第6話
掌の中で、魔玉がかすかに脈打っている。
紫とも黒ともつかない深い色合い。
内部では霧のような魔力がゆっくり渦を巻き、見ているだけで意識が吸い込まれそうになる。
……濃いな。
思わず口の端が上がる。
これまで調伏してきたどの魔玉とも違う存在感。
触れているだけで指先が痺れるような魔力の密度だ。
隣でレッドウルフが低く唸った。
「大丈夫だ。分かってるって」
軽く肩をすくめて答える。
無理にここで調伏する必要はない。
魔玉をポーチに収め、周囲を警戒しながら歩き出した。
肩の傷がじんわりと熱を持ち始める。
「……あとでちゃんと手当てだな」
さっきまでの死線が嘘みたいに、【断界】は静まり返っている。
霧はゆっくりと地表を舐め、遠くで魔物の咆哮が反響していた。
一歩進むたび、途切れた契約の感触が胸の奥に残る。
《ホーンラビット》。
《ビッグフロッグ》。
《ストーンゴーレム》。
先程の戦闘で、モンスターは《レッドウルフ》以外尽きた。
「……助かったよ」
小さく呟く。
【断界】では当たり前の損耗だ。
分かっている。慣れている。
それでも、今日を生き延びられたのは確かだ。
隣を歩くレッドウルフが静かに歩調を合わせる。
黄金の瞳が前方を睨み、頼もしさが胸に広がった。
「また、モンスターを調伏し直すかぁ」
そういうとレッドウルフはクゥンと寂しく鳴いた。
やがて霧の向こうに白い光が揺らめき始める。
ゲートだ。
その光を見た瞬間、肺の奥の緊張がゆっくりほどけていく。
ゲートをくぐると、空気が変わった。
湿った魔素のざらつきが消え、冷たい現実の空気が肺を満たす。
管理エリアの照明。
金属製の柵。
無機質なアナウンス音。
生還者だけが見る、日常の景色。
レッドウルフを送還し、僕は壁にもたれて息を吐いた。
「……はぁー、生きてる生きてる」
思わず苦笑が漏れる。
全身は重い。肩は痛い。喉も渇いた。
でも――悪くない。
ポーチに手を当てる。
中の魔玉が、静かに存在を主張している。
この怪異を調伏したら、戦力は一段階どころじゃない。
「次はお前の番だな」
ポーチ越しに軽く叩く。
まるで応えるように、内部の魔力が微かに脈打った気がした。
僕は天井を見上げ、小さく伸びをする。
「とりあえず――飯と風呂、魔石の換金は・・・・明日でいいか」
数日後には、また【断界】に入るかもしれない。
それでも今は。
今日もちゃんと帰ってこられた。
それで十分だ。
そして心のどこかで、
魔玉を飲み込む瞬間を、少しだけ楽しみにしている自分がいた。




