第2章 10節
一週間後、レイディ・オリヴィアはゆっくりではあるが何とか自分で歩けるようになっていた。またバーミンガムで兄の代わりに家の所用を全てこなしているホレイショーがようやく母親を迎えに再びロンドンへやってきた。長い間、難しい母親の世話をさせたことをホレイショーは大変申し訳なく思っているらしかった。レイディ・オリヴィアも足がよくなるにつれ、ひどい駄々をこねることもなくなり、ホレイショーが迎えに来てからはさらにおとなしくなった。
「義姉さんには感心させられました。あの難しい母にまともに立ち向かったのはあなただけですよ」
ホレイショーはやってきた翌日には母親を連れて帰るつもりだった。その日の朝、メイフェアの屋敷の食堂で、エリザベスと朝食を取りながらホレイショーが言った。
エリザベスはその誉め言葉にもただ寂しく微笑んだだけだった。レイディ・オリヴィアの怪我は治ってもシルヴィは……この屋敷の主人は戻ってこない。
以前にもましてエリザベスの沈んだ様子を見ていたホレイショーは、レイディ・オリヴィアをバーミンガムに送り届けたら再びここへ戻ってくると言った。
「ホレイショー。子供じゃないんだし、私は大丈夫よ。それよりお母さまについていて差しあげなくては。結局ロード・シルヴィには会えなかったのだし、きっとお寂しいのでしょう」
「けど義姉さん……」
ホレイショーが食い下がった。少し年は離れているが、ホレイショーは時々ロード・シルヴィと同じ表情になる。ホレイショーの方がもっと柔らかい感じだけれど。
「いいえ。本当に」
エリザベスは微笑をくずさなかった。それが悲しい微笑みに見えるのは誰もが知っていることだった。
その日の午前中にレイディ・オリヴィアはホレイショーとともにバーミンガムへ戻って行った。馬車に乗り込む前、レイディ・オリヴィアは言った。
「怪しいお茶も少しは効いたのかもしれないわね。おかげでやっとバーミンガムに帰れるわ。シルヴィが戻ったら、すぐにバーミンガムに戻るように言っておいて頂戴。近所に嫁のお披露目もしないなんて、なんて息子なの。全く」
後ろについていたホレイショーが笑いをこらえて下を向いている。
「お気をつけて」
エリザベスも静かに笑みを返した。
いろいろな騒動の後、屋敷の中は以前の静けさを取り戻した。エリザベスはたまっていた手紙やメッセージにあらためて目を通して、何通もの返事を書いた。ひととおり必要な仕事が終わると、エリザベスの心の中にはまたぽっかりと大きな穴が口を開けた。
静かな寂しい生活。ロンドンの真中で。




