久我根館の刀自様の決意
久我根館に押し寄せし佛僧達には朝食の粥を出し、取り敢えずお引き取り願った。
佛僧は二早瀬川の近くに今年建てられし佛寺の僧達で、三早瀬川を越え押しかけて来たという。
那加国のお許し状も持ちたれば、二早瀬川の関を越えて来たのだ。
やれやれ、今日はかぐや姫様の裳着のめでたき日であるのに、早朝より見たくも無き大神官様の醜悪な有様を見てしまいたり。
気を取り直して裳着の準備をせねばならぬ。
式は夕方からだが、かぐや姫様は沐浴して、お歯黒をし眉を剃りて顔化粧いたさねばならぬ。
巽様には大神官様の代わりとして、式の始まりに聖詞を唱えてもらわねばならぬ。
まずは食事をいたそうと、居間に漸く座りたると、西の対より大慌てで家司が来る。
「刀自様、大変でございます。栗山様より急報が参りました。
馬の牧場が多数の騎馬武者に急襲され、数多の馬が盗み出されたそうでございます。
怪我人も出ております」
「何としたことか!漸く佛僧達が片付きたると思えば。して、どこの騎馬武者か?」
「那加国の武者らしきと」
「那加国とな......」
我は最悪の予感がする。
「第二報でございます」
西の対からもう一人が走って来る。
「二早瀬川の関が破られました。那加国の軍が来ます。その数,千数百と」
「......千数百......」
日見国で今すぐ出撃出来る武者は精々百人であろうか。
千には遥かに届かぬであろう。
我は急ぎ中央の寝殿に向かう。
国守様に策をお聞きするのだ。
中央の寝殿でも皆が立ち騒ぎて、それぞれ勝手な事を言い合っておる。
「那加国に和睦の使者を立てるが良い」
「いや、このままでは居られぬ。国府まで退却するのだ」
そこに此春大熊様と栗山様が馬を飛ばして来られる。
「国守様、この大熊が那加国など蹴散らしてご覧に入れます。
是非出撃のご許可を頂きたく」
「待たれよ大熊様。栗山宗太が現況を国守様にご報告申し上げます」
大熊様を制して栗山館のお館様宗太様が申し上げる。
「今朝夜も明けぬ内に那加国らしき武者が牧場に入り、埒(柵)を開けて馬を数十頭も盗み出しました。夜警が殴られ縛られておりました。
更に夜が明けると、三早瀬川の岸沿いに数百の将兵が見え、旗竿を立ち並べ、陣を敷いております。下流の堰はまだ落ちませぬが大道の橋は最早持ちこたえられませぬ。橋を焼き落とさねばなりませぬ」
「よし。許可する。橋を焼き落とせ。戦の総大将は栗山殿に任ずる。此春殿は短慮無き様に」
国守様のご指示を聞くと、大熊様と栗山様は直ぐ立ち去られる。
「この久我根館は平地に建つ屋敷なれば護りが難しかろう。文官や女子供は国府に向かうのだ」
国守様は久我根館を戦の本陣となさる。
三早瀬川を見下ろす此春館や三郎様の西の館、栗山館が前線の砦となるのだ。
我は急ぎ北の対に向かい、かぐや姫様と侍女達を国府に向かわせるべく指図する。
出ているお道具類は必要な物だけを持ち、残りは倉や塗籠に入れて鍵を掛ける。
荷馬車に必要な物のみ載せる準備を行うのだ。
そして我は東の対に行き、殿様方のご要望をお聞きする。
東の対も大混乱になっていて、武具を探し回る者や、早く国府に戻ろうとする者、何をして良いか分からず、枕を持ちてウロウロする愚か者までいる有様だ。
このような者達は邪魔になるだけなので、国府へ戻られた方が良かろう。
我は警護をしている巽様を部屋の隅に呼び、他言無用と断りて密かに話す。
「巽様、刀自が言うことを良く聞かれよ。巽様は我が亡くなりし太郎の息子である。巽様が持たれし久我根一族の黄金の護符がその証であるぞ。巽様の母君様は太郎と護符を取り替えられたのだ」
巽様は驚きながらも真剣に聞いている。
「それがわかりたるのは、巽様が刀自を庇いて毒矢に倒れし時であった。巽様を太郎の息子、刀自が孫と皆に明らかにすれば、一族に内紛の種を撒く故に今まで黙りていた事を許されよ。
巽様にはいずれ館を与えむと思いしが、国守様のお指図でそれも叶わぬ」
「わたくしは刀自様に心より感謝いたしております」
「うむ......この機会を逃せば、巽様に真実を明かさずじまいになろうから話したのじゃ」
「お話し頂き有り難く存じます。わたくしは根無し草の心持ちでおりましたが、これからは久我根一族としての誇りを胸に秘めて生きて参ります」
「もう一つ、巽様に頼みがあるのだ。もし久我根館が敵国の手に陥落れば那加国には行かず、かぐや姫様をお護りして何処か探索の手の届かぬ遠くの地に隠れるのだ」
「......はい......承知致しました。我が身に代えてもかぐや姫様をお護り致します」
「よし。頼んだぞ。刀自は久我根館の主であるから、最後まで久我根館に残る。
これから巽様はかぐや姫様の護衛の武者となりて、かぐや姫様のお側近くに控えるのだ。
刀自の許し状を持ちて行くが良い」
わが心残りは片付けた。
まだまだこの刀自が久我根館で為さなければならぬ事が山積みにあれば、一つ一つ片付けねならぬ。




