると震え出した旦那様に私が恐る恐る声を掛けると、旦那様はバッと顔を上げて私を抱きしめた。
「だ、旦那様…!?」
「───とても嬉しい。生まれて初めてじゃないかと思うくらいに、俺は嬉しい」
「あの…それはどういう…」
「父上に無理を頼んで良かった…君を諦めないで良かった」
「あのヴィンフリート様…説明を…」
「その、つまり…俺も君と同じ気持ちだと言うことだ」
旦那様はそう言って、抱擁を解いた。
旦那様の顔は少しどころではなく、とても赤い。
そんな旦那様を私は目を見開いて見つめると、「そんなに見ないでくれないか…」と恥ずかしそうに言う。
まるで旦那様の方が乙女のようだ。立場が逆じゃないだろうか。
「えっと…ごめんなさい?」
「……その…どうしたらいいのかわからないが…」
旦那様は悩んだ様子で視線を彷徨わせたあと、意を決したように私を見つめた。
「ティーナ」
「はい」
「まずは、手を繋ぐところから始めよう」
「……はい?」
「いきなりその…関係が進むのはどうかと……だからまずは手を繋いで眠るところから始めようと思うんだが…」
「はあ…」
私はてっきりいきなり進んでしまうのかと…。
まあ、いいか、と思った私はふふっと笑った。
そして旦那様に手を差し出す。
「お手をどうぞ、ヴィンフリート様?」
「……なにか違う気が…」
旦那様は首を傾げて悩んだが、素直に私の手を握った。
そんな旦那様を可愛い、と不覚にも思ってしまう。
手を繋いだまま一緒に眠る。
とりあえず、最大の目標であったお義姉さまの婿探しはクリアした。
次の目標は…手繋ぎの先へ進むこと、だろうか?
どちらにせよ、私たちの関係はまだ始まったばかり。
私は未来のことを想像して微笑み、今日は良い夢が見れそうだと思った。
ブラコンすぎて嫁に意地悪をする小姑とそれに負けないで頑張る嫁の話が書きたくて書いた話です。
本来は旦那様はログアウトの予定でした。ですが企画用に直してこんな感じに落ち着きました。
終始ヘタレなヒーローを書いてないなあ、と思いつき、旦那様はこんな感じに…!
きっとこのあと、交換日記とかしちゃうんですよ、この夫婦。
そして旦那様は嫁に「好き」と言い出せなくてもじもじするのをしばらく続けるに違いない。
陰の立役者はドロテアさまです。
一向に素直にならない小姑さまをなんとかするために、嫁を使ってなんとかさせたり、嫁が悩んでいれば旦那様に発破をかけたり。
夜会で嫁がチャラ男に絡まれているのを旦那様に教えたのも彼女です。
あとは伯爵家の使用人さんたちも地味に頑張っています。
旦那様に発破をかけたり、励ましたり…。
「切ない」「年の差」という企画の趣旨をうまく活かせず…そこは反省しております。一話くらいしか切ない想いしてません。あと、年の差。年の差という設定が全然活きてこない話になってしまいました…猛省しております。
この後の話はまた別の物語で明らかにする予定ですのでご興味のある方は読んで頂けたら嬉しいです。
その話を公開した時点でまたこちらにお知らせします。
それでは最後までお読み頂き、ありがとうございました!
【追記】
この後日の話を公開しました!
嫁もお義姉さまも旦那様も出てきます。伯爵家の騒動の話。
主人公が変わりますので、その点だけはご容赦を。
「解き屋 ~あなたの悩み、解きます~」
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