第236話:土地の理と、パパのお迎え
「周囲のトラウマを抉った罪、万死に値しますわ! 永久凍土に沈めなさいっ!」
「ええ。物理的に二度と浮上できないよう、影の結界で永遠に縛り付けておきましょう」
迷宮の最下層。世界樹の本体が鎮座する部屋には、エリーゼの絶対零度の怒声と、イリスの冷酷な宣告が響き渡っていた。
無防備な禁断の逆三角形を晒したドライアドの前で、土の精霊(男)は氷漬けにされた上で漆黒の鎖にがんじがらめにされ、天井から再び逆さ吊りにされていた。
「ああっ、パパ。あの泥だんごさん、なんで吊るされてるの?」
そんな惨状を意に介することもなく、ドライアドは俺の首に抱きついたまま無邪気に首を傾げている。
彼女の肩には、慌てたルミナリアが「はしたないぞ!」と自分の迷宮用外套を脱いでしっかりと羽織らせていた。
「いや、あいつはちょっとお仕置き中だから気にしないでいいんだけどね。……それより君、本当にこの世界樹の精霊なの?」
「うん! パパがたーっくさん魔力をくれたから、こうして受肉できたの!」
ドライアドは頬をすりすりと俺に擦り寄せてくる。
エルフのアレンとセリアは、その神聖なる光景(パパ呼びによるイチャイチャ)を前に、もはや完全に平伏して祈りを捧げていた。
「でもね、パパ。私、ずっと困ってたの」
不意に、ドライアドが少しだけ眉を下げて寂しそうな顔をした。
「世界樹って、本来は『一つの土地に一つだけ』なの。あそこにいるエルフさんたちの里にも一つあるようにね。でも、パパが私の根っこの枝を持って帰ってくれて、この土地の地上にもう一つの立派な世界樹ができちゃったでしょ?」
「……あ。うん、俺の家の庭で元気に育ってるんだけどね」
「そう! 一つの土地に二つの世界樹があるなんて、今までになかったことだから。私、自分がどっちの世界樹の本体にいるべきなのか、ずっと決められなくて迷ってたの。こっちの地下を守るべきなのか、それとも地上の新しい世界樹にいくべきなのか……」
彼女の悩みは、精霊としての存在意義と、この土地の理に関わる非常に壮大で深刻なものだった。
だが、次の瞬間、彼女は満面の笑みを浮かべて俺の胸にダイブしてきた。
「でも、もう迷わない! だって、パパが私をお迎えに来てくれたんだもん! 私はパパのいる世界樹のお家に帰る!」
『……いや、俺はお迎えに来たわけじゃなくて、現状確認と誕生日隠れ家を探しに来ただけなんだけどね。どうして俺の行動は、いつも斜め上の神展開として解釈されてしまうのかな』
「おお……! ヘンドリック様は、迷える世界樹の精霊様をお救いになられたのですね! やはり貴方様は神に等しき御方……!」
アレンが涙ながらに羊皮紙に凄まじい勢いで記録を書き込んでいる。
セリアもトラウマを乗り越え、「エリーゼ様だけでなく、精霊様まで……! 責任を取っていただくどころか、私などが恐れ多いですわ……!」と、さらに俺への畏敬(と別の意味での熱視線)を強めていた。
「……フフ。世界樹の精霊まで取り込んでしまうとは。旦那様の甲斐性には恐れ入りますわ。ですが、わたくしという正妻がいながら『娘』に現を抜かすのは感心しませんのよ?」
「ええい、エリーゼ! 抜け駆けは許さぬぞ! 旦那様の腕はわらわが守るゆえな!」
エリーゼとルミナリアが、牽制し合いながら俺の両腕を再びガッチリとホールドしてきた。
「アタシも負けないんだゾ! ボスの正面はアタシの特等席だゾ!」
「パパー! 私も抱っこしてー!」
ミラとドライアドが、俺の正面のポジションを巡って押し合いを始める。
『……世界樹の現状確認は終わったけど、結果として俺の家に世界樹の精霊が居候することになったんだけどね。しかもこの子、ヒロインたちに混ざって俺にべったり張り付いてくるから、俺の胃痛の種がまた一つ増えた気がするんだけどね』
俺は、無事に踏破した迷宮の最下層で、両腕と正面を完全に塞がれたまま、天井で氷漬けになって回る土の精霊を見上げ、静かに胃薬の瓶を探すのだった。




