ここからはじまる・・・
海に行った日、私はふわふわと空を歩いているような気持ちで帰途に着いた。
カンナに告白されたということよりも、私がカンナに恋していると気付いたことで胸が一杯だった。
家に着いてそのまますぐに自分の部屋へ上がる。鞄を机の上に置き、ドサッとベットに突っ伏した。
カンナは『返事は次に会った時』って言ってたけど、次っていつ会うのだろうか?
いつもだったら、家に着いた頃にカンナからメールが来るのだけど……
ピロロン。
そんなことを思った時、タイミングよく、携帯が鳴ってメールの着信を知らせた。
私はベットから顔だけ上げて、机の上の携帯の入った鞄をちらっと見る。
……
メール、見たいような、でも見たくないような……
そんな複雑な気持ちが渦巻いたけど、そのままにしておくわけにもいかず、ふぅーっと深呼吸をして立ち上がり、鞄の中から携帯を取り出して、メールを開いた。
『From:三井 夕貴
subject:やっほー
本文:この間の遊園地、楽しかった! また、あのメンバーで遊ぼう!
その後、御堂とはどうなった?』
そのメールは予想に反してカンナからではなく……夕貴からのメールだった。
メールをみて、どっとため息が出た。
御堂君とどうなったって……、どうもなにも、御堂君とは友達だし。今更、恋には発展しないでしょ……
だって、私は、カンナを好きだって自覚したんだもの……
今でも御堂君のことを考えると、胸がざわつく。でも、それは前みたいな、嵐のような激しいものではない。それに御堂君のことで胸がざわついても、カンナが絡めばそれだけで胸がいっぱいになるのだ。
そう、今だって、カンナからメールが来ないかどうか、それだけでいっぱいなの。
今思えば、同窓会のあの夜も。
カンナが目の前に現れた瞬間、それまでもやもやしてた胸の中にさぁーっと爽やかな風が吹いて靄が晴れて……私の胸の中にはカンナがいることに、あの時気づいていたかもしれない。
カンナは、うちよせてはかえる波のように、徐々に私の中で存在を主張して、いつの間にかなくてはならない存在になっていたの。
この気持ちをカンナに伝えたい。
そう思った。
御堂君の時みたいに曖昧にしたり、タイミングを見失って自分の気持ちまで見失ってしまう……そんなことにはなりたくなかった。
早く伝えたい。
早くカンナからメールが来ないかな。
そう焦がれて、カンナからのメールを待った。
でもその日、カンナからメールは来なかった。その日だけじゃなく、海に行った日以来、カンナからのメールはぱったりと来なくなった。
もともとカンナは夏休み中、部活で忙しく、メール以外は連絡をとるすべがなかったの。
1週間経って、夏休み終了も目前となった。
ずっとカンナからの連絡を待ってたけど、なんだか、もう待ちきれなくなってしまった。それに、連絡を待つだけじゃなくて、私から連絡してもいいんじゃないかなって思ったの。
✜✜
私はいつも通り、部活に出るために学校へ向かって、午前中は部活に出る。それから、部活が終わると、N高へと向かった。
N高の校門に着くと、校門から中には入らず、学校の壁沿いをずっと進む。しばらく進むと壁からフェンスへと変わり、フェンス越しにグラウンドが見えた。
以前、N高の温水プールを借りたことがあって、その時、この場所からグラウンドが見えることを知っていた。
フェンスに近づいて、グラウンドを覗く。グラウンドの右手、フェンスからは少し離れたところにテニスコートがあり、ジャージやユニフォームを着たテニス部らしき人たちがいるのが見えた。私は一生懸命目を凝らし、その中にいるはずのカンナを探した。
そんなに苦労することもなく、すぐにカンナを見つけた。ジャージを着てサーブとレシーブの練習をしてた。青々としたコートの中、カンナの動きだけがスローモーションで見えて、切り取った絵のようにとても綺麗だった。
しばらく、カンナに見とれて立ち尽くした。
