第十八話 おまわりさん、犯人はあっちに行きました
コウジはクズである。
「……アンリ? なんでそこにいるんだ?」
仲間であったはずのアンリが別の転生者の元にいる、というのは、明らかに不自然なことであった。まさかあいつ、俺が借金できるかもしれないからって裏切ったんじゃないだろうな。なんて心配が浮かんで来る。
「……」
俺が話し掛けても、アンリは無言のままだ。いつもの俺なら無視すんなこの野郎、と怒鳴ってしまうだろうが、会場に漂う異常な雰囲気が俺をそうさせなかった。
先ほどから気になっていたのだが、観客の声が一切聞こえてこない。俺の目は、確かに大勢の観客を捉えていると言うのに。来賓席に居るジャックも、この異常な雰囲気に気づいているらしく引っ切り無しに周囲を見渡している。
「こいつに話しかけても無駄だよ」
急に、椅子に座っていた茶髪が喋った。運動場の真ん中で木椅子に座っているこいつの姿も、客観的に見たら異常だろう。シュール、と言ったほうが正しいか。
「君の大事なお仲間は、もう僕の操り人形だからね」
「……は?」
何を言っているのかわからないが、今はそんなことよりも……。
「僕のスキルでこの子は奴隷化した。もう僕の言うこと以外聞かない」
「ちょっと待て、大会はどうなったんだ? この大会で負けたら借金ができちまうんだが」
俺がそう言うと、茶髪は呆れた顔で頬杖をつく。
「君は本当に勇者なのかい? ……まあ、質問には答えよう。君の相手は僕だ。もう試合は始まっている」
「……はい?」
俺が間の抜けた返事を返すと、茶髪が審判を一瞥し、顎をくいっとやった。それを合図にするかのように、うつろな目の審判は旗を挙げる。
「はじめ」
その瞬間、アンリが飛びかかってきた。あっという間に距離を詰められ、動きを封じられる。
「おい……っ、離せアンリ! 俺の言葉が聞こえないのか!」
「……」
無表情のままで俺の腕を固めるアンリ。抜け出そうとしても、力が入らずなされるがままだ。
「滑稽だなあ! 君みたいなちーと持ち連中はいつもそうだ! 僕らみたいな魔族はためらいもなく殺すくせに、仲間だったらどんな悪どいやつでも傷つけることさえできないんだ!」
身動きが取れない俺に、茶髪はそんな事を……。
「……おい、お前。俺がチート持ちだと? バカも休み休み言え」
「はっ! こんな大会に出ておいて今更何を……!」
椅子の上から見下してくる茶髪に、俺はかろうじて拘束を解いた右手を突き出す。
「なにをするつもり?言っとくけど魔族である僕に魔法は効かないよ、どんなに威力が高くとも……。」
「無限創造・紙」
そう唱えると、右手から紙が二枚出てくる。
「……」
「……」
ニヤついたまま固まった茶髪に、俺は紙を見せつけ。
「……で、何がチートだって?」
「……なんか、ごめんね」
ーーーーーーーーーー
「いやあ、ごめんね。真逆君がそんなザコ能力の持ち主だったなんて」
「いや、いいんだよ。過ぎたことだ。それより俺達は気が合う、仲良くしようじゃないか」
運動場のど真ん中で笑顔で語り合う俺達を誰かが見ていたら、きっとこんなリアクションをするのだろう。
「おま……お前たちは、なんのつもりだ!? ここは神聖な決闘の場だぞ!? 何をお茶を飲みながら談笑している!」
俺は、茶髪が用意してくれたお茶を啜りながらジャックに目を向けた。
「うるさいなあ、俺は今同志と話しているんだから放っておいてくれよ。あ、お茶おかわり」
「良いけど、君もう12杯目だよ? そんなに飲んで、よくトイレに行きたくならないね」
この茶髪の話を聞いてみると、悪い奴ではないことがわかった。
