第2章 11節
その夜、エリザベスが一人きりの食事を大きなダイニングテーブルに座って食べていると、玄関ホールの呼び鈴が鳴るのが聞こえた。エヴァンズが出て行って、小さな紙切れを一枚持ってあわてた様子で食堂へ戻ってきた。
「奥様。だんな様が帰っていらっしゃいます。今、シェルブールにいらっしゃると」
エリザベスはその電報を受け取り、書かれてある文字を確認した。
「イマ、シェルブールニイル。アス、ユウコクニロンドンニモドル。 シルヴェイナス」
エリザベスは自分の心臓が痛くなるほど高鳴っているのを感じた。エヴァンズから紙を受け取ったときは立っていたが、「シルヴェイナス」というその名前が最後にあるのを見て、力なく食堂の椅子に座り込んだ。
「奥様? 大丈夫ですか」
エヴァンズが驚いて水差しからコップに水を注いで差し出した。
「大丈夫。大丈夫よ。ちょっとびっくりしただけ……」
そうは言ったものの、エリザベスはしばらく椅子から立ち上がれなかった。シルヴィが戻ってくる。この屋敷に……うれしさと不安がいちどきに頭の中を駆け巡った。
彼は自分のことを覚えているだろうか。結婚してここに自分がいることを覚えているのだろうか? ローウェルの屋敷で見せてくれたような、情熱をもう一度自分に向けてくれるだろうか。
エリザベスはその夜、なかなか寝られなかった。レイディ・オリヴィアが戻ってしまったあと、また静かな寂しい生活に戻ると思っていたのに、そうではなくなった。シルヴィが戻ってくる。ずっと心の奥に閉じ込めてきたあの人。やっと普通の結婚生活を送ることができるのだろうか。けれども、心の中にはもう一方で口に出来ない疑念もあった。パリで一緒だったという女性……そういう女性がいるということなのか、それとも仕事上の付き合い? けれど仕事って?
エリザベスははたと思いあたった。シルヴィが何をしているか自分は全く知らない。ただ、外交官というだけで。国の仕事をしているのだということだけ。
きっと自分が知っていても仕方の無いことなのだ。ならば、何も言うまい。彼がここに帰ってきてくれるだけでいい。彼の姿が一目見られるだけで。今まで以上のことを望んだら、それもかなわなくなるかもしれない。エリザベスは胸がつぶれそうに痛かったが、明日はシルヴィに会えるのだというそのことを夢にみながら眠りについた。




