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レベル1を35個持ったおっさん、有能すぎて美女三人に包囲される〜レベル10大火力至上主義の世界で裏方が最強だった〜  作者: よっしぃ@書籍化


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第95話:真層の迷宮と、おっさんの根本的な疑問

 床にへばりついていたヘンドリックが立ち上がり、カトリーヌが淹れたお茶で一息ついた頃。

 分厚い資料を開いたロバートは、静かに、しかし重々しい口調で語り始めた。

「まず、結論から申し上げましょう。我が国が管理している世界樹の若枝……実は、それもまたエリーゼ様の故郷と同じく、すでに枯れかけているのです」

「……っ! やはり、この国でも……」

 エリーゼが息を呑む。三百九十年探し求めた希望の糸が、ここでも切れかかっているという事実に、彼女の顔に暗い影が落ちた。

「では、すぐにでも私がその若枝のもとへ! 王女殿下からアクセス権の確約は得ていますわ!」

 エリーゼが身を乗り出すが、ロバートは静かに首を横に振った。

「それが、そう簡単にはいかないのです。世界樹の若枝は、王城の庭園のような安全な場所にあるわけではありません。王城の地下深くに広がる大迷宮……熟練の冒険者たちが挑む『深層』のさらにその下。歴史上、数えるほどしか到達した者のいない『真層しんそう』と呼ばれる未踏の領域に存在しています」

「迷宮の、真層……」

「ええ。現在、王都の冒険者や騎士団の中に、真層の魔物たちを退けて生還できるパーティーは一つも存在しません。そして何より厄介なのが、世界樹への扉を開く『アクセス権』の仕様です」

 ロバートは資料の一枚を指差した。

「扉を開くには、王族の血を引く者が直接、真層の扉の前に立たねばなりません。つまり、戦闘力を持たない王族を護衛したまま、迷宮の最奥を突破する必要があるのです」

 その言葉を聞き、エリーゼはすべてを悟った。

「……なるほど。王女殿下は私に『白紙のアクセス権』をプレゼントしてくれたわけではないのね。私たちパーティーが持つ規格外の力に目をつけ、自分たち王族を世界樹まで護衛させるための『特大の指名依頼』として、私の弱みにつけ込んだというわけ」

 ただの善意や買収ではなく、国家の危機を救うための極めて高度な政治的取引。王女の底知れぬ計算高さに、エリーゼは思わず舌を巻いた。

「……それと、もう一つ」

 ロバートが静かに続けた。

「数日前から、エリーゼ様がお持ちの枝が微かに反応を示し始めたことは、我々も把握しております。おそらく、ヘンドリック様の魔力が関係しているのでしょう。レベル1の純粋な魔力だからこそ、枯れかけた世界樹の核に届いた……同じことが、この国の若枝にも起こせるかどうか。それが今回の核心です」

 エリーゼが息を呑んだ。

 ヘンドリックの魔力が、三百九十年間誰も届かせられなかった枝の核に触れた。それが偶然ではなく、この国の世界樹を救う鍵になるかもしれない。

 重苦しい沈黙が応接室を包み込む。国家の命運と、エルフの三百九十年の悲願が交差する、あまりにもスケールの大きいシリアスな空気。

 だが、その空気を、のんびりとした間の抜けた声が真っ二つに切り裂いた。

「……ごめん、ちょっと待っていいかな」

 ずっと黙って話を聞いていたヘンドリックが、申し訳なさそうに右手を挙げた。

「さっきから『世界樹へのアクセス権』とか『若枝が枯れかけてる』とか深刻そうに言ってるけどさ……。そもそも『世界樹』って何なんだい? ただのすっごいデカい木のこと? 普通の肥料とか水やりじゃダメなの?」

 ズコーッ!!

 その場にいたエリーゼ、カトリーヌ、さらには冷静沈着なロバートまでもが、椅子から滑り落ちそうになった。

「だ、旦那様!? 今まで世界樹が何かを知らずに、あんな真剣な顔で私の話を聞いていらっしゃったの!?」

「いや、なんかエリーゼにとってすごく大事なものだってことは分かってたからね。水を差しちゃ悪いかなって……」

 頭を掻きながらあっけらかんと言うヘンドリックに、エリーゼは深い溜息をつきつつも、昨夜の彼の「俺は聞いてただけだけどね」という言葉の意味をようやく完全に理解し、クスッと笑ってしまった。

「……旦那様って、本当に不思議な人ですわね。何も知らないのに、ただそこにいてくれるだけで……」

「そうかな? よくわからんけど、エリーゼが大事にしてるものなら、俺も大事にしたいとは思うよ」

 何気ない一言だった。しかしその言葉の重さに、エリーゼの胸が静かに痛んだ。

 三百九十年間、誰も言ってくれなかった言葉だった。

「……カトリーヌ先生。申し訳ありませんが、旦那様のために『世界樹とは何か』という初歩的な歴史の授業を、カリキュラムに追加していただけますか?」

「ええ、喜んで。……ヘンドリック様、本日は徹夜になりますわよ」

 カトリーヌが扇子を広げ、背後に控えるロバートが分厚い歴史書をドンッと積み上げる。

「えっ? ちょっと待って、俺はただ純粋な疑問を口にしただけで……!」

 こうして、王女の思惑と世界樹の謎が明らかになる中、最強の便利屋おっさんは迷宮に潜るよりも先に、地獄の座学(徹夜)という新たな受難に巻き込まれていくのであった。

 哀れ、ヘンドリック。

 三百九十年の悲願の核心を知らぬまま、今夜も地獄は続く。

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