第41話 黒髪の烈女
ゼンマの声に反応したタスクが振り返ると、後方の三階建ての建物の屋上に悠然と佇む大虎の姿が見えた。
雪のような真っ白な毛並みに通常の虎の倍はあろうかという恐るべき巨躯、そして何より眼を引くのが額から伸びる水晶のような一本角————最上位ランクの『無色晄石』を持つ『トラ型晄石獣』である。
このような『無色角』の目撃例は極めて少ないが、熟練の『晄石狩り』が数十人掛かりでようやく仕留めたという逸話がまことしやかに語り継がれており、伝説級の魔物の出現にタスクは眉をひそめた。
(……あれが『無色角』か……! だが、『晄石獣』にここまで侵入を許しているということは————)
その時、タスクを見下ろしていた『トラ型晄石獣』が唸り声を上げて跳躍した。
飛び掛かって来る魔物を迎え打つべくタスクは警戒の構えを見せたが、予想に反して『トラ型晄石獣』は獲物を飛び越え、ゼンマの元に降り立った。
「————すまん。遅くなった」
『トラ型晄石獣』が言葉を話した————のではなく、その声は『無色角』の背から発せられたものだった。
年齢は三十ほどであろうか。艶のある黒髪をきっちりと結い上げた髪型に、中性的な顔立ちとかすれ気味の声からは判別しにくいが、細くしなやかな肢体から女性であると察せられた。その着衣は西洋の物でも扶桑の物でもなく、特徴的な立ち襟から神州国の仕立てと思われる。
「いや、駆けつけてくれて感謝するよ。ルゥイン」
ゼンマに礼を述べられた神州烈女————ルゥインは『無色角』の背に騎乗したままタスクへと視線を移した。
「ゼンマ、お前が『不動明王』を宿すとはな。あの男は?」
「佑殿だ。はるばる扶桑から西国まで渡って来たらしい」
「扶桑から? なんのために?」
「仇討ち、だそうだ」
「そうか。それは大した執念だな」
機械的に会話を交わすゼンマとルゥインに堪らずタスクが口を挟む。
「————いい加減にしろ、貴様ら! 女、貴様もゼンマと同じ化け物か⁉︎ 『晄石獣』を従えて何を企んでいる⁉︎」
「……威勢のいい男だ。私が相手をしてやろう……!」
タスクの罵声を受けたルゥインは『無色角』の背からおもむろに何かを取り出した。
その手に握られたのは己の体躯を優に超える長柄兵器『偃月刀』であった。
鍛えに鍛え上げられた大男でも扱いに苦労する超重兵器をルゥインは片手で軽々と振り回し肩に担いだ。偃月刀を握り大虎へとまたがるその威容からは歴戦の大将軍という言葉すら陳腐に思えるほどの迫力を見る者に与える。
刺すようなルゥインの威圧感をその身に受けたタスクだったが、その脳裏によぎるものがあった。
「……まさか、お前は————」
「————ルゥイン、佑殿の相手は私がする。君は主の命を果たしてくれ」
「…………」
ゼンマの口から『主』という言葉が発せられると、ルゥインは担いでいた偃月刀を下ろして首肯した。
「分かった。それでは先に取り掛かっている」
「ああ。私も終わり次第、合流しよう」
話がまとまるとルゥインはうずくまっているミロワを一瞥した後、『無色角』を御して駆け出した。
「————待て! 何をするつもりだ⁉︎」
「佑殿、君は私を斬りたいのではないのかね?」
よからぬことを企んでいるであろうルゥインに向けて手を伸ばしていたタスクをゼンマが呼び止めた。
「貴様……ッ‼︎」
憤怒の表情でタスクが振り返った時、地響きと共に多数の人影が通りの向こうから猛烈な勢いで向かって来るのが見えた。
「あれは……————⁉︎」
またしても衛兵団の増援と思ったタスクだったが、徐々に鮮明になるその正体に双眸が大きく開かれた。
————地響きを轟かせて駆け寄って来るものは、その数、数百と見られる『晄石獣』の群れである。
眼前の信じ難い光景にタスクが言葉を失う中、ゼンマは焔を宿した太刀を構えて口上を切る。
「……さあ、言葉を交わすのはここまでとしよう。止めたければ私を斬ることだ」




