1、勇者候補の決算書
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※今回は会計の豆知識が登場します
※1G=1円換算です
ここは冒険者ギルド会計科。
普段なら音と言えば算盤を弾く音くらい。ギルド内では静かな科。
しかし、今は嵐の真っ只中。
--そう、決算期である。
「はい!次の方どうぞ!」
貴族や国発注の高報酬クエストを受注出来る上級冒険者には、決算書提出義務がある。
流石に上級冒険者の数は多くない。
とはいえ人数は多くなくても圧がすごい。
だいたいが物騒だ。
仲間の会計士が無言で書類をまとめて次の部署へと持っていってくれる。
彼の右目には眼帯。この前冒険者が暴れていたなあ、と思い出す。
物騒が過ぎる。
だが、こっちも決算仕訳のプロだ。
僕も男だ。
戦いだ。
「僕は担当の弥生・アバカスです。」
「初めてなんだ。ちゃんと書けてるといいけど…」
と、差し出された決算書を受け取ろうと弥生は顔を上げた。
蒼真・ペンドラゴンだ!
最速で上級まで上りつめたギルドの新たなるエース。
絵に描いたような金髪碧眼。
とりわけ吸い込まれそうな真っ青な瞳には数秒吸い込まれた…ような気がした。
確かクォーターエルフだった。なるほど、人間離れしたイケメンだ。
「では決算書を拝見します。」
簡単な応接セットの椅子をすすめると、ストンと素直に座った。
「うん、頼む。」
結構な厚み。
どうやら侯爵様発注の上級クエストの決算書らしい。間違いがあったら大変だ。
弥生は気を引き締め、メガネをしっかりかけ直す。
「…うわ…」
「どうだ?」
弥生の様子を不安げに伺う蒼真。
「…これは…すごい…」
「…そうか?書けてたなら良かっ
「一箇所たりとも合ってるところがない!」
「え?」
「クエスト受注時点でお支払いした仮払金の記載が漏れています!旅費についても侯爵様から騎馬のご提供頂いていたはずですよね?武具修繕費についてはギルドで負担なので立替金計上で結構ですし、使途不明金が多すぎます!だいたい科目ごとの貸借がすべて不一致ってどうしてこんなことに?!」
「…」
「聞いているんですか、ペンドラゴンさん!!」
「…今の…」
「はい?」
「呪文か…?」
「んなわけあるかっ!」
「おい、大丈夫か?」
不穏な空気を察知したのかギルドマスターが顔を出す。
果たしてそこにはキョトン顔の勇者とわなわなと肩を震わす弥生の姿。
無言で差し出された決算書をギルドマスターも覗き見る。
「…うわ…」
ドン引きである。
その決算書はまぎれもなく混沌であった。この世が終わる瞬間そのものだろう…もう取返しがつかないという点において。
「よし、弥生」
「はい?」
「今度のクエストから着いてって教えてやって。」
「はあ!?」
絶句する弥生にギルドマスターが耳打ちした。
ギルドマスターが言うことには。
この蒼真はこれからこのギルドの主力になる。
どんどん高報酬クエストを受注する。
すでに名指しでの発注も来ている。
そして、彼にはそのクエストの決算書を書くことはできない…つまりこれからずっとこの混沌とカオスを持ち帰ってくる。
現場でさばいた方がお互いの為であると。
そして、まだ未確定ではあるけれど。
「何年も前から国王軍の…あの星羅・リアステア少将の特務隊が魔王討伐で派兵されるって噂あっただろ。それが本格的に動き始めてるんだ。その事前調査クエストが始まるらしい。」
「ああ、先遣隊が常駐してますもんね。18年前でしたっけ、村ごと消えたっていう…」
「その調査だ。うちのギルドから誰か出すとしたら彼のパーティーなんだよ。」
と、言うわけで。
「同行することになりました、会計士の弥生・アバカスです。」
蒼真のパーティ-と合流した。
蒼真のパーティーは三人パーティー。
「轟だ。戦士だ。」
口数少なく名乗ったのはドワーフ。
小柄ながらがっしりとした岩を思わせる体躯。
その赤銅色の顔は銅線のような髭に覆われているので、表情があまり読み取れない。
続いて名乗り出たのは正真正銘のエルフ美女。
どこから見ても輝くばかりに美しいが、とりわけ長くまっすぐな金色の髪は、月光を映して流れる清らかな水の流れ…などと、数字の申し子たる会計士の弥生をすら詩人にしてしまう美しさだ。
「私は、魔法使いで、エリシオン・シルフィード・アリア・ステラ・ステフォニア・スフォルツァート・ハーモニア・ライトニング・ビューティー・エルドラド・アンダンテ・アダージョ・ヴィヴァーチェ・ド・ミステリオーソよ。」
「は?なんて?」
「エリシオン・シルフィード・アリア・ステラ・ステフォニア・スフォルツァート・ハーモニア・ライトニング・ビューティー・エルドラド・アンダンテ・アダージョ・ヴィヴァーチェ・ド・ミステリオーソよ。」
なっが!
