配信外では、名前で呼んで
第六話まで読みに来てくださってありがとうございます。
今回はかなり「配信外」の温度を意識した回です。
カメラの前では平気だった距離感が、二人きりになるだけで急に危険になる。
言い訳がなくなった世界で、同じ言葉や触れ方がまったく別の意味を持ち始めます。
特に今回は、“名前呼び”がテーマです。
名前って不思議で、距離が変わる瞬間を一番分かりやすく表してしまうんですよね。
だからレイはかなりずるいことをしています。
そしてミオは、そろそろ限界です。
それでは第六話、どうぞ。
「……いつまで握ってるの」
帰り道。
駅前のイルミネーションの下で、私は小さく言った。
レイは私の手を握ったまま、前を歩いている。
「嫌だった?」
「そういう話じゃなくて」
「じゃあいいじゃん」
よくない。
全然よくない。
営業終了した翌日に手繋いで帰ってるの、意味が分からない。
しかも。
「……見られたらどうするの」
「マスクしてるし」
「そういう問題じゃないでしょ」
レイは少し笑った。
「ミオ、配信ないと急に弱くなるね」
「うるさい」
本当にそうだった。
配信中なら平気だった。
カメラがあるから。
“演技”って言い訳できたから。
でも今は違う。
誰も見てない。
仕事でもない。
なのに触れられてる。
それが、怖い。
◇
その夜。
私はベッドの上でスマホを抱えて転がっていた。
眠れない。
原因は分かってる。
手。
帰り道の手。
何回思い出すんだ私は。
通知。
レイからメッセージ。
『起きてる?』
心臓に悪い。
『起きてるけど』
『通話する?』
断ればいいのに。
本当にそうなのに。
『少しだけ』
送ってから、自分で頭を抱えた。
数秒後、通話が繋がる。
「……もしもし」
『もしもし』
イヤホン越しの声が近い。
配信の時とは違う、静かな声。
「何」
『ミオの声聞きたかった』
「……っ」
やめてほしい。
そういうの。
営業じゃなくなった今、それは反則だ。
「レイさ」
『ん?』
「最近ずるくない?」
通話の向こうで、小さく笑う気配がした。
『やっと気づいた?』
「自覚あるんだ……」
『あるよ』
即答。
しかも全然悪びれない。
『だってもう営業終わったし』
その言葉に、胸がざわつく。
終わった。
そのはずなのに。
「……終わったなら、なんで」
『なんで?』
「なんでそんな距離近いの」
少し沈黙。
そして。
『好きだから、じゃだめ?』
呼吸が止まる。
本当に。
一瞬、何も考えられなくなった。
「……それ、冗談?」
『ミオは冗談に聞こえる?』
聞こえない。
全然。
だから困る。
「っ、分かんない……」
『そっか』
レイの声が少しだけ柔らかくなる。
『でも安心した』
「何が」
『ちゃんと困ってくれてるから』
「最低」
『知ってる』
通話越しなのに、顔が熱い。
こんなのもう。
営業よりたち悪い。
◇
翌日。
事務所の廊下で、私はレイとばったり会った。
「おはよ」
「……おはよ」
昨日の通話を思い出してしまう。
無理。
顔見れない。
「ミオ」
「なに」
「こっち向いて」
「やだ」
「なんで」
「なんでも」
レイが小さく笑う。
そのまま私の近くまで来て、耳元で囁いた。
「配信外では、名前で呼んでよ」
「……は?」
「“雨宮さん”とか“レイさん”じゃなくて」
距離が近い。
心臓がうるさい。
「だって昨日、通話で“レイ”って呼んでくれた」
「っ……!」
終わった。
確かに寝ぼけて一回呼んだ。
あれ覚えてるの!?
「忘れて!!」
「やだ」
レイは楽しそうに笑う。
でも次の瞬間、その目が少しだけ真面目になった。
「もっと聞きたい」
その一言だけで。
胸の奥が、また静かに壊れる音がした。
第六話を読んでくださってありがとうございました。
ついにレイが、かなり明確に踏み込み始めました。
「好きだから、じゃだめ?」
この台詞、言った本人は比較的冷静そうに見えますが、内心かなり賭けに出ています。
ミオはまだ“恋”という言葉を飲み込めていません。
でも、拒絶もしない。
だからレイは少しずつ距離を縮める。
逃げられる余白だけ残して。
今回個人的に好きなのは、
「ちゃんと困ってくれてるから」
の部分です。
レイにとって、“困る”はかなり大事な反応なんですよね。
無関心じゃない証拠だから。
あと、名前呼びイベントは強いです。
創作界の心臓直撃兵器。
ここから二人は、さらに“営業では説明できない関係”へ近づいていきます。
ではまた次回。




