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鏡合わせのミロワール  作者: 知己
第7章 血の日曜日

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第44話 琳華と路影

 ジャンの窮地を救った女は手にした槍状の武器で(おのれ)の3倍はあろうかという大虎の牙を受け止めていた。

 

 雪のような毛並みを真っ赤に染めたパイフゥが唸り声を鳴らしながら押し込もうとするが、黒毛馬にまたがった女は一体その細腕のどこにこのような怪力が秘められているのか、押し込まれるどころか逆にパイフゥの巨体を少しずつ後退させていった。

 

【————()ッ!】

 

 気合いと共に『青龍戟』を振り払うと、パイフゥは豪快に吹き飛ばされて数メートル先の壁面に激突した。砂煙が巻き起こり、パラパラと瓦礫の粒が地面を打つ。

 

「————リンファちゃん……、アンタ、リンファちゃんだろ⁉︎」

 

 九死に一生を得たジャンは()が空いた頃合いで命の恩人に話し掛けた。

 

 振り返ったその顔はジャンが指摘した通り、エティエンヌの街でタスクと一戦交えた神州(シンシュウ)人の武術家・リンファであった。

 

「…………?」

 

 しかし、リンファはジャンのことを覚えていないのか怪訝な表情を浮かべている。

 

「俺だよ、俺! タスクのアニキと一緒だったジャンだよ! マジでありがとう‼︎」

 

 タスクの名を耳にしたリンファはパアっと笑みを見せた。

 

「————ああ! タスクの舎弟じゃった男じゃな! その間抜け顔、ようやく思い出したわ!」

「…………ん?」

 

 リンファは以前会った時と比べて流暢にゴール語を話したが、ジャンはその話し方に首をひねった。

 

「タスクの後を追ってこの街に来て正解じゃった! せえで、タスクは何処におるん⁉︎」

「……い、いや、俺もアニキを探してんだけど————つーか、その話し方どうしたんだよ⁉︎ めちゃくちゃ訛ってんじゃんか!」

「ああ、コレか。タスクと楽しゅうおしゃべりしとうてウチ、あれから必死に勉強したんじゃ……!」

「……いったい誰に習ったんだよ……」

 

 ポッと頬を染めて話すリンファにジャンがボソリとツッコんだ時、巻き上がっていた砂煙の中からパイフゥがのっそりと姿を現した。さほどダメージを受けてはいない様子だったが、威嚇するように剥き出した自慢の牙には大きな亀裂が入っていた。

 

「うげっ! ピンピンしてやがる!」

「ジャン、言うたか。危ねえけえ下がっとれ」

 

 ジャンを下がらせたリンファは手にした青龍戟をパイフゥではなく、静観していたルゥインに向けて突き出した。

 

【ようやく、ようやく見つけましたよ。路影(ルゥイン)師姉(姉弟子(あねでし))……‼︎】

【……琳華(リンファ)か……。西国(ここ)で何をしている?】

【————決まっているでしょう! 師父たちの仇を討つためです……‼︎】

【…………】

 

 沈黙する姉弟子に対し、リンファは懐から位牌を取り出した。

 

【愛しき(ひと)の背中を追って辿り着いたこの街で邂逅できるとは、これぞ亡き師父の(たましい)のお導きによるもの……‼︎】

【……ご苦労なことだな……】

【なんですって————】

 

 リンファが眼を怒らせた瞬間、対峙していたルゥインがスッと首を動かした。同時に大きな破裂音が木霊(こだま)し、先ほどまでルゥインの眉間があった場所に小指ほどの穴が空いた。

 

「————銃声⁉︎ どっから……⁉︎」

 

 何者かの銃撃に気付いたジャンは瞬時に腹這いになり、狙撃犯の居場所を探す。

 

 一方、狙撃されたルゥインは特に慌てることもなく足元の小石を拾った。

 

 

 

(————クソッ! なんで()けられたんだ⁉︎)

 

 狙撃犯は先ほどパイフゥに蹂躙された『晄石狩り(ハンター)』たちの生き残りだった。元々気弱で及び腰だったこの男は仲間が食い殺されるのを目撃した途端に隙を見て飲んでいた酒場に隠れたのであった。

 

 男は単発式ライフルの排莢を行いながら心の中で毒づく。

 

(あの女だ! なんだか知らねえが、あの女が『無色角(ムショクヅノ)』を操ってやがるんだ! あの女さえ殺せば————)

 

 次弾装填を終えた男は物陰に半身を隠し、再び銃口をルゥインに向けて構えた。

 

(次こそは風穴を空けてや————ッ⁉︎)

 

 しかし、眉間に風穴が空いたのは男の方であった。それも小石(・・)ほどの大きさの————。

 

 

 

 男が倒れ込んだ音を確認したルゥインは伸ばしていた指を静かに収める。ルゥインの『狙撃』を目撃したジャンは呆気に取られて言葉を失った。

 

(な、何モンだ、このネエちゃん……⁉︎ 小石を指で弾いてレンガの壁を貫通させやがった……‼︎)

 

 だが、リンファは驚く様子もなく言葉を掛ける。

 

【師父を凌駕するほどの『指弾(しだん)』の腕前。流石ですね、路影(ルゥイン)師姉】

【……訊かないのか。私が師父たちを手に掛けた理由を】

【私の知っている師姉ならこう言うでしょう。「知りたければ腕ずくで訊け」と……】

【その通りだ】

 

 ルゥインがほんのわずかに口角を上げると、リンファは乗っていた黒毛馬からひらりと舞い降りた。

 

「ヘイワン、ここまでありがとうな。おめえも下がっとって」

 

 リンファに首筋を撫でられた黒毛馬————ヘイワンはブルルといなないて、離れたところに立つジャンの元まで移動した。目と鼻の先に獰猛な大虎の姿が見えているはずだが、賢い彼は『晄石獣(ジェムート)』が自分に襲い掛かることはないと理解しているようである。

 

 その様子を見たルゥインはいまだ殺気立っているパイフゥに視線を向けた。ルゥインの意を察したパイフゥは逆立てていた獣毛を寝かせて、その場に伏せた。

 

【————それでは始めようか。手早く終わらせよう】

 

 ルゥインが偃月刀を構えると、呼応するようにリンファも青龍戟を持ち上げる。

 

【ええ。でも、その前にしゃべってもらいます。必ず……‼︎】

 

 穂先を軽く打ち合わせると同時に両者は距離を取った。

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