騒がしい店
◇◇◇
小さな国の片田舎。
一年前に開店した小さな食堂『暗殺者のパスタ屋』は、開店から半年間、全く繁盛していなかった。
容姿はいいが、信じられないほど態度が悪い店員。
愛想はいいが、恐ろしいほど不味いパスタ作るコック。
潰れるのは時間の問題だと思われていた。
だが半年ほど前に、大きな転機が訪れる。
突然二人の店員が増えた。
全く繁盛していない食堂に、新規スタッフなんて誰もが無謀だと思っていた。
だが、この二人の加入は大きな変化を生んだ。
料理の腕は一流の、元気な美少女コック。
接客されれば誰もが惚れる、清楚な美少女スタッフ。
不味くて愛想のない店から、上手くて可愛い店へ変貌を遂げる。
小さな食堂は、またたく間に行列のできる店に変わっていった。
――
「おいヴァン! 皿っ!」
「自分で並べろ」
「調理中だろうが!」
コックの一人マルヴェスが、忙しなくフライパンを振っている。
「もう仕上がんだよ!」
「待ってて、マルヴェス。今並べるから」
「フェルリッサは本当に仕事ができるなあ」
「うふふ、ありがとう」
キッチンの奥で、四つのフライパンを同時に振る女コックがいた。
「フェルリッサ! そのバカと話すと、バカが移るわよ」
「おいおい、お嬢ちゃん褒めるなよ」
「褒めてないわよ! オーダー溜まってるんだから早く仕上げなさい!」
「はいはい。マジでうっせーな。そんなんじゃ結婚できねーぞ」
「うるさい! バカ! 死ね!」
「褒めるなって」
どうやってマルヴェスを殺そうか考えながら、エルザは五つ目のフライパンを動かし始めた。
エルザは風魔法を使い、多数のフライパンを同時に処理している。
元風の聖女たるエルザなら、これくらいは簡単だ。
大繁盛しているこの店を切り盛りできているのは、このエルザの風魔法が大きな要因だった。
そしてもう一人。
「っていうか、あんた自分でできるでしょ!」
「分かったよ。自分で並べるっつーの」
マルヴェスが調理台に視線を向けると、五つの皿が並べられた。
最強の殺し屋、糸使いのマルヴェスは糸を操る。
しかも糸に魔力を込めることができるため、体の一部のように扱うことが可能だった。
「マルヴェス、暗殺者のパスタ二皿追加だ」
「はいよ! おめー、オーダー取れるようになったじゃねーか!」
「うるさい。早く作れ」
今日はいつになく忙しい。
客足が途絶えない。
「ヴァン、四名様のオーダー取って」
「分かった、フェルリッサ」
ヴァンがホールに出ると、女性客が黄色い歓声を上げる。
今やヴァンの無愛想さは、店の評判の一つだ。
何が受けるのか分からないと、エルザは不思議がっていた。
ヴァンは無造作にテーブルに水を置く。
「注文は何だ?」
「あ、あのお勧めは?」
「暗殺者のパスタだ」
「きゃあ!」
女性客が口に手を当て歓喜の声を上げる。
直後に頭を下げた。
「す、すみません。それをお願いします」
「分かった」
一切の表情を変えず、キッチンへ向かうヴァン。
「あの態度、堪らないわね……」
「はあ、ヴァンさんかっこいい」
女性客の中で、あえてヴァンにお勧めパスタを聞くという謎の行動が流行っていた。
「マルヴェス。暗殺者のパスタ四つだ」
「はいよ! 今日はマジでヤベーな!
注文を聞き、左手で右肩を抑えながら大きく回すマルヴェス。
「あー忙し忙し。もうおっちゃん肩いてーよ」
「黙って作んなさい!」
「このおばちゃん、いつもうるせーのな」
「こ、殺す」
糸を駆使して、四つのパスタを同時に調理するマルヴェス。
人を殺す道具が、人を喜ばすための道具に変わっている。
「キッチンは戦場と言うが、違う意味で戦場だな」
マルヴェスを見つめるヴァンは、僅かに口角を上げた。
「あいつ、変わったな。ふっ」
ヴァンが軽く笑う。
最も変わったのは、自分自身だということに未だ気づかないヴァンだった。
――
「くうう、今日の昼は忙しかったな」
昼の営業を終え、マルヴェスがホールの椅子に座り込む。
エプロンを外し、グラスの水を飲み干した。
「本当ね。でも、これもあなたの料理が上手くなったからよ」
「褒めても何もでねーぞ、嬢ちゃん。あははは」
マルヴェスの味覚は失われたままだ。
味が分からないコックの料理なんて、美味いわけがない。
だが、エルザに教わりながら、マルヴェスは完璧な動きを身につけた。
味は分からなくとも、塩の一粒までコントロールする。
ヴァンと並ぶ最高の殺し屋は、動きで味を再現していた。
「褒めてないわよ。本当に凄いと思っているのよ。ふふふ」
「なんだ、俺に惚れたか?」
「はあ? 私にはヴァンがいるもの。間に合ってます」
「相手にされないのに?」
「う、うるさいわね!」
「聖女を捨てて、こんな田舎にまで来たのにな」
「べ、別にいいのよ。今、楽しいもの……」
「そうか、そりゃ良かった。あははは」
二人が座るテーブルに、ヴァンが大皿を置く。
「おい、賄いができたぞ」
「お、美味そうじゃねーか! ヴァン!」
今日の賄い担当はヴァンだ。
味覚が戻ったヴァンは、エルザの教えの元、調理を憶え始めていた。
とはいえ、味覚があるというのに、マルヴェスには敵わない。
いや、なまじ味覚があるからダメなのだろう。
マルヴェスはエルザの動きを完璧にトレースしていた。
ヴァンもできるのだが、味見をすることでそれが崩れていく。
「ヴァンの味付けはイマイチなのよね。虫ばかり食べていた弊害ね」
「ムカデは美味いぞ?」
「や、やめてよ! 今から食事するのよ!」
「なんなら焼くか? 在庫はあるぞ?」
「もう! ふざけないで! 呼吸を止めるわよ!」
聖女をやめたエルザだが、今も魔法は使える。
エルザの師匠である魔術師ルディが、エルザを聖女から解放した際に、その膨大な魔力を安定させることに成功した。
そのため、聖女時代と同じように風魔法を駆使する。
いや、むしろその威力も精度も上がっているかもしれない。
その証拠に、度々ヴァンとマルヴェスだけの空気を止めるという、極悪な魔法を使っていた。
それでも、この二人は動じない。
数々の地獄の訓練のおかげで、しばらく呼吸を止めても全く影響がなかった。
「フェルリッサ! 食事にするわよ!」
「はーい。今行くよ」
四人が揃い、ヴァンの作ったパスタを各自が小皿に取る。
「美味いな」
「うーん、塩が足りないわね」
「ヴァンの作ったものは何でも美味しいよ」
ヴァン、エルザ、フェルリッサが感想を述べながら、フォークを口に運ぶ。
マルヴェスだけが無言で食べていた。
「どうした? いつもはもっと騒がしいだろ?」
黙って食べるマルヴェスに、ヴァンが問いかけた。
「いや、いいなあって……」
「今に始まったことじゃないだろ」
「そうだけどよ……。やっぱ、味わってみてーよ……」
珍しく声に元気がないマルヴェス。
その時、店の扉が空いた。
カランと鈴の音を響かせる。




