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神のいる世界で、僕らは何を願う  作者: 東雲杏
第一章「神の器」
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第1話

第一章「神の器」

――死者が蘇る。

そんな噂を、エリアスが耳にしたのは数週間前のことだった。


死んだ人間を蘇らせることができる宗教団体(しゅうきょうだんたい)がある。

神をその身に降ろした「依代(よりしろ)」ならば、死者すらも生き返らせることができる。


最初に聞いた時、エリアスは鼻で笑った。

そんなものは、魔術師である彼からすれば荒唐無稽(こうとうむけい)な話だった。


死者蘇生(ししゃそせい)。それは人間が踏み込めない領域。

少なくとも、エリアスが知る限りでは――。


だが。もし、本当だったなら。

その可能性だけは、どうしても捨てられなかった。


だから彼は旅をしていた。

噂を追い、国を渡り、幾つもの街を訪れた。

そして今。

エリアスは、廃れた街に立っていた。


「…………」


静かだった。静かすぎる。人の気配がない。

店は閉じ、窓には明かり一つない。

道には雑草が生え、建物の壁はところどころ崩れている。

まるで街そのものが、とうの昔に死んでしまったかのようだった。


エリアスは、持っていた杖の先で地面を軽く叩いた。


「はぁ……ただの噂だったか……」


肩を落とす。

ここに、噂の宗教団体(しゅうきょうだんたい)の本拠地がある。

そう聞いてやって来た。しかし、いるのは静寂だけ。

日はすでに沈みかけている。

夜になれば、この街は完全な闇に包まれるだろう。


「さて……どうしたものかな」


せめて今夜、雨風を凌げる場所くらいは探さなければならない。

エリアスは街を歩き始めた。


しばらく歩くと――。


「……ん?」


街の奥に、それはあった。

周囲の建物とは明らかに釣り合わないほど大きな屋敷。

立派な門。広い庭。

そして、何より妙だったのは――。


荒れ果てた街の中にあるにもかかわらず、屋敷だけは妙に手入れされていたことだった。


「誰か住んでるのか?」


エリアスは門を開けた。返事はない。

扉にも鍵はかかっていなかった。


「……お邪魔しますよ」


半ば冗談のように呟き、屋敷へ入る。

――誰もいない。


広い玄関。長い廊下。いくつもの部屋。

どこにも人の姿はない。

だが。


「……妙だな」


家具は残っている。食器もある。

寝室には整えられたベッド。

つい先ほどまで誰かが暮らしていたような痕跡が、そこかしこに残っていた。


まるで――


人間だけが、突然消えた。

そんな印象だった。


「夜逃げ……にしては、何も持ち出してないな」


エリアスは首を傾げる。

そして、屋敷の奥へ進んだ時だった。


「……これは?」


廊下の先。

屋敷には不釣り合いな、石造りの道があった。

屋敷の床とは明らかに違う。冷たい石畳。


まるで、この屋敷の下に別の場所が存在しているかのようだった。

エリアスは少し迷った。

だが、好奇心には勝てない。


「……行ってみるか」


石畳を進む。

一歩。

また一歩。

暗い道の先から――



「やめて!」


少女の声が聞こえた。


「……!」


エリアスの足が止まる。


「痛いよ!」


「離して!」


続けて聞こえる悲鳴。

エリアスは咄嗟に近くの壁へ身を隠した。

そして、そっと顔を覗かせる。


そこには――


一人の少女がいた。


黒い服。


黒い髪。


赤い瞳。


まだ幼さの残る顔。

その少女を、大勢の人間が取り囲んでいる。

全員、同じような服を着ていた。


そして。

少女の腹部には――


深々と、刃物が突き立てられていた。


「…………」


エリアスは言葉を失った。


少女の身体から流れ出た血が、石畳を赤く染めていく。


足元に。


衣服に。


周囲に。


赤が広がっていく。


教団員たちは少女を囲み、何かを唱えている。


祝詞(のりと)


いや――。


儀式(ぎしき)だ。


 エリアスには、それが分かった。


「……そういうことか」


あの噂。神の依代(よりしろ)宗教団体(しゅうきょうだんたい)

そして、この儀式(ぎしき)

すべてが繋がった。


だが。


「…………」


エリアスは少女を見た。

あれほどの出血だ。

魔術師として、人の生死にはそれなりに詳しい。

だからこそ分かる。


――あの少女は、もう助からない。


「死んだな……」


そう呟いた。その瞬間だった。

少女の身体が――


浮いた。


「…………は?」


エリアスの目が見開かれる。少女の足が地面から離れる。

力なく垂れていた腕が、ゆっくりと持ち上がる。


そして。


閉じていた赤い瞳が開いた。

そこには、先ほどまでの少女の意思がなかった。

ただ、虚ろな瞳。

感情の消えた顔。

唇が動く。



神器展開(じんぎてんかい)……」


エリアスは息を呑んだ。


「……一斉掃射(いっせいそうしゃ)


――瞬間。


空間が、刀で埋め尽くされた。


「なっ――」


数本ではない。


十本でもない。


百。


千。


それ以上。


少女を中心として、無数の刀が宙に浮かび上がる。



そして。


一斉に放たれた。


轟音(ごうおん)

悲鳴。

血飛沫(ちしぶき)

石畳を砕く刃。



教団員(きょうだんいん)たちは為す術もなく倒れていく。


数秒。


いや――一瞬だった。


あれだけいた人間が、もう立っていない。


「…………」 


エリアスは、呆然とその光景を見ていた。

やがて、宙に浮いていた少女の身体から力が抜ける。

重力に従って落下する。


ドサッ。


少女は、元いた場所へ倒れ込んだ。


「……!」


エリアスは走った。何を考えていたのか。

なぜ走ったのか。そんなことは、自分でも分からなかった。


ただ一つだけ。確信していた。


「……見つけた」


少女の傍らに膝をつく。 血に濡れた少女を見下ろす。

そして、震える声で呟いた。


「神の器……」


その時、背後から声が飛んできた



「触るな!」


「お前は誰だ!」

 


教団員(きょうだんいん)たちが怒鳴っている。


だが。

エリアスには、その声が届いていなかった。

目の前にいる少女。彼女の身体から感じる、異質な力。


そして――


彼が長い旅の果てに探し続けたもの。


「……これなら」


エリアスは少女へ手を伸ばした。


「これなら、―を――」


 その言葉だけは、誰にも聞こえなかった。


 その日。


男は一人の少女と出会った。

後に彼女が背負うことになる、数え切れないほどの運命も知らずに。


 そして少女もまた――


 これは、神の器となった少女と、死者を蘇らせたい男の物語。

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