第178話:闇の商人、魔石の残滓を読み取る
やがて街道を外れ、木々が鬱蒼と生い茂るエリアへと足を踏み入れた時――俺の【索敵】スキルが、微かな、しかし明確な異変を捉えた。
「……みんな、止まって」
俺の低い声に、一行の足がピタリと止まる。
サンネもサッと俺の腕から離れ、瞬時に騎士の顔へと戻って剣の柄に手をかけた。
「ここから先は、ただの森じゃない。……妙な魔力の痕跡が、そこら中に散らばっているよ」
俺の言葉に、前衛組が即座に武器を構え、周囲を警戒する。
張り詰めた空気が森を満たす中、最後尾からズルズルと引きずられてきた闇の商人が、周囲の木々や地面を見回して、ぽつりと独り言を漏らした。
「うわぁ……なんですか、これは。そこら中に魔石を起動させた痕跡があるじゃないですか……。なんていう無駄な使い方……まさか、使い捨てですか?」
その小さなつぶやきを、俺の【索敵】スキルよりも早く、隣を歩いていたイリスの耳が確実に拾い上げた。
「……闇の商人殿。それは、どういう事でしょうか」
イリスがスッと首だけを振り返り、白黒の石を指先で弄りながら、絶対零度よりも冷たい声で尋ねる。
「ひぃっ!? あ、いやっ、そのですね……!」
商人は短い悲鳴を上げ、ガタガタと震えながら慌てて弁明を始めた。
「わ、わたくし、長年あの手の危険な魔石を裏で扱ってきたせいで……その、魔石が砕け散った後の特有の『残り香』のようなものが、視覚的に見えるのですよ。職業病のようなものでして……」
「魔石の残り香が、見える?」
俺が聞き返すと、商人はコクコクと何度も頷いた。
「はい。そこかしこの木々の幹や、足元の土に……質の悪い魔石を、限界以上の魔力で無理やり暴走させて使い潰したような、酷い痕跡がベッタリとこびりついています。これほど粗悪で使い捨てを前提とした運用、まともな術者のやることではありませんよ……」
怯えながらも、その分析は完全に『専門家』のそれだった。
『……なるほど。無理やり連れてきた甲斐があったよ』
俺は内心で商人の有能さを評価した。
魔石の力を使い捨てて、冒険者を狩る『仮面の怪人』たち。組織的でありながら、その手口はひどく粗暴で、命を使い潰すことを躊躇していない。
かつて王都で狂乱の魔石をばら撒いた黒幕と、間違いなく同種の『悪意』がこの森に蔓延っていた。
「商人、その痕跡が一番濃く続いている方向は分かるかな?」
「え、ええ。あちらの獣道の方へと転々と続いておりますが……まさか、追うのですか!?」
「当然だよ。それが俺たち『黎明の森』の初仕事だからね」
俺が答えると、商人はこの世の終わりのような顔をして頭を抱えた。
「あぁぁ、私の安全で快適な軟禁ライフが……っ! イリス様、魔王様、絶対に私を最前線に立たせないでくださいね!?」
「ええ。あなたは重要な情報源ですから、敵の攻撃が届けば私が石で弾きます。……万が一の時は、あなた自身を石で弾き飛ばして回避させますので、少々の骨折は我慢してくださいね」
「がはははっ! 安心しろおっさん! アタシの後ろに隠れていれば、かすり傷一つ負わせないぜ!」
「イリス様の回避方法が一番危険なんですが!? ひぃぃぃっ!」
イリスの冷徹な護衛宣言と魔王の豪快な笑い声、そして商人の情けない悲鳴が森に響く。
「……よし、陣形はこのままで進むよ。サンネとミラは前方の警戒を。ブラムとロッテは遊撃に備えて」
俺の指示に、全員が力強く頷く。
エリーゼもすっかり普段の凛とした副リーダーの顔に戻り、手にした弓の弦を軽く弾いて音を確かめていた。
不本意な同行者たちを巻き込んだ大所帯。
俺たちは、商人が指し示した色濃い魔石の痕跡を辿り、鬱蒼とした森の奥へと足を踏み入れていった。




