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雪月花の時  作者: 橘 花香
孤王
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08 向寒

 イシアが準備のため、領地へ帰って行ったと聞いた。作戦の決行まで、あと三週間ある。

 イシアは、魔女を説得出来るのだろうか。イシアが魔女を説得出来たとしても、出来なかったとしても。俺とイシアの関係はもう戻れないところまで来てしまったのだと思う。


 魔女。

 イシアの想い焦がれる相手。

 ベルタが語ってくれた物語のヒロイン。

 魔女は初め、英雄の敵だったが、英雄の心の美しさに心打たれ、仲間になった。その後魔女は改心し、その優しい心根で英雄を支え、そして英雄もそんな魔女を愛するようになった。そう、ベルタは語った。


 幼い俺はそんな話を鵜呑みにして、英雄になりたいと願ったこともある。ベルタが俺に英雄の話を最後までしてくれなかったのは、その後に英雄が死ぬというラストが待っていたからかもしれないと、思うようになった。ベルタはきっと、英雄の死というラストを聞いた俺が悲しむと思ったのだろう。だからこそ、英雄が死んでしまう前に、英雄たちが綺麗な物語を紡いでいるうちに、俺の前から姿を消したのかもしれない。


 そんな綺麗な話など、あるはずがないというのに。


 ベルタが死に、そして父である王が死に、俺が王になってから、俺は王の遺品である手記を受け取った。それは到底高価なものとは言えず、もう題名が見えないほど使いこまれてあったことから、古いものであることは容易に想像できた。美しいものが好みであった父が持っていたとは思えないほど、一見して汚らわしいものであり、俺もそれがベルタから父に送られたものであると知らなければ、すぐに捨ててしまっただろうと思う。


 その手記は、ベルタの祖先である、英雄の兄が書いたとされる手記であった。


 そこに紡がれていたのは、ベルタが話して聞かせた英雄と魔女の物語であったが、その内容は若干異なっていた。大きく異なっていたのは、その昔英雄が討伐したと伝えられている魔女の一族のことだ。魔女は、英雄の時代は異民族として忌み嫌われていた。同じ言葉を話すため、元を辿れば同じ民族だということは分かるが、彼女らは、皆一様に、英雄たちを憎んでいた。英雄の兄は、超能力を持つ者達が集まり、集団を作っていたのではないかと推測している。魔女とは名ばかりで、実際のところ本当に魔術と呼ばれる超能力を使うことが出来たのはほんの一握り。それ以外の人々は、そこらの人々と変わらなかったようだ。しかし、攻撃してくるのならば、討伐しなければならない。そのために、英雄は討伐隊を組んだ。英雄の兄は、その時の英雄のことをこう記していた。『女とはいえ、こちらを攻撃し、罪のない人々の暮らしを壊すのなら、容赦はしないと言っていた。しかし、そんなレイの瞳に不安や迷いがあることは確実だった』と。ベルタの話に聞く英雄は、人間として非の打ち所がないほど素晴らしい人物であった。しかし、その手記には彼の英雄としてではない苦労が書かれていた。

 結果として、彼は苦しみながらも魔女を討伐したが、その過程で一人の少女を保護したのだという。鉄格子のはまった部屋の中に一人でいたその少女。魔女の一族が、しきりにその少女のことを恐れ敬うような言葉を発していたのが気になっていたため、保護とは名ばかりの、監視のために連れて帰ったという。それが、のちのちの「魔女」となるのだが、結局のところ、彼女がなぜそのような境遇にいたのかは分からないまま、英雄と魔女は心を通わせ、そして英雄は死んだ。


 英雄の兄はたびたび心配していた。彼は、彼女の身の上に隠された秘密を長い間危惧していた。彼が調査した結果では、彼女の体には普通の魔女の数倍の魔力があっただけではあり、それが大きな問題だとは思えなかった。彼女は、魔女とは言えど一度も魔術を使ったことがなかったからだ。しかし、もし、彼女が秘められた力を持っていて、それが英雄の死というきっかけで暴走してしまったら――。


 彼は魔女に提案する。森の奥で暮らすように。そこならば、もし力が暴走したとしても、人には被害が及ばないだろう。彼女は、彼の要求を受け入れ、そしてそこで一人静かに暮らすようになった。


 それを読んだとき、これだ、と思った。英雄の血を引くベルタの復讐を遂げるために、この魔女を使ってこの世を混乱に落とし入れてやろうと思った。これこそが最大で、何より美しい復讐になる。そして、これが自分の最期を飾る大仕事になる。


 だからこそ、イシアに魔女を探すように命じた。俺も最初は、ただの昔話だと思っていた。それでも、この手記をベルタが前王に送ったのは、わけがあると確信していた。きっとこの手記は、ベルタの一族に伝わる家宝のような物なのだろう。それを人に渡すくらいだ。そして、それが俺の手に渡ったことに意味がある。魔女はいる。そして、俺は魔女を使って復讐を遂げるべきなのだ。ベルタもそれを望んでいるに違いない。


 イシアには何も告げなかった。今は告げないままで良かったと思っている。俺がこの計画をイシアに伝えていたら、彼は二度と俺の前に戻って来なかっただろう。ベルタが俺の前から永遠に消えてしまったように。


 今度こそ、たった一人の肉親を失ってしまったら、たった一人の仲間を失ってしまったらどうなるのだろうと、俺はぼんやりと考える。


 窓の外に広がるのは高い青空。冬が来ると言ったイシアの言葉はきっと正しい。すべてを凍らせる冬がやってくる。今日の日の青空はきっと、その前のひとかけらの慈悲にしか過ぎないのだろう。


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