10話 ともだち
「今日は午前中までの予定ですよね。午後は何をすれば良いんでしょうか」
仕事を終え、恐縮しつつ昼の賄いをいただいた俺は、オーナーの篠辺氏に声をかけスケジュールの確認をすることにした。
朝、浮遊機動識の声掛けで起こされた後、提示された予定表を見て湧いた疑問。
何故か今日の勤務時間が午前中だけになっていたのだ。午後は空白。
昨日は昼前に面接をして午後から研修に入っていたので、てっきり今日は全日フロアか厨房の手伝いだと思っていたから。
―――ちなみに浮遊機動識のあまりのイケメンボイスに、音声は変更可能かどうか真剣に検討を始めたのは余談である。
「ああ、実は他に面接予定の業種が少し特殊でね……面接と研修が夜になってからなんだ。
振り回すようで申し訳ないんだけど、夜になったら指定の場所に行ってくれないかい?」
なるほど、そういえば夜の予定は確認していなかった。
ちなみに望月博士に釘を刺された手前、ステルス待機している浮遊機動識の存在こそ明かしていないが、篠辺オーナーとの連絡先交換はなんとかなった。
オーナーが手元のデバイスを操作しているのを見ると、恐らく俺宛てに指定の場所とやらを送ってくれているようだ。
浮遊機動識は独自のネットワークを構築しているらしいので、持ち主同士であれば所持しているかどうかは判る、とのこと。
しかし、夜間バイトとは一体どんな仕事をさせられるのか……
ふと不安になったが続くオーナーの言葉にわずかならず驚愕させられた。
「聞いた限りでは、とあるゲームの管理者らしいよ。
フルダイブ擬似体験型アドベンチャー、とかなんとか」
本当に、この都市は何もかもが時代の遥か先を走っている。
そうしてレストランを辞し、夜になるまでどう行動しようか考えながら歩いていたところ、ふと遠くから走ってくる人影に気付いた。
「あーーーーーーっ!見つけた!!神谷さん!!」
ふわふわとした栗毛が、パタパタと走る度に柔らかく跳ねる。
見た目年下にしか見えない小柄な体躯をめいっぱい使って駆けて来る様は、まるでご主人様を見つけて駆け寄ってくる小型犬のようだ。
「さくらさん」
「はー、なかなか見つからなくてつい兄さま締め上げちゃった!
レストランて聞いたから本社ビルならウェスタかなって。良かったー会えて!」
息を整えた望月博士の最愛の妹、さくらさんは嬉しそうに笑った。
ちょっと物騒な言い回しもあったがここは華麗にスルー。
「その制服もしかしてウェスタのウェイトレス服?」
「ああ、支給してもらって」
なんとなく彼女に対しては身構える必要が無い気がして、幾分か口調も砕けた自覚がある。
ガチガチだった俺の心を解してくれたさくらさんには感謝しかない。
しかし外出着が今の所、上月博士から貰い受けたフリル多め衣装しか無く、着替えの手間を惜しんだ俺はこのメイド服もどきな制服を朝から着て出勤していた。
「か、可愛いけど……朝から着たまま?」
「そうだけど……何かマズかったかな」
首を傾げると、さくらさんは苦笑いをこぼした。
「うーん、マズいというか……さっきから行く人行く人、神谷さんに注目しまくりだよ?」
改めて周辺へ意識を巡らせる。
それだけで数人の視線を感じた。
目線が合って慌てたように立ち去る社員らしき人々。
男女関係なく、だ。
「…………」
コメントに困っていると、袖口を引かれる感覚。
振り向けば、至近距離にさくらさんが上目遣いでこちらの顔を覗き込んでいて、少し怯んだ。
「それに飲食業なんだから、ちゃんと外着とは分けないと!着替えは?」
その言葉にハッとなる。彼女の言う通りだ。
衛生観念の無さを疑われても仕方がない。恥じ入るばかりである。
「いや……来たばかりで、あまり持っていなくて」
曖昧にだが当たり障りの無い範囲で事実を伝える。
その返答に何故かさくらさんは目を輝かせた。
すごく嬉しそうだ。
俺には嫌な予感しかしない。
「それはいけないね!神谷さんも普段着無いと困るもんね!じゃあ買い物に行こう!!」
「はい!?何故に!?―――いや、別に不自由は無いし寝間着もあるし……」
「ダメです!ちゃんとした服を買うのです!!」
謎のテンションでグイグイと迫るさくらさんから逃げるように腰が引けるが、それでも勢いは弱まる気配が無い。
「それこそ無理だ!金が無い……」
俺の言葉に一瞬、大きな目を瞬かせて固まるさくらさん。
「お金無い……って、だからレストランに!?」
「まぁ、そうなる……な」
さくらさんは呆然とした表情でしばらく俺の顔を凝視していたが、頭を振って気を取り直すと
「じゃあ、就職祝いで私からプレゼントします!」
そんな爆弾を投下してくださいました。
「帰る」
口に出した途端、ひしっと掴まれる腕。
「大丈夫だよ!可愛いの探してあげるから!」
それが一番抵抗があります!
