第九話 防具屋
かわのよろいとなべのふたで魔王を倒す勇者とかすごい面白そう。
「さて。武器も買ったことだし、次は防具だな!」
風貌だけはのどかな商店街な感じのここには似合わない恰好のジャックが、何故かはしゃぎながら向かいの防具屋に入っていく。
……お前、金あるんだろうな。さっき十万支払ったの忘れてないよな?
そう心配しながら店に入ろうとすると、競歩にあるまじき勢いで店から出てきたジャックと思いっきしぶつかった。ぼごんという鈍い音が周囲に響く。
「い……いて……これやべえよ、本当に痛いときのやつだってこれ……声すら……出ねえ……」
「すまんコウジ、金がなくて追い出された」
「いや聞いてねえし……そもそもその重装備ここでする意味ねえだろ……誰が攻めてくんだよ……」
「どうした、落ち込んで。そんなに金がなかったことがショックだったのか? 大丈夫だ、心配するな。さっき王様に貰った資金がある」
あくまでも俺のことは心配しないんですね……。うん、まあ大丈夫だぜ?
なんせ俺は、前世でも心配されてなかった男だからな。現場の奴らも飲みにどころか一緒に飯にすら誘ってくれなかったし、ほんともう俺のことが見えてるか心配な程。
なるほど……。俺は前世から、透明になれるチートスキル持ちだったのか……。
実はチートがん積み状態で生まれたエリートだった事が判明した俺なのに、何故だか沈んだ気分だ。と、そんな俺にジャックが笑いかける。
「問題も解決したことだし、さあ。装備を選びに行くぞ……っとすまん、足を踏んでしまった」
「お前わざとやってんだろああああああ!! もう無理これ無理医者だ医者っ!!」
――
「重くて動けないんだが」
俺は、この店で一番軽量だと言われた鎧をつけながらそう言った。
あの後病院に行き、なんともないしそれどころか健康極まりすぎて怖いとマジトーンで言われてから、特に何もなく防具屋に戻って来た俺だったのだが。
今一度言おう。装備が重くて動けない。正直この段階で止まるのは予想外だ。
そんな俺を見つつ、ジャックが心底呆れたような表情でため息をつく。
「お前……。まだ兜も着けていないというのに……」
「なんでこんなに重いの? おかしいだろ。初心者用じゃないのかよ」
「ここは転生者御用達の店でな。筋力強化などの恩恵を貰った奴らが幾度も来れば、自然と初心者用のハードルも上がるというものだ」
「初心者用のハードルってなんだよ、初心者に向けろよ」
「はは、私もそうしたいのだがね」
俺の突っ込みに苦笑で反応した店主さんは、諦めた様に首を横に振った。
「この国は勇者派遣で財政を立て直してる感じあるから、我々のような勇者を支援する施設には補助金が出るのさ。質のいいものを作るほどにその額は増す」
「初心者に向けたいと思ってるんじゃなかったのかよ、裏事情が欲に塗れてるじゃねえか」
この店主さんは色々と大丈夫なのだろうか、少し心配になる。だがまぁ、防具はジャックのお墨付きレベルなのだし、異世界だからこういう人もいるのだろう。
そう考えると、やっぱりこの鎧クオリティ高いな。改めて異世界に来た感がある。俺は自分が着ている鎧を今一度見、その出来栄えに小さな感動を覚えた。
「それにしても、これ凄いですね。滅茶苦茶堅そうだし、装飾もないのにかっこいいし」
「それは勇者サトウがダサいと一蹴したやつなのだが、喜んでくれて嬉しいよ」
「すみません、これ返しますね」
俺は店主さんの言葉を聞き、即鎧を脱いで返品する。
俺と店主さんがチート持ちへの恨み言を言い合っていると、ジャックが話しかけてきた。
「お話中申し訳ない。これはどうだろう」
「なんだそれ? ……皮の鎧か?」
ざらざらした手触りのそれには、『1500円』と書かれた名札がついている。
「ああー……。その鎧は、俺のデビュー作なんだがな。全然売れんのだ。まあ皮の鎧なんて雑魚モンスターにしか通用しないし、仕方ないのかもしれんが……。」
「雑魚モンスターと言うと、コボルトあたりか?」
ジャックが質問すると、店主さんが頷いた。
「そうだな。加えてスライムやウルフの攻撃、あとゴブリンの錆びた武器ぐらいなら防げるな」
店主さんが並べているのは、ゲームなんかでも序盤で出てくる雑魚モンスターだ。この世界でどうかはわからないが、とにかくこの装備はそういった連中の攻撃なら防げるのだろう。
なるほど、なかなかいいじゃないかこの装備。1500円にしては。
「とりあえずこれにしよう。どうせ高難度のモンスターと戦うつもりもないしな。そもそも、さっきのが最軽量じゃ話にならない」
「それはお前の筋力の問題だ。少しくらい鍛えたらどうだ?」
ジャックが真顔で突っ込んでくる。
うっせえなお前、俺だって一応現場で鍛えてたわ。確かに筋肉はつかないままだったけど!
「それじゃあ、1500円だ」
そう言って鎧一式を手渡してくる店主さんに、俺は袋の中の札束から一枚抜き取って渡す。そして、振り返らずにそのままドアまで進む。
……一度はやってみたかったんだ。これ。日本に住んでた頃は無縁どころかやったら逮捕されるレベルで禁忌だったが、この世界ではきっと違うはずだ。
そう、ダンディーにな。
「釣りはいらない、とっときな」
俺は出来るだけ低い声でそう言い、そのままポケットに手を入れようと思ったがポケットがないのに気づいて手を持て余す。そして、ごまかす様に外に出た。
「おい」
……ふっ。俺のCOOLさに、思わず声が出てしまったのかな? 仕方ない、答えてやるか。
俺が後ろを振り返ると、笑いをこらえたジャックと。
「500円、足りないんだが……」
俺の差し出した1000円札を握りしめ、困り顔の店主がいた。
……ちくしょーめ。
ブックマーク・感想よろしくおねがいします。