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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第97話:侯爵返納計画と、女たちの包囲網

 数日後。迷宮探索に向けた方針を相談するため、ヘンドリックは侯爵邸の応接室にパーティーメンバーと王女を集めていた。

 しかし、卓を囲むなり、ヘンドリックはバンッと机を叩いて立ち上がった。

「俺は、侯爵位を返納するよ!」

 突然の宣言に、その場の空気が止まる。ヘンドリックはここぞとばかりに用意していた大義名分を並べ立てた。

「いいか、よく考えてほしいんだけど。レベル1のしがない便利屋が、突然こんな高位の貴族になったらどうなる? 王国の歴史に泥を塗り、爵位の価値を大暴落させることになっちゃうじゃないか。だから俺は国を思えばこそ、身の丈に合った平民に戻るべきだと思うんだよ」

 完璧な論理だ。王族である王女も、これには頷かざるを得ないはずだ。

 ヘンドリックがどや顔で言い切った、その直後だった。

「……ひっ、ぐすっ……」

 王女が、ポロポロと大粒の涙を流し始めたのだ。

「わ、王女殿下!?」

「わらわが……わらわが王家の権威を失墜させてまで、そなたに報いたいというこの切なる思いは……そなたにとっては、ただの迷惑でしかなかったというのか……? そなたの力になりたいと願うわらわは……そんなに、無能か……っ」

 両手で顔を覆い、肩を震わせて泣き崩れる王女。マジ泣きなのか演技なのか、ヘンドリックには全く見分けがつかない。

 そこへ、すかさずエリーゼが進み出た。彼女の目にも、すでに涙が浮かんでいる。

「ああ、なんてこと……。ヘンドリック、あなたは私たちがようやく手に入れた『帰る場所』すら、重荷だと言うのね……。三百九十年探し続けた私の想いも、あなたには迷惑だったのね……っ! うわあああんっ!」

 エリーゼまでもが顔を覆い、王女の隣で泣き始めた。

 最高権力者と、最愛を誓うハイエルフのダブル号泣。

 事なかれ主義で、底抜けにお人好しなおっさんの心が、これで折れないわけがなかった。

「ああっ、違う! 違うんだよ! 迷惑とかじゃなくて、俺はただスローライフが……いや、ごめん! 俺が悪かった! 泣かないでくれえええっ!」

 強烈な罪悪感とプレッシャーにより、ヘンドリックの両目からツーッと一筋の血の涙が流れ落ちた。

「もう分かった! 侯爵でもなんでもやるから! 迷宮の奥底でもどこでも行くからぁっ!」

「やったんだゾ! ボスがまた一つ覚悟を決めたんだゾー!」

 血の涙を流して机に突っ伏すおっさんと、訳が分からず無邪気に張り切って肩をバンバン叩く獣人娘。もはや応接室は、何が何だか分からないカオスな空間と化していた。

「よしよし、泣かないでヘンドリック。私がずっとそばにいますからね」

 エリーゼが優しくヘンドリックの頭を撫でる。

 だが、ヘンドリックが突っ伏して見えない位置で。

 王女とエリーゼの視線が交差し、パチン、と。二人揃って、完璧なタイミングで目配せを交わした。

「……ちょっと、エリーゼ」

 その一連の恐ろしいやり取りを特等席で見ていたサンネが、引きつった顔でエリーゼに耳打ちした。

「今の、どういうことだ? まさか王女殿下と裏で手を組んで……」

「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。ただ『利害が一致した』だけよ。あの人は権力にも金にも屈しないけれど、女の涙と罪悪感にはこの上なく弱いの。だから、一番効果的な手を使ったまでよ」

「……お前たち、悪魔か何かか?」

 騎士のサンネは背筋に冷たいものを感じた。

 政治的な敵対関係にあったはずの王女とエリーゼ。だが「ヘンドリックを逃がさない」という一点において、この二人は最凶の同盟を結んでいたのだ。

「サンネ。あなたもお家再興のために彼を逃がしたくないなら、変なプライドは捨てて、彼の前では適度に泣いて弱さを見せることね。……ほら、泣き真似の練習をしておきなさい」

「っ……! くそっ、騎士の誇りが……いや、しかし旦那様を逃がすわけには……!」

 サンネまでもが、葛藤しながらも新たな「おっさん捕獲術」を脳内にメモし始めていた。

 そんな三人のやり取りをよそに、ミラはヘンドリックの背中をさすりながら「大丈夫なんだゾ、ボス。あたしはいつでも一緒にいるんだゾ」と無邪気に囁いていた。

 ミラの場合、策略でもなんでもなく、ただ純粋に本心だった。

 それがある意味、一番恐ろしかった。

『……俺、詰んでるな』

 突っ伏したまま、ヘンドリックは静かにそう悟った。

 国家の命運を懸けた真層への冒険。しかし最強のパーティーの裏側では、純朴なおっさんを絶対に逃がさないための、女たちの恐るべき包囲網が完全に完成していたのである。

 哀れ、ヘンドリック。

 返納計画は、涙一粒で木っ端微塵に粉砕された。

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