帰してください!
ていうか何でこんなにさくらさんは楽しそうなんだ!?
女の子ってみんな服とか好きそうだけど……俺は着せ替え人形か?
「せ、せめて実用的なので、お願いします……」
どこかピンクやらパステルな色彩が占める割合が高いエリア、つまり女性向けファッション売り場なわけだが、そこへ俺はあれよあれよと言う間に連行されてしまった。
帰りたい。
「まずは神谷さんのサイズ測定かなー?
この店、まだ試験的にオープンしたばかりだけど内容は結構充実しててね、お気に入りなんだ」
ウキウキといった気配を隠すこともなく、にこやかにさくらさんは言う。
そのニコニコ顔のまま店員を呼びに行った。
手を離された事で自由になるが、これは逃げてしまっても構わないだろうか?
「……………」
しかし。
ここで逃げてしまうと彼女は大いに傷つくのでは……?
そんな思いに囚われて、店員と共にさくらさんが戻ってくるまで動けないのだった。
「いらっしゃいませお客様。まずは採寸でございますね」
「お待たせ神谷さん……あれ?たかちゃん?」
戻ってきたさくらさんの視線が俺を素通りする。
その視線を追って振り返ると、涼やかな美貌の目元。
クールビューティーとでも言うのか、彼女は少し気だるげに肩を竦めると、さくらさんを軽く睨む。
「さくら、前から言ってるけど、その呼び方やめて?」
と、言ってもそこには気の置けない友人に対するような、気安さがあった。
パッと見、身長は俺と同じくらい……で、俺は元の身長よりも縮んでいるから、その俺と同じ程度なら170センチ程度はあるだろうか。
身長もあってか体型はスレンダーだが、出る所はちゃんと出ている良いスタイル。
服装もパリッとしたデザインで、会社帰りのOLのようだ。
髪は長く、後ろに一つに括っている。
瞳は少し吊り目。目元の泣きボクロが印象的な女性だった。
「神谷さん、彼女だよ」
「ああ、やっぱりか」
主語の無いさくらさんの言葉にしかし、察した俺は頷く。
当の本人は怪訝そうに眉をひそめていた。
「ちょっと、何の話?」
「うん、それがね~私がたかちゃんと神谷さんを間違えて声を掛けたおかげで、私は神谷さんとお友達になれたんだよ。ありがとうね、たかちゃん」
「私の全く知らない所でイベント進行してた!?」
驚き方が面白い人だ。
「神谷きよかと言います。よろしく」
「とりあえず先に神谷さんの採寸済ませよ?
細かい話はあとで~!たかちゃんも買い物に来たんでしょ?」
ほらほらと両手で背中を押してくるさくらさん。
「さくらがこんなに無邪気にはしゃいでるなんてね……」
この笑顔を曇らせることは、躊躇われる。
俺は―――もう抗うのを諦めた。
日差しも大分傾いできた頃。
俺たちは買い物を終えてから、モールを出て広いガラス張りのエリアの中心部にあるコンビニ(オシャレ過ぎてコンビニと呼ぶべきか悩むが)、その前のテラス席で寛いでいた。
このショッピングモールは、ソフェル本社ビルが建つメインユニットの隣にある、行楽目的の施設が主に集まったユニット内に建っている。とにかく広い。イオ〇とはまた違った雰囲気だ。
土曜の夕方とあってか人出もそこそこ。
まだ一般の居住者募集は先だというから、視界に入る人々は何かしらの会社に属しているか、その関係者ということだろう。
「思った通り、きよかちゃん何着ても似合う~!
