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俺は両手を前に突き出し、いくつか試す。
「空気の刃をイメージして。――エアカッター!」
……出ない。
「水の精霊よ、黄金の両目が覗くこの世界で我が命じる。――ウォーターボール!」
……これもダメか。
『詠唱w』
『どひゃーw カ、カッチョエエェw』
『俺も今度蛇口捻るときに使おうかな。我が命じる――だっけ?w』
『厨二病のおっさんとか救えねえぞ……』
『おっさんはどうやって異世界に来たん?』
アドリブでやったにしては、センスのある詠唱だと思ったんだが。夜空に浮かぶ二つの月を瞳に見立て……って、まあいいか。
魔法を使おうとすると、体の中で魔力が動くとかって設定をよく見る。でも、そんな変化はないし、何かが失われた感覚もない。俺がよく知るラノベの世界とは違うのかもな。
それにしても賑やかな奴らだ。楽しそうに好き放題喋っている。頭の中がずっと騒がしい。
これから冒険をともにする仲間だし、自己紹介がてら質問に答えてやるか。
「帰り道、青白く光る渦を発見した。ブラック企業勤めなもんで、疲れていたのもある。営業のノルマに困っていた俺は、新規顧客獲得のために飛び込んだ。……で、気付いたらここにいたって感じだな」
この世界に来た経緯をありのまま説明した。おかしなことを言っていると自分でも思う。
危険かもしれないとか戻れなくなるかもとか、そんなことよりも先に、名刺を出して入るかを悩んだからな。
『アホやんw』
『これが本当の飛び込み営業ってやつか!』
『イカレすぎワロタ』
『なんの営業?』
『働きすぎると頭おかしくなるんだな。コワ……』
『いや、帰れなきゃ意味ないやんw』
『これからどうすんの?』
先のことを聞かれてもな。むしろ案内役なんだから、クエストなり行き先なりを指示して欲しい。
「医療機器という商品を販売していたんだが、この世界にもあるのかな? 人の健康を守るための道具とでも説明したらいいのだろうか」
実際は、病院にあるものなら全て取り扱う何でも屋みたいな商売だ。
この世界がどれくらい発展しているか分からないし、なんとなく察してもらえたら――くらいの気持ちで返した。
『へぇ、そういうのがあるんだぁ』
『イリョウキキ? 妖精でも聞いたことないわ』
『おっさんのおかげで救われた命があるってことか!』
『農作業の器具なら知ってる。鍬とか鎌とか。……あ、異世界から来たおっさんには通じないかも』
『お前らw』
俺が救った命か。
いまの会社に入社したのも、どうせなら人のためになる仕事がしたいという理由から。真っ先に思い浮かんだのが医療関係だった。
目標など持たず適当な大学に入ったので、選択肢が営業しかなかっただけ。それでも新人のときは、商品の説明を聞くたびに俺は凄い物を売るんだと胸が踊った。
蓋を開けてみれば、注文を受けて物を売るだけで、人の役に立っている実感などない。
もし救われた命があったとしても、それは俺じゃなくても救えた命だ。営業なんていくらでも替えが利く。
「ちょっと歩いてみようかな。まずは人に会わないと」
おっさんてのは、すぐ湿っぽくなっていけない。
気持ちを切り替えて、夜の街を散策することにした。
もし日本と同じ時刻であれば、夜中の二時ってところか。
路地を抜けると大通り。この世界にも街灯があるらしい。舗装された道の両脇に、等間隔でポールが立っている。上にランプがついているけど、明かりが灯っているものは一つもない。
月明りだけが頼りだ。しかし、歩けど人は見当たらない。遅くまでやっている飲み屋もなさそうだ。
建物はたくさんあるのに、窓はどれも暗い。街灯が消える前に寝る、そんな規則正しい生活を送っているのだろうか。
明るくなるまで待つ必要がある。
「こりゃ無理だ。いったん寝るか」
公園のような広場を見つけたので、ベンチに腰掛ける。そして、リュックを枕にして横になった。
目を閉じると、今日の疲れがどっと押し寄せてくる。
体というよりは脳の疲労が大きいようだ。
『え、始まったばかりなのにもう眠るの?』
『こんなとこで危なくないのか?w』
『おっさん自由すぎんだろw』
『なにが悲しくておっさんの寝姿見守らなきゃあかんねん!』
妖精が煩いけれど問題ない。
昼休憩のわずかな時間だけでも寝ておかなければ体がもたない生活を続けてきたのだ。
目を閉じれば……ほら、意識が勝手に沈んでいく。




