那加国の中将様がおいでになります
久我根様が一の殿、美原野高継様と那加国の中将様、加賀美経宣様を案内して中央の寝殿に入って来る。
どちらの殿様も初めてお目にかかるし、特に中将様は超絶美男と名高い方なので、とても興味がある。
ゾロゾロと沢山の随行者を引き連れて来たお二人は、母屋の中央に設けられた二つの席のどちらに座るかを散々譲り合った後で、年上に見える方が東側に座られた。
日見国では、太陽が昇る東側の席が上席なので、こちらの方が中将様らしい。
久我根様が進み出て、長々しい挨拶を始める。
最初に上席に座られた中将様に挨拶をされる。
あたしはまじまじと中将様を眺める。
お部屋に入って来た時にわかったのだが、中将様は背も高くなく、その割にでっぷりと太ってお腹が出ている。
中将様は那加国の軍の要職についていると聞いたので、厳めしい武者姿かと思ったら公家の化粧をされている。
白塗りのせいなのか、顔が大きくて平面的だ。
頬が厚く膨らんでいて二重顎で首が見えない。
眉は太く描いてあって目は細く、少し吊り上がっている。
小さい鼻は、平仮名の『し』の字を書いたようで、口も小さい。
顔のパーツが頬の肉の中に埋まってしまっている。
下膨れのお相撲さんのような顔だ。
あたしはこの世界に来てから、背が高く骨太のがっしりした体格で彫りの深い顔に慣れていたのだ。
でっぷりと太った人は一度も見たことが無い。
食料が多くないこの世界で、何を食べたら、こんなに太るのだろう。
なぜこんな人が超絶美男と言われるのだ。
周りの侍女の様子を見ると、信じられないことに皆うっとりと中将様を見ている。
「なんとご立派なご様子でしょうか」
「どっしりと自信ありげに座られて、挨拶されるお言葉も並のご様子ではありませぬ」
「このような素晴らしき殿様も那加国にはいらっしゃるのですね」
「贈り物も華麗でございますが、中将様ご自身の方が更に華麗なご様子」
「誠に噂以上の中将様とお見受けいたしました」
ヒソヒソと囁く声が信じられない。
あたしは確信した。
絶対この国の美的基準はおかしい。
お館様の挨拶は続いている。
今度は国守様の一の殿高継様にご挨拶をされている。
高継様も公家の化粧をしている。
中将様ほど太ってはいないが、背は低くポワンとした体つきだ。
お顔は公家の化粧が良く似合っていると言うべきなのだろうか。
あたしは巽様のお姿を思い出す。
巽様は和風の顔立ちだけれど、意思の強そうな真っ直ぐな眉や目から精悍な印象を受ける。
背は三の殿高至様ほど高くはないけれど、細身の身体にはしっかりと筋肉がついている。
巽様がこの辺りの女性に人気があるのは良く理解できるけれど、それならなぜ中将様を見て憧れるのだろう。
あたしはすずちゃんに声をひそめて聞いてみる。
「すずちゃんも中将様を美男って思うの?」
「はい、勿論でございます。まるで絵巻の中の殿様ではございませぬか。
巽様がこの国の美男なら、中将様はこの世に稀な美男でございます」
つまり、巽様はこの辺りでまあまあの美男で手が届くけれど、中将様は芸能界のアイドルか漫画の主人公クラスの美男で普通の人には手の届かない存在、ということですね。
ぎぃやぁああぁって叫びたい。
だけど、あたし以外の全員がそう思うなら、この世界ではあたしの美的感覚の方がおかしいのだ。
あたしが美人って言われる事に納得するなら、中将様が超絶美男と言われる事にも納得しなければならないのだ。
久我根様のご挨拶はようやく終わって、刀自様が中将様より頂いた贈り物のお礼を言っている。
今日の久我根館は格子も上げて御簾も全部巻き上げられて、気持ちの良い風が吹き通っている。
几帳が風になびくと、居並んでいた侍女達の着物の色彩が華やかな印象を与える。
まるで絵巻物に描かれた様な風景だ。
「まあ、儀礼的な挨拶はそれぐらいで良いのではないか。今回は那加国と日見国の親睦のためにお訪ね致したのであるから、お互い楽しく過ごそうではないか」
中将様は周りを見回して、自信たっぷりに話される。
自分に向けられる侍女達の憧れの眼差しや称賛の声を楽しんでいるようだ。
「これは気の利かぬ挨拶を致しました。この度は国府より舞や謡の名手も呼びておりますれば、是非ご覧下さいませ」
刀自様が合図を送ると、酒や肴の膳が運ばれて来る。
その後で、烏帽子に水干姿をした三人の若い女性の踊り手や、笛や太鼓や琵琶を持った楽士達が廊下を通ってやって来る。
今までの宴には無かったショータイムが今回はあるらしい。
侍女達も初めて見るらしく、期待を込めた嬉しそうなざわめきが広がっている。
三人の踊り手が部屋の中ほどに立ち、謡が始まる。
しかし、謡は声を長く延ばして言葉の意味が分からず、まるで能を見ているようだったし、踊りもゆっくりでほとんど動きがなく、ただ扇を振ったり袖を翻したりするだけだった。
あたしにとっては期待外れの歌と踊りだったけど、侍女達は食い入るように見ていて、長い退屈な曲が終わった時も感心しきりだった。
いくら娯楽が少ないといっても、もう少し動きがあっても良いんじゃないか。
あれならあたしだって舞えると思う。
舞が終わると、三人の踊り手は主賓の脇に座ってお酒を注ぐ。
彼女たちは宴席の接待係でもあるのだ。
中将様は、細い目を更に細めてグイグイお酒を飲んでいる。
中将様の前には、日見国の重鎮の方々が一人ずつ挨拶に伺って、お話をしては盃を交わしている。
会う人毎にお酒を飲むのだから、かなりの量だ。
此春大熊様も中将様の前にどっしりと座って、戦術の話をしようとしたのだが、刀自様が上手に話を逸らして簡単に切り上げさせた。
今日の宴は上品モードで進行している。




