第18話:極寒のファンファーレと、やかましい新参者
第18話:極寒のファンファーレと、やかましい新参者
砂漠の熱気を快速馬車「グラン・ワゴン」の車輪が置き去りにしてから、わずか数時間。車窓の景色は、彩度を限界まで高めたような不自然なエメラルドグリーンのオアシスから、一転して視界のすべてを白一色に塗り潰す、過酷な永久凍土へと変貌していた。
「ちょっと待ちなさいよ、このクソ馬車! エアコンのフィルターが詰まってるんじゃないの!? 寒すぎてアタシの自慢のメイクがパキパキにひび割れそうじゃないのよ!」
ヒカリは、車内の対面座席でどっしりと胡坐をかいたまま、派手な羽扇子をバサバサと激しく動かした。もっとも、扇げば扇ぐほど冷気は増すばかりなのだが、そうして身体を動かしていなければ、指先の感覚ごとプログラムの海に溶けてしまいそうだった。
「ヒカリ様ぁ、これ、雪です! 窓の外が、上も下も、右も左も、全部『シロ』っていう名前の絵の具で塗られてます! ほら、見ているだけで、目がピピピーッて、白い光で満タンになります!」
ハルカが窓に顔を張り付け、嬉しそうに声をあげる。その頭上のデジタル数字は依然として【NPCまで あと 22日】。彼女の言う「ピピピーッ」という言葉は、もはや感情の昂りではなく、単なる「視覚情報入力時のエラーログ」のような無機質さを帯び始めていた。
「ハルカ、あんたのその窓の張り付き方、さっきから15秒おきに寸分違わず繰り返されてるわよ。ロボット掃除機だって、もう少し不規則に壁にぶつかるわ。……ダグラス、あんたは何か言うことはないの?」
【NPCまで あと 5日】。デッドラインの崖っぷちに立つ巨漢の戦士は、アイアンアーマーの軋む音すら等間隔に制御された規則正しい動きで、ただ前方の一点を見つめていた。
「……問題ありません。外気温度マイナス25度。生命維持機能に支障なし。……目的地『雪の村スノーラ』まで、残り3キロ。……魔王軍幹部『凍結の魔女アイスラ』の結界を検知。これより、戦闘態勢を維持します」
「やれやれ、どいつもこいつも、システムみたいな喋り方しちゃって。アタシを置いてきぼりにするのも大概にしなさいよ」
ヒカリは深くため息をつき、どっしりと座席に深く身を沈めた。サエキが消え、クニオが石像になり、今またダグラスが「最強の盾」という名のただのデータに最適化されようとしている。この世界の彩度が高くなればなるほど、ヒカリの心には、現実世界の新宿の路地裏で感じていたものと同じ、底冷えするような孤独が広がっていく。
馬車が急停車した。
バキバキという不穏な凍結音が響き、馬車の前輪が氷の床に完全にロックされる。
「……警告。進行方向に敵性反応。……エンカウントを実行します」
ダグラスが立ち上がり、無機質な動作で大斧を構えた。
馬車の扉を押し開けると、そこは地吹雪の吹き荒れる白銀の世界。前方からは、氷でできた巨大な球体が不自然なローテーションで転がってきていた。
【エンカウント:雪玉コロコロ×3】
「なによそのふざけた名前! 雪玉がコロコロ転がってくるからって、そのまんまじゃないのよ! ネーミングセンスの初期設定をやり直しなさい!」
ヒカリの痛烈なツッコミが極寒の空に響く。だが、雪玉たちはそんな「ノイズ」を無視するように突進してくる。
「……カチカチガード。……ターゲットのヘイトを固定します」
ダグラスが前に出る。その動きは完璧だ。完璧すぎて、恐怖も、高揚感も、肉体の重みすら感じられない。ただ「攻撃を受ける壁」としての役割を完璧にこなすだけの、オブジェクト。
「危ないですよダグラスさん! ほら、右からコロコロ、左からもコロコロ、あっちこっちから丸いのが大爆発です!」
ハルカが叫び、弓を引く。だが、そのフォームはあまりにもマニュアル通りで、かつて彼女が持っていた「どこに飛ぶか分からない怖さ」が消えていた。綺麗に放たれた矢は、雪玉の芯を正確に射抜く。
「おいおいおいおい! ちょっと待てよお前ら! 何そんな教科書通りの地味な戦い方してんだよ! エンターテインメントが足りねえんだよ、エンターテインメントがよぉ!」
豪雪を割って現れたのは、これまた世界観に1ミリも馴染んでいない、異様な男だった。
上質なシルクハットを斜めにかぶり、原色ハゲタカのような真っ赤なタキシードを身にまとっている。腰には無駄にジャラジャラとした金のチェーンをぶら下げ、両手にはこれまた不自然に輝くダイスを握りしめていた。
男の頭上には、チカチカと騒がしく光るテキストが表示されている。
【サカズキ:Lv.15 / 職業:道化師】
「なにあれ……。凍死寸前のチンドン屋か何かが迷い込んできたわけ?」
ヒカリが思わず扇子で顔を覆う。
「ハハッ! 言うねえ、そこのデカい姐さん! だがな、このサカズキ様の芸術的なダイスさばきを見たら、その凍りついたケツもひっくり返るぜ! さあさあ、お立ち会い! 敵が丸なら、こっちは四角だ! 運は天に任せて、ピカピカドカーンといこうじゃねえか!」
