久我根館から国府に向かいます
あたしは裳着の式の朝は早起きしなければならないと言われていた。
夜が明ける前に起きて朝日に拝礼し、食事をしてから沐浴して身を浄め、その後でお歯黒をして眉を剃り白塗り化粧をして紅を引くのだそうだ。
それから単衣の上に何枚も着物を重ねて着る。
最後に国守様が(裳)を腰に巻付ける儀式が裳着の式だそうだ。
暑い時期なので、汗まみれになりそうだが、式が終わるまでは我慢しなければならない。
すずちゃんが起き出した時だった。
いきなり東の方から法螺貝の音がして、屋敷の人達が一斉に飛び起きたのだ。
法螺貝は敵襲の合図らしい。
あたしは塗籠の中にいるので様子が見えないが、侍女達が騒ぐ声が響く。
「刀自様!敵が攻めて来ました」
「大変!わたくしの着物は何処?」
「刀自様!早く逃げなければ!刀自様!」
「鎮まれ!落ち着くのじゃ!」
刀自様の一喝で静かになる。
刀自様は急いで北の対を出て行かれた。
まつ様の指示で、あたしは急いで朝の身支度をして北の対の東の端に行き、そこから見える朝日を拝礼する。
その後、居間ですずちゃんが持ってきた朝食のお粥を食べる。
すずちゃんは早速台所で情報を仕入れて来た。
「那加国の佛僧達が大神官様を人質にして、国守様に強訴したのでございます」
「えっ、大神官様が捕まったの?」
「それが......」
すずちゃんは楽しそうに目をクリクリとさせる。
「大神官様は下帯姿で、単衣のみの妾と共に縄で括られたまま、母屋の前の玉石敷に投げ出されたのだそうです」
それはまた、あられもない格好で国守様にお目にかかった訳だ。
傲慢で尊大な大神官様が裸でそんな仕打ちをされるなんて、ほんの少しは可哀相って思う。
「国守様は大神官様に神通力で佛僧達に神罰を当てよ、と言われたのですが、何も出来ない大神官様にお怒りになり、名を奪って追放されたのです」
大神官様は追放されてしまったんだ。
大神官様が式の前に聖詞を述べられるって聞いていたけど、あたしの裳着の式はどうなるんだろう。
「大神官様の手足には擦れたような傷があったのですが、骨も折れていないのに大袈裟に痛がるのも国守様は見苦しく思われたようです。
しかも頬に血が付いたと見えたのは、妾の紅だったそうでございますから、自業自得と言う者ばかりで、味方する者はいないとか」
すずちゃんと話しているうちに今度は西門の辺りが騒がしい。
北の対にも家司が走って来るのが御簾越しに見える。
大声で刀自様に報告する家司の声が聞こえる。
馬の牧場が襲われ、那加国の軍勢が近くまで攻め寄せて来ているらしい。
刀自様が直ぐ国守様の元に行き、戻って来ると国府に逃げる準備をするように指示された。
もう裳着の式などは吹っ飛んだようだ。
侍女達は持って行く物の選別に忙しく、右往左往している。
他のお道具類は皆片付けて、倉庫や塗籠に入れて鍵をかけるそうだ。
あたしは動き易い乗馬用の短い袴を履かせられ、頭にベールと冠を被せられる。
そして侍女達の邪魔にならないように、北の対の端の部屋に座る。
そこに三の殿高至様の侍女のさや様がそっと近づいて来た。
「かぐや姫様、国守様よりのご指示でございます。久我根館からいち早くお逃げなさいますよう三の殿様をお遣わしになられました。急ぎお出で下さいませ」
「はい、分かりました。侍女のすずは連れて行けますか?」
「いいえ、侍女達は後で追いつきましょう。危急の時でございますから、とにかくお早く」
あたしは侍女のさや様に手を引かれ、北の対の廊下に出る。
廊下を北に行くと、裏庭に通じる階段があり、使用人が使う小さな門の側に馬を連れた高至様が立っておられた。
高至様はあたしの姿を見ると、嬉しそうに目を輝かせて近付いて来る。
今日も化粧をしていないのでとても美しい。
「かぐや姫様、わたくしを信じ安んじてお任せ下され。必ずかぐや姫様を国府にお連れ致します」
あたしはさや様に手を引かれ、階段を下りて用意された草履を履く。
「かぐや姫様を馬にお乗せ致します」
高至様があたしを抱き抱えようとすると、あたしの懐から電撃が走った。
「あっ、ごめんなさい。あたしの護符が高至様を弾いてしまうんです」
高至様は一瞬怯んだ顔をなさったのだけど、直ぐさや様にあたしを馬に乗せるように指示する。
何とかさや様に手伝ってもらって馬に乗ってから、あたしの頭に地味な着物が被せられた。
そしてあたしはさや様と馬に二人乗りして北門を出た。
そこには見慣れない武者が二人馬に乗って待っている。
「三の殿様、大道は北へ避難する民の荷車で一杯でございます。
山道にかかりたる辺りは更に道が狭くなれば、大道を通りて国府には行けませぬ。
少し戻りて西関館への抜け道を使わねばなりませぬ」
「よし。道案内を頼むぞ」
最初にその案内の武者が、次に高至様、二人乗りしたあたしとさや様、高至様の従者と武者、六名で大道を南に下がる。
確かに大道は避難する人や荷車で一杯で、馬で走るのは難しい。
栗山館の手前で横道に入ると人通りはぐっと少なくなったので、馬を走らせる。
さや様は馬に乗り慣れているようで、片手であたしの胴体を押さえ、片手で手綱を操っている。
だけどあたしは、久我根館で乗馬訓練を受けたのはほんの数回だったし、ゆっくりと馬を歩かせるだけだったので速足の馬に慣れるのは無理だった。
「......さ、や、様......も、もうす、こし......ゆ、ゆ、ゆっく、り......はし、はし......って......」
「三の殿様、かぐや姫様がお疲れでございます」
「済まぬ。慣れぬ馬にお載せ致して。あと少し我慢頂きたい」
高至様があたしの馬まで戻ってきて済まなそうに言う。
「追っ手を引き離さねばなりませぬ」
あたしの馬の後ろを走る従者が言う。
えっ?追っ手?誰が追っ手なの?
その時、道の先にバラバラと十数人の武者が槍を構えて立ち塞がった。




