第62話 出来ること
「……お、俺たち人間が『害獣』だあ……⁉︎」
聞き捨てならないジゼルの言葉にジャンは壁を力一杯打ちつけた。
「————ふざけんな! 『晄石狩り』が出て来たのは『晄石獣』が人間を襲うようになったからだぜ⁉︎ 順序がおかしいじゃねえかッ‼︎」
「だからミロワ嬢が『晄石』を擬似餌と言ったのさ」
「……どういうことだよ……⁉︎」
「資源となる『晄石』を餌にして欲深い人間を大量に釣るために『晄石獣』はあのような姿をしているのだろう。そして、『地母神』の予想した通りに人類は『晄石狩り』を組織して大々的に『晄石獣』を狩り始めた」
「…………!」
うつむいて歯噛みするジャンに追い討ちを掛けるようにジゼルは続ける。
「普段から多くの人間が気にしてはいないだろうが、『晄石獣』が出現する前から人類は地球を切り崩して繁栄を図ってきた。山を切り開いて木を伐採し、金や銀を採掘してきた。石油などもそうだ。順序と言うなら、やはり人類が先かも知れないね」
ここまで聞いたジャンは顔を上げて、訴えかけるように腕を広げた。
「……なんだよ、そりゃあ……! 便利に暮らしたいと思って何が悪いんだよ! そんなんで滅ぼされてたまるかよ‼︎」
「ジャンくん————」
「————ジャンの言う通りだ」
声を掛けようとするジゼルに先んじて口を開く者がいた。
「確かに人類は繁栄を求めるあまりに間違いを犯しているのかも知れない……。だが、だからと言って全人類を粛清しようなどという独善的な考えを俺は認められない……‼︎」
「アニキ……!」
「……ふむ、ではタスクくんはジャンくんと同じく『地母神』に立ち向かうということだね?」
「ああ。『鏡人』を使って憎しみの連鎖を生み出す『地母神』のやり方はやはり間違っていると思う」
一切の揺るぎも見せることなく答えたタスクにうなずいたジゼルはリンファとミロワへと顔を向ける。
「女性陣の答えは?」
「そんなん決まっとるがな。ウチはタスクと一心同体じゃ……!」
タスクに熱い眼差しを向けながら宣言するリンファに対抗するようにミロワも力強くうなずいた。
「私もみんなと同じ気持ちよ。世界中で『鏡人』たちが起こしている悲劇を私は止めなければいけない……‼︎」
「キミたちの気持ちは分かったよ。では、具体的にどうやって『地母神』を止めるつもりなんだね? 相手は住所不定の存在なんだよ?」
「そ、そりゃあ……」
言い淀むリンファに代わってジャンが得意げに口を開く。
「————とりあえず、外にある『鏡人』の死体を使うってのはどうだ⁉︎」
「どういうことだ、ジャン?」
「アレを軍や政府に持ち込んで訴えんだよ。ヤベえ奴らが人類を滅ぼそうとしてるってよ。相手は地球だ、何をするにしてもこっちにもデケえ味方が必要だろ?」
「それは止した方がいいな」
せっかくのナイスアイディアを否定されたジャンがジゼルに噛み付く。
「なんでだよ!」
「考えてもみたまえ。一介の『晄石狩り』に過ぎないキミが正体不明の生物の死骸を関係機関に届けた場合を」
「……ど、どうなるってんだよ……?」
「まあ間違いなくキミはテロリストや敵国のスパイか何かかと疑われて、拘束された後に厳しい尋問を受けることになるだろうね」
「…………! そ、そんじゃあ、一応、社会的地位のあるハカセが発表すれば……」
「残念ながら、先に発表した『地球生命体説』によって私は学会や世間から信用度ゼロの状態だ。勿論『鏡人』の研究発表はしたいところだが、しっかりと準備して時期なども見定めなければならない」
「……それじゃ、どうすりゃいいんだよ……!」
頭を抱えるジャンの肩をポンと叩きタスクはミロワへ尋ねる。
「ミロワ。お前は『地母神』の声が聞こえるんだろう? お前から向こうに発信することは出来ないのか?」