サカズキは、ハイテンションなステップを踏みながら、雪玉コロコロの群れに向かってサイコロを放り投げた。ダイスが雪原で綺麗にピン、ピン、と跳ねる。
「出たァ! 3の倍数と3の付く数字! アホになる時間だ、コンチクショー!」
男が奇妙なポーズをとった瞬間、虚空から文字通りの稲妻が、凄まじい爆音とともに雪玉たちへ降り注いだ。
【魔法:ピカピカドカーン】
バリバリバリ! と不自然に高い彩度の紫色の雷光が炸裂し、雪玉コロコロたちは一瞬で湯気を立てて蒸発していった。
「ヒャッホーウ! 完璧な一撃! これぞまさに、真冬の夜の花火大会ってやつよ! どうだ、見たかお前ら! 拍手が聞こえねえぞ!」
サカズキはゼエゼエと激しく息を切らしながら、大げさに一礼してみせた。その姿は、ゲームの効率的な攻略からは程遠い、あまりにも「人間臭い無駄」に満ち溢れていた。
ヒカリは、ゆっくりと扇子を広げ、冷徹だが、どこか値踏みするような視線をその男に注いだ。
「ちょっと、あんた。派手な衣装で誤魔化してるけど、中身はただの『お調子者のギャンブラー』じゃないの。その真っ赤なタキシード、この白い雪景色の中で完全に浮いてて、アタシの審美眼が『目が痛い』ってクレーム入れてるわよ。その顔に謝りなさい、その顔に!」
「ハッ! 手厳しいねえ! でもな、姐さん、この世界で大人しくしてたら、あっという間に『背景の石像』になっちまうんだよ! 俺は最後まで、この世界のノイズとして、スポットライトを浴び続けて死にたいわけ!」
サカズキが笑う。その瞳の奥には、狂気的な明るさの裏に、この世界のシステムに対する、泥臭いまでの「拒絶」の意志がギラギラと輝いていた。
ヒカリは、フッと口元を綻ばせた。
「……フン。不合格。全然アタシの好みのイケメンじゃないし、骨格もちょっと歪んでるわね。……でも、その『やかましさ』だけは、少しだけ気に入ったわ。この、冷え切ったクソゲーの温度を、1度くらいは上げてくれそうじゃないの」
ヒカリはサカズキの頭上に浮かぶ【自意識モニター】を見た。
【サカズキ: NPCまで あと 89日 [状態:出目の確率操作を運営に直訴中]】
「残り89日。まだ、システムに賞味期限を書き換えられていない、生きた『バカ』ってわけね。いいわ、ついてきなさい。アタシたちのパーティーは、今ちょうど『まともなツッコミ役』が絶滅しかけてて、退屈してたところよ」
「話が早くて助かるねえ、姐さん! よろしく頼むぜ、お仲間さんたち!」
サカズキがハルカとダグラスに右手を差し出す。だが、二人の反応は無機質だった。
「……新規パーティーメンバーを確認。……戦力補強ログを更新します。……スノーラへの行軍を再開」
ダグラスが機械的に踵を返す。
「新しいお友達ですね! 赤くて、四角くて、お喋りな人! ほら、喋ると口から文字がいっぱい出るやつです!」
ハルカは、決まった角度で首を傾げながら、同じモーションで手を振った。
サカズキは、その二人の様子を見て、一瞬だけシルクハットの庇を深く下げ、寂しそうな笑みを浮かべた。
「……なるほどな。姐さんが、そんなにピリピリしてる理由が、分かった気がするぜ」
「分かったなら、四の五の言わずに馬車を引っ張りなさいよ。行くわよ、雪の村スノーラへ。凍てつく魔女だか何だか知らないけど、アタシたちのこの『やかましいノイズ』で、その冷え切ったシステムごと、ドロドロに溶かしてやろうじゃないの」
ヒカリは、新入りのサカズキを道具袋に投げ込むような雑なジェスチャーで馬車へと促し、再び優雅に扇子を広げた。
「テテッテッテー!」
突如、頭上から鳴り響くレベルアップの電子音。
【サカズキのレベルが上がった!】
【運(博打運)が 10 アップ! / 発言のうるささが 15% 向上!】
【代償:サカズキは『小学校の給食で一番好きだった揚げパンの味』を忘却した!】
「……あれ? 今、何か大事なもんが消えた気がするな……。まあいいか! ダイスの目が良けりゃ、世界はハッピーよ!」
サカズキは、消えた記憶の不気味な空白感に気づかない振りをしながら、また大げさに笑ってみせた。
その狂気と、ヒカリの冷徹な愛を乗せて、快速馬車は再び、凍てつく大地へと進路を取る。
世界が彼らを「背景」へと変えようとするカウントダウンは、新たなノイズを巻き込みながら、冷酷に刻まれ続けていく。
【自意識モニター】
ヒカリ: NPCまで あと 51日(安定。新参者の衣装のセンスに激怒中)
ハルカ: NPCまで あと 22日(軽度の摩耗。喜びのモーションが完全自動化)
ダグラス: NPCまで あと 5日(臨界。自意識の98%が戦闘ログへ変換完了)
サカズキ: NPCまで あと 84日(安定。だが、揚げパンという単語の響きに首を傾げている)