なんでも、こいつは魔族の唯一の生き残りで。転生者、つまり勇者に村を滅ぼされたことで、チート持ちに恨みを持っているらしい。
魔王が居るはずなのに何が魔族の唯一の生き残りなんだとか、そんな無粋なツッコミはしない。俺は、仲間には気を使える男なのだ。
未だうつろな目のアンリに注いでもらったお茶を飲み、疑問に思っていたことを聞いてみた。
「しかし、なんでこの大会に出られたんだ?転生者じゃないことなんて、調べたらすぐ分かるだろうに」
「そこらへんは結構ガバガバでね……。魔法で見た目を変えて、名前を転生者っぽくしただけでなんとなく出場できちゃって」
なんというガバガバさだ。まあ、魔族以外に変身魔法なんてのを使えるやつはいないらしいから仕方ないが。
「はあ、和むなあ……。お前みたいな奴に出会えてよかったよ、折角異世界に来たのにザコスキル押し付けられるし、おじさんに負けるしで大変だったんだ」
「そ、それは大変だったね……。……よし。じゃあそろそろお暇しようか。じゃあこの女の子も返すね」
茶髪はそう言って立ち上がり、アンリの額に手を当てた。そして何やら唱えると、額にひっついていたチップが落ちる。それと同時に、アンリの目に光が戻った。
「……はっ! ど、どこ? イケメンは? 私好みのイケメンは何処にっ!?」
「ここにいるだろ? ……お、おい、冗談だよ。だからその目をやめろって……。」
夢でも見ていたのかよだれを垂らして意識が戻ったアンリにゴミを見るような目で見られ、泣きそうになりながら懐かしさを感じていると。
「まあ僕のこの力も神に授かったものだから、あまり人のことを言える立場じゃないんだけどね?」
「……は?」
おいお前、今なんつった?
「いや、転生者に復讐したいって毎日神に祈ってたら、ある日このスキルが発現してね。ほら、あそこに僕の仲間が……。」
そう言って茶髪は、観客席の隅っこを指差した。美人のお姉さんが手を振り、茶髪が笑顔で手を振り返している。
アンリの方を向くと、下手な口笛を吹きながら石を蹴飛ばしている。
…………。
「……まあ、そんだけ苦労してたら当然だな。神さまも、お前のことを気遣ってくれたんだろう」
「そ、そうかな? 君にそういってもらえると嬉しいな…。」
照れながらうつむく茶髪に、俺はなおも続ける。
「ちなみに、そんな強い力だ、何かデメリットはあるのか?」
「ああ……一日に二回しか使えないことかな。今日は観客の全体傀儡化と君の仲間に使ったから、もう使えないよ。戦闘は仲間や奴隷にやらせるから、僕自身には戦闘力はないしね」
なるほど。
「うん、じゃあさよならだな。ちゃんと観客に掛けたのは解いていってくれよ?」
「うん、分かった。……戦闘は君の勝ちでいいよ。僕にはなんの価値もないしね」
そう言って出ていく茶髪に手を振ると、茶髪も振り返してきた。
「じゃあまた、いずれどこかで」
「またな! 応援してるよ!」
無理やり高いテンションをひねり出し、出ていく茶髪を見送った。
……やがて、茶髪の姿が見えなくなると、観客席は喧騒を取り戻した。
「君! 対戦相手は何処へ行ったんだ?」
走ってきた警備員に、俺は笑顔で。
「あの犯罪者なら、出口から出ていきましたよ。みんな操られてたんです。ジャックと俺が証人になりますよ」
「そうか! 協力感謝する!」
「あ、今ならスキルが使えません。捕まえるなら今日ですよ」
そう言って走っていく警備員を、俺は清々しい笑顔で見送った。
「コウジさん、操られていた私が言うのもなんですが、それはないです」
「やはりお前はクズだな、コウジ」
うるせえ、知ってらあ。
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