第123話:王都封鎖と、休まらない最高責任者
王都の抜けるような青空が、突如として禍々しい赤紫色に染め上げられた。
「……なんじゃ、あれは」
書斎の窓から空を見上げていたルミナリアが、思わず声を漏らす。
王都の東西南北、四方の外壁のさらに外側から立ち昇った巨大な魔力の壁が、空の頂点で交わり、街全体をすっぽりと覆い尽くす巨大なドーム状の結界を形成したのだ。
「王都全体を覆う結界……。しかもあの魔力の流れ、内側から外への脱出を完全に封じる遮断結界ですわ!」
エルフの優れた魔力感知で事態を悟ったエリーゼが、鋭く息を呑む。
結界の完成とほぼ同時に、王都のあちこちから轟音が鳴り響き、黒い煙が上がり始めた。
迷宮から溢れ出した魔物による被害ではない。王都の内部に潜伏していた闇商人のスパイや、彼らに金で買収された裏社会のならず者たちが、合図と共に一斉に武装蜂起を開始したのだ。
「迷宮の最奥を目指すのを諦め、直接この王都を制圧して世界樹の根源を奪う気ですわね……!」
「ええい、なんという強引な手段じゃ。王都防衛最高責任者の出番ぞ!」
ルミナリアとエリーゼは顔を見合わせ、即座に身を翻して一階のリビングへと駆け下りた。
「大変ですわ旦那様! 敵の奇襲が……」
リビングの扉を勢いよく開け放つ二人。
しかしそこにいたのは、勇ましく立ち上がり指示を飛ばす最高責任者の姿ではなかった。
「……ひぃぃ、もう無理。俺の魔力、そんなに抜かないでシリル君。なんか手足の先が冷たくなってきた……」
「閣下、素晴らしいですよ。このペースならあと三日で魔力循環システムが完成します。さあ、次は足の裏のツボに魔力針を打ちますので、動かないでくださいね」
「ボスー! お肉焼けたんだゾー! ほれほれ、口開けるんだゾー!」
「主君、まずは私の膝枕で休むのだ! 頭を撫でてやろう!」
ヘンドリックは、ミラの肉攻勢とサンネの膝枕ホールドに捕まったまま、シリルの怪しげな生体実験(魔力抽出)の餌食となり、口から一筋の魂を吐き出して完全に干からびていた。
「……旦那様。こんな時に申し訳ないのですが、起きていただけますか?」
「王都防衛最高責任者の初仕事じゃ。敵が結界を張り、内部で反乱を起こしおったぞ。さあ、立つんじゃ」
エリーゼとルミナリアの無慈悲な宣告に、ヘンドリックはピクッと痙攣し、次の瞬間、床にへばりついてジタバタと暴れ始めた。
「だーかーら! 俺は防衛の責任者なんて受けてないんだけどぉぉっ! やだやだ! 戦うのやだ! 平民に戻るの!」
いい年をしたおっさんが、床に這いつくばって見苦しいほどに駄々をこねる。平民に戻るつもりが、国中を巻き込む戦争のトップに立たされるなど、断固としてお断りである。
「そうは言っても旦那様。もう敵は動いておりますわよ? 街の人が危ないんですのよ」
「うむ。男なら腹を括るのじゃ、ヘンドリック」
駄々をこねるおっさんの両脇に、エリーゼとルミナリアがスッと寄り添った。そして、左右からヘンドリックの腕をギュッと抱き込んだのである。
「……むふっ」
ヘンドリックの顔面が、一瞬でだらしなく緩んだ。
二人はスレンダー派の機能美、いわゆる「つつましい」プロポーションの持ち主である。しかし、そこはやはり女性。決して板などではなく、柔らかく心地よい弾力が、ヘンドリックの両腕に確かな温もりを伝えていたのだ。
『つつましいのに、ちゃんと柔らかい……! 神か……!』
魂に刻まれたスレンダー至上主義が、心地よい感触によって完全にショートを起こす。ヘンドリックの頭の中は真っ白になり、先ほどまでの必死の抵抗はどこへやら、口からだらしない笑みをこぼしたまま、両腕を抱えられてズルズルと連行されていくのであった。
「……主君が、あんな微乳どもに骨抜きにされるなど……っ!」
「ボス、アタシのお肉のほうが柔らかいんだゾ! ずるいんだゾ!」
ハンカチを噛んで悔しがるサンネとミラを置き去りにし、ヘンドリックは最高責任者としての初陣へと向かった。