でもそんな立派なもの持ってて下着が一着なんてダメだよ!」
「あは、は……スミマセン」
その後すっかり打ち解けた(というか懐かれた)ため、さくらさんの俺に対する呼び名が苗字から名前に進化していた。
それはまぁ良い。この格好にも別段文句は無い。
ネイビーのデニムパンツ、黒の袖なしタートルネックシャツ、グレーで袖がゆったりしているドルマンパーカー。
靴もメイド服の付属品しか持っていなかったので合わせて購入、していただいた。
(きっと返すと言ったのだが押し切られてしまった)
フリルやスカートは断固として認めなかったので、パンツ(ズボンと言ったら怒られた。解せぬ)スタイルに統一していただいたし、露出も極力抑える方向でコーディネートしてもらえたのは正直助かった。
だが、ちゃん付けは勘弁してもらえないだろうか……
そんな希望を、心の中だけで漏らす。
あと下着に関しては、心を無にして選んだとだけ……ほぼお任せだったしな。
追加の下着類はまた給料が入ったらか……急に物入りなことになってしまった。
「いや、ありがとう助かったよ。自分一人で買いに来ていたらどうなったか」
途中から合流する形になった女性、荻野貴美さんも一緒になって選んでくれた。
おかげで、さくらさんによる少女趣味路線に突っ込む事を回避できたのだから、感謝である。
この服で良いのかどうかは自分にはまるで判断がつかないが。
「上月博士みたいな恰好は正直、私にはキツいから……」
あのゴテゴテでフリフリな白衣の下の衣装を思い出しながら溜息を吐く。
それにしても一人称を意識して言い直しながらの会話は少し疲れる。
慣れなければと思いながらも、そう簡単に変えられるものではないしな。
「上月博士?神谷さん、あの人とも知り合いなんだ?」
驚いたような荻野さんの問いかけに一瞬体が硬直する。
何だろう、何か変な事を言っただろうか。
「あの博士たちと知り合いで、どうしてウチの社員じゃないのかなって」
ああ、なるほど。
「私はまだ高校生ですから……」
「「は!!!?」」
だからアルバイトの身分なんですよ……と続けようとした言葉は掻き消されてしまった。
「ちょ、待って、きよかちゃんて」
「え、は?あなた歳いくつなの?」
狼狽えるばかりの二人に詰め寄られて思わず後退る。
ここに来た時点では18歳だった筈だが、冷静に考えれば〝今〟の神谷恭司は17歳の筈だ。
そういえばここでは高校に籍を置いてはいないし、学生と言って良いものだろうか?
あっ、考えてみたら博士たちには最初に伝えたPS経由で伝わってる可能性が……詰んだ。
「じゅうはちです……」
投げやりに肩を落として、そう呟くように伝える。
二人は驚きに目を瞠っている。
「わ…………あなた大人っぽいのね……」
もっと上に見られていただと。
老け顔なのだろうか。何だろうすごく……ショックだ……
「あーゴメン!悪い意味じゃなくてね!すごく落ち着いてるから、それなりの年齢なのかなって」
「きよかちゃん可愛いよ!ただ雰囲気がすごく大人っぽいというか……わー!泣かないで!」
「泣いてないです」
神谷きよか(恭司) は 複雑な乙女心 を 手に入れた!
―――いらん!
「じゃあ何か事情があって、あの人たちにお世話になってるってことなのかな」
「兄さまはあまり詳しくは教えてくれなかったから、無理に訊くことはしないけど」
察しが良い上に気配りまで暖かい……俺の中で彼女たちの位置づけは頼れる隣人レベルになった。
「どこに住んでるの?社内には寮もあるけど、そこ?」
「……まだ部屋は借りてないな」
さくらさんの問いに答えるが、やはり怪訝そうな顔をされる。
「借りてないって……じゃあ、兄さまたちの研究室のどこか?」
「うーん……そうなるのか」
「不便じゃない?」
「スタッフが使う仮眠室でシャワーとかも使わせてもらえてる」
俺が返答する度に、二人の顔色は悪くなっている気がする。
「それは……女性が暮らす環境じゃない!」
「へ?」
「そうね、会社で何か対処してるんでしょうけど、もっと早い方が良いと思う」
「ああ、うん、何か用意はしてくれてるらしいけど……」
二人の剣幕に圧倒されながらも、なんとか言葉を返す。
なんというか凄い。気迫が。
「今後は……多分寮になるのか。不足は無いと思う」
屋根があって最低限の上下水設備とキッチンと風呂場がある。
これだけで充分に天国である。
俺の推測に、それでも納得いかないらしい腕組みをして唸るさくらさんが、
「でもまだ何も話は来てないんでしょう?
そうだ、連絡があるまでウチにおいでよ!」
名案!とばかりに両手をパチンと合わせて立ち上がる。
そ れ は ち ょ っ と ・・・・・・
瞬時に脳裏に浮かんだのは、もの凄い形相で睨みつけてくる望月博士、もといさくらさんのお兄様。
死に急ぎたくはないので丁重にお断りしたい。
さくらさんの家に世話になる=兄である博士と一つ屋根の下……ちょっと胃が痛む気がする。
「ありがとう、でも大丈夫。寝床はちゃんとしたものがあるから」
PSたち謹製の、ルイ14世も羨むような豪華なやつが。
俺のやんわりとした断りで通じたのか、興奮気味だったさくらさんはストンと席に着いた。
不承不承、といった雰囲気も少なからずだったが。
「そう?……わかった。けど困ったことがあったらいつでも言ってね!