見とれていたことに、はっと気付いて……さて、どうしたものかと考える。カンナと話がしたかったから、部活中のカンナを捕まえようと思ってここまで来たのだけど、ちょっと距離があって、ここから声をかけるのは無理そうだった。
私はしばらく考え込んで、とりあえず、少し待って見ることにした。
初めて見る部活中のカンナは、表情は見えないものの、テニスに対して真剣な姿勢で取り組んでいることが窺えた。
初めてテニスをするカンナを見て、心に明かりが灯ったようにぽっと暖かい気持ちになる。こんな気持ち、いままで知らなかった。まさか、こんな気持ちになるなんて、三カ月前は思いもしなかったのに……
カンナに出会ってからの三カ月を走馬灯のように思い出す。
そうして、そろそろ諦めて帰ろうかなと思った時、一瞬、カンナと目があったような気がした。
まさかね、この距離では顔は見えないし……
でも、そう思ったのは気のせいではなかったみたい。
カンナがこっちを向いて動きが止まり、それから近くにいる人に何か言って、私の方に駆けてくる。
わわっ。
カンナが気づいって、こっちに来るっ。
その時になって、私はあわててしまった。
カンナと話すためにきたのに、いざカンナが目の前に現れると緊張で、背中に冷や汗がでる。
「譲子さん!」
カンナが駆けてきた。
私は、フェンスに手をかけて、近づく。
「まさかこんなところにいるわけないと思ったけど、やっぱりそうだった……」
そう言って、額ににじんだ汗を手の甲でぬぐう。
「ごめんね、急にこんなところに来て……」
「ん? どうかした?」
一週間連絡もとらなかったのに、カンナが何事もなかったようにすっごい爽やかな顔で言うものだから、一瞬、あの告白は夢だったのかな? っと思ってしまった。
私が目を最大限に開いて、珍獣でも見るかのような目で見つめてると、カンナが苦笑した。
「譲子さんどうしたの? そんな顔して?」
って言うのよ!
もう、頭にきちゃって。
「一週間も音沙汰なしで、どうしたのはないんじゃないの?」
そう言って、私は横を向いた。
すると。
「……ごめん」
カンナが、ドキッとするような憂いを帯びた声で言った。私はびっくりして、カンナを仰ぎ見た。
「約束しただろ? 次会った時に譲子さんの返事を聞くって……勢いで譲子さんに好きだって言ったから、返事を聞くのが怖くて、なんか連絡できなかった……」
せつない顔で、そう言ったの。
私は胸がドキンとした。カンナにそんな顔をしてほしくない、そう思ったら言っていたの。
「カンナが好き! 私はカンナが好き、それが返事だよ」
私ができる最高の笑顔でそう言った。
カンナは、一瞬動きが止まって、それから。
「ちょっとそこで待ってて!」
そう言うと、テニスコートの向こうに駆けだした。
私はきょとんとして、カンナの後ろ姿をながめた。カンナはあっという間に見えなくなる。
どこに行ったんだろう……
そう疑問に思って、首をかしげてると、壁の方からカンナが走って来て、私の目の前で止まったの。
フェンス越しではなくて、目の前に。
私がびっくりしてると、がばっと肩をカンナの方へ引き寄せられて、カンナの胸に抱かれていた。
「さっきの言葉、本当? ううん、嘘でももう取り消しはナシね」
そう言って、私を抱いた腕の力を少し緩めて、見上げた私の顔を間近で見つめてくる。
澄んだ瞳の中に甘やかなきらめきがあって、うっとりするような甘い顔で見つめられて、ドキってしちゃった。
「譲子さん、大好き」
そう言って、再び、ぎゅっと抱きしめられる。
「私も、カンナが大好き」
そう言ってカンナを見上げると目があって、ふっと一緒に笑いあった。
こうして、電車の中という変な出会い方をした私とカンナは、友達になって、恋をして、付き合い始めた。
でも、これははじまりの扉を開いただけ。
すべては、ここからはじまる物語。
完結です!
読んで下さった方、ありがとうございますm(__)m
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