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番外編 滅びの国と託された願い


どれほど栄華を誇った都だとしても、崩壊はあっという間だった


「あっけないものですね~」


クスクスと萩波が笑う。

その笑みは、楽しいと言うよりはどこか物悲しげさをたたえている。


同盟国であった沙国は滅亡した


一人の生存者を残すこともなく


いや、本当はずっと昔にこの国は滅んでいたのだ


沙国の第三王女の魂が黄泉路を渡った時から


王宮が焼け落ち、王都は崩壊していく


「貴方の望みは果たしましたよ」


気の弱い男だったが、善良な王だった。

気が強いが、それでも民を思う王妃と共に国を治めていた。


子ども達もそれぞれ、平凡だったが、それでも国を、民の幸せを願っていた。

それを壊したのは、一人の欲深き神。

蛛の字を冠し、冥界で好き勝手をしていた彼女によってこの国は滅ぼされた。


ただ一つ


最後の願いとして託した宝珠が萩波達の手元に渡るまで


この国は、全てが蛛神の傀儡として動かされていた


「お前がわざわざ来る事はなかったのに」


宰相の言葉に、萩波は悲しげに首を横に振った。


「同盟国の王の願いを無碍にしてはいけませんからね」


最後まで王であった彼


その気高き信念に応えてやるぐらいしてもいいだろう


「彼が最期の力で沙国全土に結界を張ってくれたのですから」


蛛神に支配され、民達が全員その糸が殺された後も傀儡として利用され続けて行く中、沙国国王を始めとした王族及び官吏達は国に結界を張った。

もはや、誰一人として外に逃がす事は不可能だった。

逃がした者達も全て、蛛神の糸に捕らえられて捕食されてしまった事を彼らは知っていたから。


彼らは全てを受け入れた


自分達に迫り来る死を


だが、それでも彼らは誇り高くあった


その悲劇がこの国だけで終わるように


蛛神が他国にその魔手を伸ばすことがないように


臆病で凡人だった王は、それでも心の底から王だった


王子王女達に王妃、そして官吏達もまた為政者だった


そうして、蛛神の動きを封じ込めた


全ての情報を遮断され、死した筈にも関わらず永久に蛛神の死の奴隷にされようとも


「長らく我々も騙されていましたよ」


灰となり、何も残らなかった王都を歩きながら萩波は深いため息をついた。


蛛神は狡猾だった。

自分が支配し、民全員を殺した後も、その魂を国に留めて何事もなく生活させた。そう――滅んだはずの沙国は、まるで何事もなかったように殺された者達が普通に生活していたのだ。