友達なんだから!」
「ええ、わからない事はどんどん訊いて。
きよかさんは私たちの大事な仲間だからね」
―――ああ、頼れる隣人、だなんてとんだ認識不足。
「……ありがとう……さくらさん、貴美さん」
今、俺の顔は緩んでいるんだろうか……
仕事でお客に笑い掛けようとするほどに怖がられた俺だ。表情に自信は無い。
ちゃんと笑顔になっていれば、良いんだが。
ともだち、か。
そんな風に気が緩んで、手元のドリンクをひとくち含もうとしたタイミングだった。
突然鳴り響くアラーム。
驚いて周囲を見渡すと、周辺の人々も立ち止まって各々の端末を確認している。
目の前の二人はと言えば、やはり厳しい面持ちで手元を見て、
「あー、私にもアラートかかってる……戻らないと」
貴美さんが何か不思議な事を言いだした。
「せっかくのオフだったのに勿体ない。たかちゃん、気を付けてね」
動じないさくらさん。何だ一体。
そしてそこはかとなく既視感……そうだ、最初に第四の間で寝泊まりした時の……
警報音の後に、重武装で俺の安否を確かめに来た少女を思い出す。
「あの、一体これは……」
「ゴメン、詳しい事はさくらか、後で他の社員に訊いてもらえる?」
慌ただしく、しかし冷静に手荷物を持って立ち上がる貴美さん。
「うん、任せてたかちゃん。行ってらっしゃい」
「ありがと、行ってきます。きよかさん、またね」
「ああ、うん……」
颯爽と去っていく。周りを見ればちらほらと駆けて行く人が。
それ以外は不思議と落ち着いたもので、あっという間に平静の空気を取り戻していた。
あの夜に現れた無機質な少女の『恒例行事のようなもの』という言葉が思い起こされる。
ここの人々の反応はどう見ても慣れを感じさせた。
「で、何が起こってるんだ?」
静けさを取り戻したテラスで、貴美さんを見送って手を振っていたさくらさんに声を掛ける。
「うん……兄さまにはどんな話を聞いたのか、まずそれを聞かせて貰える?」
掻い摘んで、望月博士らに教えられた事を話す。
但し、浮遊機動識や自分の体についてなど、機密と言われた事については触れていない。
いくら博士の実の妹だろうと、訊かれていないなら答えない方が良いだろうと判断したからだ。
「なるほど……本当に、ここの基本的な仕組みだけを教えたんだね兄さまたちは」
少し呆れたように息を吐いて、彼女は苦笑いを零した。
「けどそれで最善だったのかな。急に色々情報だけ与えられたって混乱するもの」
「そうだな、その辺は有難いと思ってる。チャンスさえ見つけられたら訊いていくつもりだったし」
「冷静だねぇきよかちゃん……本当に高校生?」
「そんなに疑われると……」
溜息が漏れる。あまり物事に執着しないというか、今までに起きた出来事でパニックに陥った事が無いので、俺にとってはそういうものだっただけなのだが。
いやしかし、小学校で登下校中に車に轢かれた時も、中学校で校舎の3階から落ちた時も、俺があまりにもパニックを起こさず冷静に状況を分析して話すものだから、医者や周りの人間はちょっと微妙な顔をしていたような……?
別に気にした事は無かったんだが。引かれてたのかもしや。
「あはは、ごめん。でも流石に疑うっていうか気になるね。
どうして兄さまたちに頼る破目になったのか」
言外に経緯の説明を希望しているようなさくらさんの言葉に、どう説明したものか首を傾げる。
この体の事はもちろん話せないし、中身が男子高校生というのも説明が難しい。
どう答えたものか。
「いいよ、別に無理して話さなくても。そういう訳ありの人って言うなら、この街には山ほどいるだろうし……」
「そうなのか」
さくらさんの言葉に安堵しつつも、内心驚きである。
「きよかちゃん、明日の午後って時間ある?」
「……?」
「見せたいところがあるから、一緒に行こう。
きっときよかちゃんがこの街を理解する上でも、必要な事だと思うから」
西日の差すテラスから外を見れば、遠く南側の水平線の向こうにカメラのフラッシュのような光が断続的に灯っていた。あれが何を意味する光なのか、今の俺には皆目見当もつかない。
視線を戻すと、さくらさんは少しだけ寂しげに微笑んでいた。




