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鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第7章 血の日曜日

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第48話 鏡花の意志

 背後からの気配を感じたゼンマは掲げていた太刀を下げた。

 

「……全てを思い出せたようですな……」

 

 声を掛けられた女はコクリとうなずいて答える。

 

「……ええ、わたしに与えられた『使命』も何もかも……」

「それはなにより————して、何故こちらへ……?」

「あなたを、止めに……!」

「……ほう」

 

 ゆっくりと振り返ったゼンマは探るような眼でミロワの顔を見つめた。

 

「……やはり、成長が完了する前に人間に触れ合ったことが影響を及ぼしているのか……?」

「そう……。今のわたしは鏡花(きょうか)でも、『母』の子でもない。一人の人間・ミロワよ……‼︎」

 

 曇りなき(まなこ)で言い切るミロワにゼンマはゆっくりと首を振った。

 

「……十年前、君が鏡花殿を上手く『写せて』いれば————」

「————違うわ」

「何……⁉︎」

 

 眉をひそめるゼンマに対しミロワが力強く答える。

 

(たすく)を想う鏡花の強い愛情が『母』の意思すらも退(しりぞ)けたのよ……‼︎」

「出来損ないが戯言(たわごと)を……‼︎」

 

 その言葉に尊厳を傷つけられたようにゼンマは表情(かお)を歪めたが、すぐに能面のような顔つきを取り戻した。

 

「————ならば、やはり貴様はもう我らの同志ではない。ここで処理させてもらおう……!」

「その傷で出来るのかしら……⁉︎」

「…………ッ」

 

 意識が傷に向けられると同時に胸から鮮血が溢れ出し、全身に脂汗が浮かび上がる。

 

 傷口を押さえながら太刀を振り上げたゼンマだったが、背から立ち昇っていた(ほのお)は消失し、青黒かった肌の色も人のものに戻ってしまっていた。

 

「……(あるじ)(めい)は絶対————ッ‼︎」

 

 振り下ろされた剣には先ほどまでの鋭さは見られず、いとも容易(たやす)くミロワに躱されてしまう。

 

「……さようなら、月代(つきしろ)様————」

 

 ミロワの当身(あてみ)を受けたゼンマの身体が鐘楼の外へと押し出された。瞬間、その身に重力が襲い掛かり、鐘楼の(ふち)へと飲み込まれていく。

 

「私は死なぬ————」

 

 高さ20メートルを超える鐘楼である。『神降ろし』の力を失った人の身で耐えられる高さではないが、数秒の後も落下の衝撃音は聞こえなかった。壁に太刀を刺せない距離へと押し出したはずにも関わらず。

 

「————‼︎」

 

 下を覗き込んだミロワが目撃したものは、血に(まみ)れた大虎に襟首を咥えられたゼンマの姿であった。

 

「ッ待ちなさい!」

 

 声を荒げて手を伸ばしたが、その間にもパイフゥは物凄い速度で走り去って行く。

 

「…………くっ」

 

 口惜しげに唇を噛んだミロワだったが、すぐに気を取り直して(いん)を結ぶ。

 

「……オン バロダヤ ソワカ————」

 

 

        ◇

 

 

「————おい! 見ろ、あっち‼︎」

 

 ジャンの声にタスクを背負ったリンファが振り向いてみれば、先ほど業火に包まれていた区画に雨雲が集まっているのが見えた。

 

「おかしくねえ⁉︎ こんな晴れ渡ってんのに、何であそこだけ————」

「知らんがな! 今はタスクを医者に診せるのが先じゃ! それに雨が降るんなら火が消えてええじゃろうが!」

「そ、そりゃそうだけどよ……」

 

 まだ何か言いたげなジャンにリンファの怒声が飛ぶ。

 

「もうええけえ、(はよ)う案内せえッ‼︎」

「もうすぐ着くって! つーか、その方言(こえ)えよ。俺、以前(まえ)のカタコトだったリンファちゃんの方が好きだったなあ……」

「おめえに好かれても全然嬉しゅうねえわ!」

 

 街路樹から飛び掛かって来た『ヒョウ型晄石獣(ジェムート)』に回し蹴りを決めながらリンファが答えると、ジャンはガックリと肩を落とした。

 

「……ミロワちゃんと言い、何で俺ってこんな嫌われんの……⁉︎」

「まだブツクサ言うとるんか————」

「————着いた、着いた! あそこが変態学者の家だ!」

 

 ジャンが指差した先に見える屋敷は無論、ジゼルの住居兼研究所である。

 

 ジャンとリンファが昏倒するタスクを担ぎ込むと同時に、遠くの雨雲から救いの雨が降り出した。

 

 

 

 

 

 ————ロワゴールの街の外れにある高台に一頭の『トラ型晄石獣(ジェムート)』の姿があった。

 

 その背には瀕死の重傷を負った剣士が息も絶え絶えといった様子で横たわっており、かたわらでは地面に垂直に立てた『偃月刀』の刃に乗った黒髪の女が首都の街に降り注ぐ雨脚を眺めていた。

 

 2メートルを超える長物の先に片足立ちしておきながら、その身は小揺るぎもしていない。途轍もない平衡感覚の持ち主と言えよう。

 

「……尋常の雨で『不動明王(フドウミョウオウ)』の『迦楼羅(カルラ)(エン)』が消えるはずが……⁉︎」

「…………鏡花、殿の力だ……」

「何……?」

 

 偃月刀の上で腕組みをしたままルゥインが訊き返す。

 

「……あの、雨はおそらく……、鏡花殿————いや、ミロワが宿した『水天(スイテン)』の力によるもの……」

 

 大きく息を乱しながらゼンマが答えた。

 

「ミロワだと? どう言うことだ?」

「アレが、(あるじ)の意思に染まらず眠っていたのは……鏡花殿の意志によるものだそうだ……。今のアレは……鏡花殿の記憶と意志が融合された人間————ミロワとのこと……」

 

 ゼンマの返事にルゥインは珍しく表情を崩した。

 

「……信じられん……‼︎ たかが人間が、(あるじ)の意思すらも跳ね除けると言うのか……⁉︎」

「しかし……、それが確かなことだ……」

「…………」

 

 長い間沈黙していたルゥインは平静を取り戻し再び口を開いた。

 

「————この地での仕事は果たした。ここで奴を迎え討ってもいいが、お前を失うのは痛手になる。次なる地に向かうとしよう」

「……すまぬ……!」

「人間のような口を利くな。(あるじ)の駒を(いたず)らに失う訳にはいかないだけだ」

「…………」

 

 ルゥインが背に降り立ったのを感じたパイフゥは咆哮を上げて南へと走り出した。



   ———— 第8章に続く ————

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