そして弥生は確信した。
決算書が分厚い理由。
そしてその解決策を。
「…名前、短くできませんか?」
「え?」
「分厚いんですよ、すべての書類が。」
「どういうことだ?」
首を傾げる蒼真に書類を見せる。
「名前が長すぎて書ききれず、一枚で収まる書類も二枚になってるんですよ。見てくださいこれも、これも、これも!!」
「うん?そうだな?」
「書類一枚にも紙代がかかるのはもちろんですが、公式文書の提出には一枚につき一枚の公的書類印紙がいるんです…貼り忘れてますが…要するに、名前を短くするだけで、書類作成費が半分にできるんですよ。」
トトトトト、パチン!と算盤を弾く。
「うん?そうなのか?」
「嫌よ!長いっていうけど、この名前にはちゃんと意味があるのよ。」
「だから書類上のことですよ。改名しろとは言ってません。エリシオン・ド・ミステリオーソとかでいかがです?」
「嫌よ!『花の香る春のあたたかな日差しのもと、花びらを散らす柔らかな薫風のかき鳴らす琴の音に似た月の光』という意味があるの。それでは『謎の光が眩しい』になってしまうわ!」
「…じゃあ『琴音』で。」
「なんでよ!」
「借金返済のためにです。」
「「「え?」」」
「決算書を拝見し、必死に仕訳しました。」
思いがけない言葉だったらしい。三人三様の困惑顔を見回して弥生は続ける。
「すべての原因はまだ調べきっていませんが、皆さんの現在の資産とお金の流れを分かる限りで確認しました。借入金、買掛金に未払利息、未払家賃他各種未払金、そもそも使途不明の雑損が…」
トトトトト、シャ!パチパチパチパチ…パチン!
「6,341,005Gです。」
「ろ…ろっぴゃくまん!?」
「こ…このクエストで返せないか?確か、結構いい報酬のクエストだったと…」
「一人100万Gで受けたクエストですが、借金の半分にもなりません。さらにここから今回のクエスト経費を出す契約ですので、手取りはもうちょっと減ります。」
蒼真と轟がエルフの方を見る。
「い…嫌よ!私の名前はエリシオン・シルフィード・アリア・ステラ・ステフォニア・スフォルつ…」
噛んだ。
「エリシオン・シルフィード・アリア・ステラ・ステフォニア・スほニャ………………」
一瞬の沈黙。
「……………琴音でいい。」
しょんぼりしてる。
少しかわいそうにも思ったが背に腹は変えられない。
「ありがとうございます。それでは『琴音』で受注契約書を作成しましょう。そのおかげで書類作成費、昼食代の分くらいは減らせます。」
「俺らも『琴音』って呼んでもいいか?きれいな名前だ」
「…蒼真ならいいわ」
「琴音さん」
「弥生くんはダメ。」
「良ければこれ差し上げます。」
印鑑。
『琴音』の。
実はこっそり用意してあったのだ。
「……可愛い。」
可愛いねこちゃんデザインの印鑑。
「こう見えてちゃんと公的書類にも使えますよ。」
「…琴音でいいわよ。」
こうして、弥生の専属会計士の日々が始まった。
お読み頂きありがとうございます。
第二話ではクエスト準備!お楽しみに!
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次回は13日7:30更新です。




