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その十七
ファイナルコンサートのおかげで再び息を吹き返したぼくは、五郎叔父さんから借りた二枚目のDVDをセットする。
今度のDVDでは、トーク番組みたいなものに女優の田中好子さんは出演していた。お話の様子だと、どうもダンナのお母さんが亡くなったようだ。
スーちゃんはいまのダンナと結婚するまえから、このお義母さんとは交流があったらしく、だからそのときのエピソードなどもいくつか話していた。
エピソードを聞いているかぎりでは、亡くなられたお義母さんは田中好子さんのことを「スーちゃん」とも「スー」とも呼んでいなかった。
それからスーちゃんの友だちでもあった、お義母さんのじつの娘の女優さんも、スーちゃんのことをスーちゃんやスーではなく、
「好子ちゃん、ブランデーは安いほうが、おいしいんだから」
とか、
「好子ちゃん、アタシ帰る」
とかというふうに呼んでいたようだ。
司会の方はこんなエピソードを聞いたあとですらもあいかわらずマイペースで、
「あなた、でも『スーちゃん』とは、呼ばれてなかったの?」
などという気のきいた質問も案の定しなかったので、ぼくはまたなんとなく、
「女優の田中好子さんは、あのスーちゃんなのだろうか?」
と不安になってきた。
再度キャンディーズのファイナルコンサートを視聴する。
カラフルな紙吹雪がたくさん付着している衣装を身につけていたスーちゃんは、
「田中好子――『スー』って、呼んでください!」
とやはり言っている。
ぼくは握り拳をつくって、先のトーク番組にまたトライする……しかしそれでも田中好子さんは、司会の人にも「スーちゃん」と一回も呼ばれることはなかったし、スーちゃん自身もそれにたいして、
「『スー』って、呼んでください!」
と抗議することもなかった。
モモヨクンが帰ってきた。
森中市長の街頭演説には、ものすごい人だかりができていたとおしえてくれる。
「三原先生も選挙カーにあがってました」
モモヨクンの話にあいづちを打ちながらもぼくはいったんしまったトーク番組のディスクを再度プレーヤーにセットする。
今回はモモヨクンにも「スーちゃん」あるいは「スー」という言葉を聞きのがさないように協力してもらう。しかし、やっぱり番組が終了するまで、そういう発言はまったくない。
ぼくはモモヨクンにファイナルコンサートの自己紹介のチャプターを観せる。
「ね」
「うん」
またDVDを入れ替える。そういうことを何度もくりかえした。
やがて最後のほうではだぶだぶのアーノルド・パーマーのポロシャツを着て、ぼくの太ももあたりをゆさぶっていたモモヨクンも、
「知らないもん」
と寝てしまった。
「モモヨクンにはわるいけれど、とにかくこれでDVDに集中できるぞ」
明け方たしょううつらうつらしながら、もう何度目の鑑賞なのかまったくわからなくなったトーク番組のDVDを頬杖をついて観る。
「キャオ……」
ふと、いま眼前で喪服を着て姑が亡くなったことを悲しんでいる女優さんは、後楽園球場でのあのファイナルコンサートから三十年という年月を生きたキャンディーズのスーちゃんなんだと気付く。いまはじめて本当に知ったような感覚があった。大いなる何かに触れられた気がした。景色が変わった。
モモヨクンは今日も朝早く出ていった。喫茶店のほうのバイトらしい。
お昼近くまで寝たのちに浴室の掃除をし、そのついでに風呂に入る。湯船に浸かりながらさっきみた夢について長考する。
午後の三時に「百年の孤独」を再読していると、モモヨクンがもってきた変な土偶が、
「来たれ、兄弟よ。活動の時は来たれリ。来たれ、兄弟よ。活動の時は来たれリ」
と訴えてきた。
念のためマリア・ローザさんにメールで問い合わせてみる。ローザさんからの返信を何度も読み返していると、モモヨクンが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
「沢田さん、二階の襖に貼ってある写真の人、誰ですか?」
「ん? 襖? 二階に襖なんてないじゃん」
「あるもん」
二階にあがると、ステンドグラスだったところが、なるほど確かに襖になっている。襖に貼られてあるポスターは着ているものからかんがみて、おそらく戦前の映画女優だろう。
「この人も小柄なんですか? わたしとどっちが好きですか?」
「もちろんモモヨクンだよ」
ぼくは深呼吸をしたのちに襖をおそるおそる開ける。そこは三畳ほどの畳部屋で、奥にも襖があった。マリア・ローザさんが送ってきたことはやはり本当だった。
来たれ、兄弟よ。活動の時は来たれリ。来たれ、兄弟よ。活動の時は来たれリ……。
「モモヨクン、洗礼を受けてくれるかい?」
「ええ。昨夜も和貴子先生がこの襖から入ってきて、そう言ってました」
「和貴子さんが……」
「あの土偶も先生にもらったんです」
「やっぱりあっちの屋根裏もつながってるんだな……あのねモモヨクン、マリア・ローザさんから洗礼をさずかったら、式を挙げるよ」
「はい」
「バイトは悪いけれど、辞めてもらいたい」
「はい。今日二つとも辞めてきました」
ぼくはまだ一度しか着ていないアーノルド・パーマーの服に着がえる。そしてモモヨクンの肩をしっかり抱いて、三畳間のその奥に足を踏み入れた。
(了)