わざとそうさせていたのだ


全ては、沙国を隠れ蓑とする為に


もし、沙国が滅んだことが分れば、他国はすぐさま原因を究明するだろう。

そうなれば自分の存在が明らかになる。

だから、蛛神は沙国を利用した。己が滅ぼした後も、滅ぼす前と同じように国を成り立たせていた。そこに居る民達全てをそう操ってきたのだ。


脚本家は蛛神


演じさせられていたのは民達


それでも、彼らは蛛神に一矢報いたといってもいい


蛛神は長きにわたって自由を奪われ続けた


それから百年余り


果竪への贈り物を探して他国の出店を回っていた萩波は、そこで一つの宝珠を見つけた。


呼ばれたような気がした


それは固い封印がかけられていた


蛛神に中身を知られないようにする為のもの


ただ、沙国国王の気配が微かに残っていた事が酷く気にかかった


そして、その宝珠を果竪が見た瞬間の光景が今も忘れられない


『涙が止らないの……』


止めどなく涙を流す果竪に、萩波は沙国へと配下を向わせた。

沙国は以前のままだった。何も変わらず、普通に民達が平穏に生活している。


しかし――


いくら蛛神が沙国から出られないとはいえ、無力化したわけではなく、寧ろ攻めから獲物を巣穴に誘い込む彼女によって、潜入した配下が危うく殺されかけた


沙国は蛛神の捕食場


最初はそこまでは分らなかった


ただ、命からがら逃げてきた配下の訴えに萩波は命じた


それは、配下を助けた心優しき民の少女の言葉


『この国はもうとっくの昔に終わっている……どうか、もう終わらせて』


その少女に再び出会う事はなかった。

少女は蛛神に背いたとして、与えられた仮初めの肉体を破壊されてしまったから。


支配されながらも必死に伝えてくれた言葉


沙国には何かが起きている


もはや手遅れの何かが


しかし、沙国を手遅れにさせたそれはまだいるのだ


それをあぶり出すために、手を打った


のってきたのは沙国の第三王女だった


その王女は、蛛神が沙国を支配した後に生まれた存在だった


蛛神は民達を殺し尽くしたが、王族だけは完全に殺すことはしなかった


意志も全て奪った人形とした後も、彼らに普通に生活させた


というのも、その時王妃は妊娠していたからだ


完全に死ねば子供は生まれない


他の民ならば言い訳が出来ても、王妃となるとやっかいなことになる


周辺国が煩くなるのは目に見えていた


だから、その子供だけは産ませようとした


滅ぼしてなお、自分の隠れ蓑として以前と同じように何の異変も感じさせないように生活を演じさせるのだから


それに、子供も生まれた後で殺してしまえばいいと――


だが、なんの気まぐれか子どもは生き残った


それは、蛛神が力を使いすぎて半分眠りについたからだ


そうして、偽りの国で過ごしてきた沙国の第三王女


彼女が一番哀れだったのは、既にその国に生きている者は誰も居なかったということだ


王女が生まれた後、他の王族達も殺された


殺されてなお、糸に操られて生きていた


そんな彼女の状況が一変したのは、凪国からの打診だった


沙国の異変の現況をあぶり出すべく調査していた萩波達は、沙国の第三王女だけが生きていると知った


だから様子見と保護もかねて、萩波が側室として引き取る事にしたが、母思いの息子は自らの側室として引き取ってしまったのだ


己が蛛神の狙いの一つだとは気づかずに


そして、その行為が第三王女の未来を決めてしまった


最終的には、その手を取ったのは確かに第三王女ではある


もともと、第三王女の気性は驚くほど蛛神にそっくりだった


だから、もし生きていたとしても、結局は神殿送りにされていただろう


それほどに、この国に来た彼女は果那を見て憎悪と殺意を滾らせていたのだから


しかし、その前に蛛神は第三王女が大根を殺した正妃の生まれ変わりであると気づき、更には波景を手に入れるに有利な地位に第三王女が就いたとして動いた


「本当に……我々をコケにしてくれましたよ」


異変に気づいた果竪を眠りにつかせ、彼女はこの国にも魔手を伸ばした


彼女が牙をむく頃には、もはや萩波達は沙国に起きた事も、第三王女の体を乗っ取ったものの正体も知っていた


だから、自分達も動いた


波景が過去に妻を取り戻しに行き、蛛神がそれを追いかけた後


萩波達は蛛神の巣穴を叩いた


そう……沙国を滅ぼすことだ


傀儡となり、蛛神の意のままに動く民達全員を糸から解き放ち、蛛神の糸を全て焼き払った



国全部を焼くつもりはなかったが、蛛神の糸は木の根、小石に至るまで張られていた


もはや焼くしかなかった


だが、それ以上に蛛神の目を盗んで国外へと運び出された宝珠に込められた王の最期の言葉が、萩波に国を焼かせた


この国の全てを蛛神から解き放ってくれ


解き放つべく、焼いた


もはや、命あるものは何一つない国を


文字通り蛛神から解放するために


それに、もし国が残っていれば……糸の一本でも繋がっていれば、蛛神はこの時代に糸を伝って逃げてきたかも知れない


そうして力が回復するまで沙国に閉じこもっただろう


しかし、それも国が焼かれた事で潰えた


全てが終わった後、萩波達は再びこの国に訪れた


糸を払うべく焼いた沙国を


今度は全て焼き尽くすために


そして……潜む蛛神の配下達を燻り出すために


あちこちから悲鳴が聞こえ、奴らが出てくる


もはや神とは言えない、堕落した者達


萩波が刀を抜くのを合図に、背後に控える近衛の武官達がそれぞれに武器を構える


「さあ、終わらせましょう」


今度こそ、全てを終わらせるのだ


もう誰一人として、この国の者達が利用されないように


そうして最後の弔い合戦が始まる


『萩波殿、俺はこの通り凡神だ。でも、それでも親父から受け継いだ国の事は大切に思っている。だから、やれるだけの事はやる。でも……もし、それでもどうにもならなくなったら……その時は……』


その時は


宝珠に込められた叫びが蘇る


『頑張ったけどダメだった。せめて、幼い子ども達だけでも逃がしてやりたかったけど……もうどうにもならない。せめてものの抵抗として、生き残った者達で結界を張る。あいつを閉じ込める。だから……ああ、こんな事を頼んですまん。でも、もうお前にしか頼めないんだ。この宝珠の言葉が届く頃には、もう沙国は滅んでいるだろう。いや、もし滅んでいなくともそれは虚像でしかない。御願いだ。この言葉が届いたならば、沙国を、俺たちをこの悪夢から解き放ってほしい。そして――』


ただ一人生き残った娘を守って欲しい


それが最期の願い


でも、彼は知らなかったでしょうね


その娘が……貴方達の子どもにしては、余りにも欲深く己の欲望に忠実だったがゆえに、自ら身を滅ぼすことになった娘の悲しい末路を


「幸せになれたかもしれませんのにね」


それを選ばなかった沙国の第三王女


だが、それもまた彼女の望んだことなのかもしれない


だから願わくば、今度は平凡でも幸せな生を送って欲しい


それは、沙国の民達に向けた自分達の願い



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