「……私からは『地母神』に声を送ることは出来ないわ。ごめんなさい……」
「そうか、謝ることはない。では、出来ることをやっていくしかないな」
「タスクくん、出来ることとは?」
ジゼルの声にタスクは腰に差した刀を力強く握り答える。
「————今度こそゼンマを斬る……! 『鏡人』たちを止めていけば『地母神』も黙ってはいないはずだ……!」
「そうじゃな! 師姉の魂を慰めるためにもルゥインを倒すんじゃ!」
「……けど、ミロワちゃんが『鏡人』の気配が分かるっつっても、遠すぎるとダメなんだろ? 奴らがドコに行ったかなんて分かんねえよな……」
「いや……、あくまでも可能性だが分かるかも知れない」
「ホンマか、ジゼル⁉︎」
興奮気味のリンファの声にジゼルは指を立てて見せる。
「ジャンくん。確か、この街の『晄石』工場が何者かに破壊されていたと言っていたね?」
「あ、ああ……」
「恐らく犯人はリンファ嬢の姉弟子をコピーした『鏡人』だろう」
「ルゥインが……?」
「これもあくまでも予測だが、彼らは人類の粛清と同時に工場施設を破壊する指示を受けているんじゃないかな」
「……なるほど。ジゼル殿、それではゼンマたちが向かった先とは……?」
「ゴール国最大の工業都市————『グロンダン』」
「グロンダン……!」
「ここから南に650キロほど先にある港湾都市だよ。彼らの狙いが工場施設の破壊でもあるなら、間違いなくいずれかの『鏡人』がグロンダンに現れるはずだ」
ジゼルの推察に一同は眼を合わせてうなずく。
「次の目的地は決まったな……!」
「ええ、まずは彼らを止めましょう……!」
「よっしゃ! やっちゃるで!」
「意気が上がるのは良いが、いい加減に昼食にしないかね? もうとっくに正午を過ぎてしまったよ」
グーとお腹を鳴らせて話すジゼルにタスクも含めた全員が笑みを漏らした。
◇
————研究室には、ヨアンとオリヴィエの遺体を熱心に調べるジゼルのかたわらで何やら考え込むジャンの姿があった。
「……なあ、ハカセ」
「…………」
「ハカセってば!」
「————なんだね! いま私は『鏡人』の研究で忙しいんだ!」
「アンタ、よくそんなことやってられんな。俺たちゃ神サマに命を狙われてんだ。いつ『鏡人』が襲って来るか分かんねえんだぜ?」
ジャンに尋ねられたジゼルは溜め息をついて振り返った。
「今更バタバタしたところですぐに解決はしないからね。それに、生きた『鏡人』が向こうから現れてくれるなら諸手を挙げて歓迎するところだが、恐らくその可能性は低いだろうね」
「なんでだよ?」
「彼らは肉体的な強さを持った人間をコピーするんだろう? だったら私をターゲットにすることはないと思うよ」
「…………」
ジゼルの答えに納得した様子のジャンは天井を見つめて話題を変える。
「なんだってそんな回りくどいマネをするんだろうな……」
「ん?」
「神サマが人類を滅ぼすってんなら、天変地異を起こすとかすりゃ手っ取り早えんじゃねえの……?」
「ああ、例の『箱舟』みたいにかね? それを実際にやると地球が大きなダメージを負うからだと思うよ?」
「なるほどね……」
「それと、もしかすると————」
「あん?」
アゴに指を当てる仕草を見せるジゼルだがすぐに首を振った。
「……いや……、ところでタスクくんたちは?」
「アニキなら一人で精神統一してて、ミロワちゃんとリンファちゃんは庭でスパーリングしてるぜ」
「そうか。明朝、出発するんだろう? 準備もあるだろうし、キミも休んだらどうだね?」
「……アンタは付いてかねえの?」
「久しぶりにフィールドワークも行きたいところだが、私が付いていっても足手まといになるだろうし、こうして貴重な検体が手に入ったからね。私は私の出来ることをするよ」
「…………そうか……」
つぶやいたジャンは重い足取りで研究室を出て行った。




